ノーベル文学賞作家のおさえておきたい本5選【2010年以降受賞】

更新:2017.8.30

2016年にはボブ・ディランが受賞、また村上春樹のノミネートが毎年噂されるなど、一般にも大きな話題を集めているノーベル文学賞。ここでは2010年以降の受賞作家のオススメ作を集めました。なんとなく高尚な賞というイメージがあるかもしれませんが、どれも親しみやすく、読みごたえ抜群の作品ばかりです。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

ノーベル文学賞マメ知識

世界で最も権威ある文学賞と言われるノーベル文学賞は、毎年原則1名が選ばれ、芥川賞のようにひとつの作品にではなく、作家の活動全体に対して与えられます。記念すべき第1回の受賞は、シュリ・プリュドムというフランスの作家でした。

その後、トーマス・マン、ウィリアム・フォークナー、サミュエル・ベケットらそうそうたる作家が受賞。とはいえ、受賞者は小説家や詩人にかぎりません。2016年にシンガーソングライターとして受賞したボブ・ディランのように、過去にもフランスの哲学者アンリ・ベルクソン(1927年)、イギリスの政治家W・S・チャーチル(1953年)など、小説家や詩人以外からも選ばれています。

日本人作家では、これまで川端康成(1968年)、大江健三郎(1994年)の2人が受賞。それぞれ「美しい日本の私」「あいまいな日本の私」と題する印象的な受賞記念講演をおこないました。

1964年にはフランスの哲学者ジャン‐ポール・サルトルが受賞を辞退して話題に。その権威の高さゆえ、なにかと毀誉褒貶かまびすしい賞ですが、世界中が注目する唯一の文学賞として今後も見逃せません。

2012年受賞:莫言の暴力と性を異様な迫力で描いた代表作『赤い高粱』

舞台は日中戦争下の1939年8月。秋をむかえ、真っ赤な実を実らせた高粱(こうりゃん)が、畑一面、血の海のように広がる中国山東省高密郡東北郷。語り手の「わたし」は、この故郷の村の素晴らしさを次のように語っています。

「地球でもっとも美しくて醜く、もっとも超俗的で俗っぽく、もっとも清らかで汚らわしく、もっとも雄々しくて、人の道にはずれ、もっともよく酒をくらい、愛しあうのにふさわしいところだった」(『赤い高粱』より引用)

しかし今、村にはわがもの顔でのさばる日本兵たちがいました。彼らは数々の残虐な行為によって、この地を本物の「血の海」に変えていたのです。

著者
莫言
出版日
2003-12-17

高粱の畑に血のぬかるみをつくって転がる何百人もの死体。脱走に失敗した人間は、皆の前で裸のまま杭(くい)に縛りつけられ、ナイフで皮をはがされてしまいました。

もちろん村人たちも黙ってはいません。ある月の輝く夜、「わたし」の祖父・余司令は、当時まだ14歳だった父を含むゲリラ集団を結成し、彼らが「犬野郎」「めす犬のガキども」と呼ぶ日本軍を殲滅させるために出発します。

作者の莫言(ばくげん)は1955年、中国生まれ。本作は1987年に発表した長編小説です。物語は、祖父たちと日本軍との血で血をあらう壮絶な闘い、そして祖父と祖母の運命的ともいえる出会いが、時間を縦横無尽に行き来しながら語られていきます。

聖と俗、両極端の価値観が混濁するように共存する東北郷には、いわゆる近代的な、チンケな「正しさ」など存在しません。目を覆いたくなるような圧倒的な暴力が、奔放な性が、そして歴然とした差別さえもが、ここでは屈託なく描かれています。とにかく全編にわたって異様な迫力に貫かれた一作です。

2015年受賞:反骨のジャーナリスト・アレクシエービッチが集めた祈りの声『チェルノブイリの祈り』

スベトラーナ・アレクシエービッチは、1949年生まれ、ベラルーシ出身のジャーナリスト。兵士として戦争に参加した女性や、旧ソ連の国家機密だったアフガン紛争についての本を発表するなど、一貫して反体制的な活動を続けています。

本書は、1986年4月26日、旧ソ連で起こったチェルノブイリ原発事故に遭遇した人々の声を集めた一冊です。事故当時、彼女の住むベラルーシでは、1000万人の人口のうち、210万人もの人々が放射能汚染地域に住んでいました。

著者
スベトラーナ・アレクシエービッチ
出版日
2011-06-16

「シーツを洗う、まっ白だというのに線量計が鳴る。食事のしたくをしても、パイを焼いても、鳴ります。(中略)子どもに食事をさせながら、泣くんです。『ママ、どうして泣いているの?』」(『チェルノブイリの祈り』を引用)

初めて読むにもかかわらず、既視感を覚える被爆者の声。福島原発事故の後を生きる日本人にとっては、悔恨なしには読めない一冊かもしれません。さらに、ここには国家の一員として事故処理にあたった軍人や科学者たちなど、マスメディアではなかなか取りあげられない、貴重な証言も収められています。

「政府委員会の会議では、簡単に、事務的に報告されていました。『この作業には2、3人命を落とす必要があります。こちらの方は、ひとりの命が必要です」(『チェルノブイリの祈り』より引用)

ほかにも、国民に事実を隠し続ける政府に対して公表するように訴えると、精神病院へ入院させるぞと脅された物理学者もいました。

アレクシエービッチは事故の取材をはじめた理由として、自分たちの保身に専念する政府や政治家に対して、歴史のなかに消されてゆく個々の人々の記憶を残したかった、ということを語っています。しかしながら本書は、政府によってベラルーシ国内では発売禁止となってしまったのです。

