夏の一瞬に吸い込まれていくような小説

夏の一瞬に吸い込まれていくような小説

更新:2021.12.13

こんにちは、藍坊主のヴォーカル、hozzyです。もう8月も終わりに向かい、あと一月もすれば夏も影を潜めていくかと思いますが、今回のテーマは「夏の一瞬に吸い込まれていくような小説」です。

hozzy(Vo)、藤森真一(Ba) 神奈川県小田原市出身の4人組ロックバンド。ジャンル、サウンドのスタイルを様々に変化させながらも、秀逸なメロディーと2人のソングライターにより表現される「日常」と「実験的」な世界観の歌詞、確かな演奏力と透明感のあるボーカルが魅力のバンド。 2004年のメジャーデビュー後は数々のフェスやイベントに出演し、2011年5月には自身初の日本武道館公演を開催し大成功に収める。2015年には自主レーベルLuno Recordsを設立しより精力的に活動範囲を広げている。2016年9月14日(水)には『ココーノ』以来、1年9ヶ月ぶりとなる自身8枚目のアルバム『Luno』をリリース。 Vo hozzyは「MUSIC ILLUSTRATION AWARDS 2014」にてBEST MUSIC ILLUSTRATOR 2014を受賞する等、ジャケットデザインの描き下ろしの他にも映像作品の制作、レコーディング機材の制作や楽曲のトラックダウンを自身で行う等、アーティストとして様々な魅力を発揮している。2015年7月からよりパーソナルでコアな表現活動のためのプロジェクト「Norm」をスタート! Norm HP norm.gallery Ba 藤森真一は関ジャニ∞「宇宙に行ったライオン」や水樹奈々「エデン」等への楽曲提供を行う。 藍坊主公式HP http://www.aobozu.jp
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この鬱陶しい油蝉の声も、消えてゆく時がそろそろくると思うと名残惜しいもの。個人的に四季の中で夏はとても好きな季節です。稲川淳二のDVDを流しながら、今回紹介させていただく本たちは、3冊とも初夏から夏がメインの舞台になっています。ジャンルはそれぞれ違いますが、お互いを紐づけるならば全部青春っぽさ全開で、キラキラしていたり鬱屈していたりモヤモヤしていたり、この時期特有の、理想に近づけずに焦る自意識の高鳴りや行き場のない葛藤が全面にまき散らされている作品たちです。

34歳になった今でもため息をつきたくなる程「君の苦悩はなんて、羨ましいのだ」と、めくるページが止まらない。恥ずかしながら作中の出来事にまだまだ一切気恥ずかしくなれません。青春の空気を、僕はまだ愛しているのだ。そして青春の小説と言えばお約束、倦怠感を伴った深い友情と、触れられそうで届かない美しい女子。全部しっかり出てきます。期待を裏切りませんね。

所々にさりげなく描写されている青くて灰色な風景や、主人公や周りの登場人物の心を描写する、夏の空気を媒介にした文章表現の鮮やかさ。この部分が非常に強力で唸ってしまうのも、自分がこの小説たちを好きな大きな理由でもあります。夏休みの夜に、仲間と自転車を漕ぎながら宛のない時間を過ごしていたこと、特に何をやるでもなくても、ものすごく楽しかった思い出があります。そして、こんな時間がいつまでもずっと続けばいいのにという寂しさを同時に感じていたことを覚えています。そんな夏の匂いや肌触りが文章から届いてくるオススメの三冊です!

道尾秀介が描く、ある夏の物語

著者
道尾 秀介
出版日
文句なしに眩しい、紙から海の匂いと入道雲が飛び出してくるような夏の話。こんなキャンパスライフが送られたら、一生忘れる事はないでしょう。この話はミステリー作品のジャンルになると思うので、謎を追うような場面や、最後にはその謎がちゃんと解明する起承転結がはっきりしている物語ですが、個人的にはそれを超越していて、夏の季節の瑞々しさがほとばしっているので、そちらの方がずっと印象的な作品です。

主人公の純朴さと、ヒロインの凛としたキャラクター。夏の権化のような登場人物たちのそれぞれの性格もとても魅力的です。冒頭の、主人公たちが堤防に集まるシーンが、話の全体を通してとても力強く光っていて特に好きです。自分の地元・小田原の早川港で釣りをしていた夏休みの午後を思い出してしまいます。そこから物語が転がり始めていくのですが、このシーンはとてつもなく可能性のるつぼで、何が起きるか分からないダイナミズムが爽やかに伝わってきます。この後の悲劇さえ霞んでしまう大好きな数ページ。話の核はとても悲しい話なんですが、死んでいった人物たちに申し訳ないぐらい夏の風に飛び込んでゆくような小説。

ラスト1行が最高の詩である短編「螢」が夏を彩る

著者
村上 春樹
出版日
1987-09-25
影響を受けすぎてしまったと自覚したため、意識的に読むことを遠ざけるようになった村上春樹の小説たち。そんな作家さんは他にまず、いないのですが、それくらいこの方の世界観や文章の独特さにやられてしまったため、過去に一度読んだ作品以外は読まないようにしているくらいです。そのかわり一度読んだものは何度も読み返しています。

その中でも『ノルウェイの森』はまた別の機会に熱く語らせていただきたいくらい、読み返しまくった小説なのですが、今回紹介させてもらうこの短編集の中「螢」という話は、『ノルウェイの森』の原型というか、この短編からあの物語が拡張されていったという話で、内容はノルウェイの森にほぼそのまま物語の一部分として挿入されています。音楽で言うと逆シングルカットみたいな感じです(シングルカットって時代感がありますね……)。

この「螢」という物語の箇所は、『ノルウェイの森』の中でも好きなシーンで、特にラスト5ページの、主人公の寂寥感の描写と夏のまどろんだ空気感。そして最後の一行が「最高の詩」だと思っています。その他の短編、「めくらやなぎと眠る女」も合わせて味わってほしい一冊です。

どこまでも広がっていきそうな可能性、どうしようもない不快感

著者
関口 尚
出版日
2005-07-20
「プリズム」という言葉が俺は昔から苦手です。理由は多分響きがカッコ良すぎるからです。うまく言えないですが、なぜか苦手に思ってしまうこの言葉への感覚。なぜそうなったかは自分にわかりません! それなのになぜ、この小説のタイトルを見たときに店頭でスッと手に取り、パラパラめくってすぐにレジに向かって行ったのか。帰ってからじっくり読んで、理由がわかりました。

青春!! 答えになっていませんが、勘が働いたんでしょう。素敵な物語なのだと。カーテンが揺れる、夏の日陰になった午後とベッド、自転車、影のある美しい女性と、気の置けない悪友。役満です。

この物語は特に強烈な事件が起きたり、不可解すぎる出来事に巻き込まれることはないんですが、ずっと漂っている夏の心地よい空気感(登場人物たちはそれぞれ、それなりに問題を抱えて右往左往しています)が、ありきたりと言えばありきたりな時間をものすごく特別なものにしてくれている、とても救いのある小説です。青い空と、どこまでも広がっていきそうな可能性、それと同じくらいのどうしようもない不安感。いつかの自分も見ていたような、とても眩しいお話。

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    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

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