夢を見るように楽しむ奇書、『ドグラ・マグラ』の世界【西田藍】

ドグラ・マグラ

著者
夢野 久作
出版日

奇書と呼ばれるドグラ・マグラ、実は筋だけまとめてしまえば、大した話ではない。要は、先祖代々伝わる、呪いの巻物の話だ。ああ、そう、怖い話だね、で終わる話を、ここまで長々と細々と綿密に陰湿に書いているのだからさすがである。

呪いの巻物の話? 多重構造、メタフィクション、精神医学、胎児の夢……どこが大したことない話?と読んだ人は思うかもしれない。まあでも狂った本ではないのだ。これは夢野久作の探偵小説である。そりゃ、多様な文体と構造には翻弄される。まあそんなもの、気にしなければいいのである。私は気にしない。夜、寝てるときに見る夢の、構造を気にするか? 整合性を気にするか? しないだろう。私は夢を、夢だと気づいたあとも、気にせず楽しむ。夢は時間の流れすら自由だ。記憶すら自由だ。ありもしない記憶が作られたり、消されたりする。現実を認識したり、しなかったりする。過去が消えたり、過去が作られたりする。

そんなものだ。

だから、そんな風に愉しめばいい。

せっかく、私たちはこんな古臭い小説を読んでいるのだから、難解さも、古臭さも、思う存分愉しめばいい。謎解きはその後でも十分だもの。わかんなかったらググれば出てくるしね。


古臭さといってもいろいろだが、今だと非科学的な医学だったり……男尊女卑だったり……様々な差別的な描写だったり……そういうものは、むしろ怪奇幻想のほどを高めてくれるスパイスだったりするのだ。レトロでかわいいキュン萌えである。美少年の頬が赤いのは童貞だからだ、だなんて、現代小説に書いてあったらバカバカしくて笑ってしまうが、この古臭い小説だから「フムフム」と受け入れてしまう。精神病棟で目覚めた、白皙の美少年。見て分かるほど、処女と貴婦人に入れ替わる、美少女。実はふたりは許嫁……? はい、とりあえずさっさと萌えて次に進めばよし。


後半出てくる、彼らの親世代の物語を見てみよう。訳あり家系の美女がいた。彼女を取り合った医者2人がいたのだが、美女は結局、私生児を産み、1人で育てていく。美女は刺繍の才能があって、手に職もあるし、実家が太いので美女はなんとか大丈夫である。この世界では、女は子を産むと、母親らしい思いやりとかなんかそういうものがムクムクと目覚めるし、ちょっとまともに頭を働かせると、女なのにすごい!と男はびっくりするのである。当然、この美女も、男にびっくりされていた。美女は一応、そこそこ中流な家庭で育っているし、女学校も出ているのである。そんな彼女がまあ、この状況下なら当然思い至るであろう発想をするだけで、例の医者はものすごくびっくりとするのである。もちろん、美女を讃えてはいるのだが、最後には「しかし女であるから所詮女の知恵である」という主旨のことを、ぶつぶつ言うのだ。おいおい、大丈夫か? 帝大出の医者の驕りか? 

これもまあ古臭い小説だから、楽しみの一つになる。次はどんな言い方をするだろう? とわくわくした。まあ、当時の感覚はそんなものだろう、と見ることもできるし、彼個人がその美女に対して個人的な思い入れがあるからゆえの言い方であると解釈しても面白いだろう。


なんとなく察していると思うが、美女の子供がその白皙の美少年ではないか?と匂わせる構成になっている。そう思ったけどもしかしてそうじゃないかも?と思わせる構成になっている。しかし、そんなことはいいのだ。その、同一人物かもしれない青年、様々な名で呼ばれる彼らは共通して、ちょうど二十歳の、白皙の美少年であるのだ。この小説では美少女はおまけである。しっかりとねっとりと美少年であることが描写されている彼こそが主役であり、ヒロインである。彼は主役であるが、彼に主体性はない。彼の母親であるとされている美女には、主体性があった。しかし、彼は、ただただこの〈事件〉に翻弄される、(ヒーローに救われる女性、という意味合いでの)ヒロインなのだ。

ただ、この美少年にはヒーローはいない。ただただ翻弄されるだけである。読者も、この美少年と一体となって、この小説に翻弄されればいいのだ。


筋をほとんど説明しているようで説明できていないが、だからこそドグラ・マグラは現代でも十分面白い。偏執的文章が延々と続く。この小説に限っては、江戸川乱歩ほどグロくもないし、まあ、エロくもない。奇書とは言っても、よくわかんない文章だって出てこない。ちゃんとしてる。突然、チャカポコしてるわけじゃないもの。 


ただし、問題が有る。ドグラ・マグラはとにかく長いのだ。そこでおすすめなのが短編集。これを気に入ったら、ドグラ・マグラを読んでも損はないだろう。

少女地獄

著者
夢野 久作
出版日
1976-11-29

少女が主役の3篇を収録。知識のない子供を騙す性犯罪者は昔からいることがよく分かる作品集。しかし、少女は泣き寝入りしないのだ。「火星の女」は復讐する。そこがよい。

あやかしの鼓―夢野久作怪奇幻想傑作選

著者
夢野 久作
出版日

こちらは怪奇幻想がメインの短編集。私が好きなのは、「いなか、の、じけん」である。当時の人権意識の低さに驚くだろう。当時の人々とは違う視点で、現代の我々にとっては怪奇ではないだろうか。

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