本書のサブタイトルは「未来の物語」。彼らの祈りを未来の人々に伝えていくためには、今の私たちが読み続けていくしかありません。

2014年受賞:パトリック・モディアノの終わりのないミステリー小説『失われた時のカフェで』

舞台は1960年代のフランス・パリ。主人公は、ルキと呼ばれる若く美しい女性です。「空っぽ」な自分を満たすために街をさまよい、出会いをもとめ、そして突然去ってゆく彼女。本作は、そんな謎の女性ルキをめぐる、ミステリーの趣きをもった作品です。
 

著者
パトリック・モディアノ
出版日
2011-05-02

パトリック・モディアノは1945年生まれのフランス人作家。抑制の効いた文章で、みずからのアイデンティティや記憶の不確かさを探求する人物たちを描いてきました。

本作には、謎めいたルキのことを理解したいと、彼女の後を追う3人の男性が語り手として登場します。セーヌ左岸のカフェで彼女に出会い、秘かに思いを募らせる学生。彼女に去られた元夫から行方の捜索を依頼された探偵。そして夫のもとを離れたあと、彼女のボーイフレンドとなった男。

しかしルキは、「今ここ」から逃げること、まるでそれ自体が目的であるかのように、彼らの手からするりとすりぬけてゆくのです。

「私のいい思い出はみんな、消え去った、逃げ去った思い出。それだけだった。でもいつだって人生は私を覆い、支配した」(『失われた時のカフェで』より引用)

読んでいるあいだ、まるで霧のなかをさまよっていたかのような読後感。何度読んでも読み終わった気がしない、不思議な感触の作品です。

2013年受賞:短編の巨匠アリス・マンローの世界観が堪能できる一作「ジャック・ランダ・ホテル」

村上春樹翻訳によるラブストーリーが並べられた本書には、ノーベル文学賞受賞者アリス・マンローの短編が収められています。

主人公は洋服屋を営むゲイルという女性。年齢は明かされませんが、おそらくもう若くはないでしょう。ウィルというボーイフレンドがいましたが、彼はゲイルよりずっと若い娘と恋に落ち、オーストラリアに駆け落ちしてしまいます。しばらくは一人の生活を楽しんでいるように思えた彼女。しかし突然、店を売り払ってウィルの住むオーストラリアに向かいます。髪をバッサリ切り、ダークブラウンに染め、以前とはまったく趣味のちがう服を着て……。

著者
出版日
2013-09-07

「しばしば不安になり、絶望的な気持ちになり、やたら洗濯したり、金銭のことでくよくよ悩んだり、つきあっている男すべてに負い目を感じることで時間を不毛に費やしてしまう」(「ジャック・ランダ・ホテル」より引用)

ゲイルの一人称によって語られる本作は、そんなエキセントリックな彼女の頭の回転にあわせて、現在と過去をクルクルと行き来しながら進んでゆきます。なにげない表現一つひとつにも冴えを見せ、まさに「現代のチェーホフ」と呼ばれる短編の巨匠マンローの魅力が、たっぷりつまった一作。

オーストラリアに渡ったゲイルは、ウィルの家のすぐ近くに部屋を借ります。もちろん彼は、そんなこと知る由もありません。名前をいつわり、サングラスをかけ、まるでスパイ気取りの彼女。しかしその行動は、しだいに読者がハラハラするほど大胆に……。ラストに向かってページをめくる手が止まらなくなること必至です。

2010年受賞:バルガス=リョサが独裁体制国家の内幕を描いた傑作長編『チボの狂宴』

「共和国がこれまで経験してきたハイチによる占領、スペイン支配の復活や米国による侵略、内戦、地方の頭領や徒党間の争い、空・海・地底からドミニカ国民を打ちのめした数々の自然災害(地震・ハリケーン)よりもはるかに最悪だった31年間、国を蹂躙しつづけて毒をまき散らしてきた邪悪なあの男が死ねば、もっと美しい国になるはずだ」(『チボの狂宴』より引用)

「あの男」とは、1930年から31年間にわたってドミニカを支配し、残虐のかぎりを尽くした独裁者トゥルヒーリョ。本作は、彼が暗殺された1961年5月のある1日を中心にすえて、史実とフィクションを織りまぜながら独裁体制の内幕を描く壮大な物語です。

著者
マリオ・バルガス=リョサ
出版日
2010-12-25

おもな登場人物は、トゥルヒーリョ、彼の従順な配下、暗殺者たち……だけではありません。暗殺事件から35年後の1996年、かつてトゥルヒーリョの配下だった父に会いに、アメリカから故郷ドミニカに戻ってきたウラニアという女性もいます。

そして、彼、彼女らの視点で語られるエピソードの一つひとつがジグソーパズルのように合わさり、トゥルヒーリョの素顔、彼が命じた残虐行為の数々、暗殺事件の状況が、まるで一枚の絵のように目の前にあらわれてくるのです。

マリオ・バルガス=リョサはペルー出身のラテンアメリカ文学を代表する作家。大統領選挙への出馬経験もあり、政治への意識が高く、これまでも社会の不正や暴力に対して立ち向かう人間を描いた作品を発表してきました。

裏切った部下を皮剥ぎにし、切断した睾丸を食わせるなど、グロテスクでショッキングな描写も頻出します。しかしそれらも含めて、ひとつの独裁国家の没落を描く本作には圧倒的なリアリティと重量感があります。引き込まれるというよりも、「飲みこまれる」という表現がぴったりな一作です。

いかがでしたか?どれも世界的に認められた作品なので、品質は保証つき。興味や好みにあわせて、一度読んでみてください。

もっと見る もっと見る