岸信介についてあなたの知らない事実。政治家としての生涯と60年安保

更新:2021.11.9

戦後の大物政治家、岸信介。岸といえば60年安保ですが、今回は彼自身のことを知ることができる逸話や、おすすめの本を紹介します。

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妖怪と呼ばれた敏腕政治家、岸信介

岸信介は1896年生まれで1987年に没した政治家です。明治に生まれ、大正・昭和の激動の政界をしたたかに生き抜いた人物で、1957年から1960年にかけては内閣総理大臣も務めています。いわゆる60年安保闘争を象徴する首相となり、「昭和の妖怪」と呼ばれました。

岸信介は山口県出身です。東京帝国大学(現東京大学)の法学部へ進学、卒業後は農商務省から商工省へと渡り歩きます。官僚時代には戦前にカルテルとトラストを促進させた法律として有名な「重要産業統制法」の作成などに関わり、実績を積み重ねていきました。そして、1941年には太平洋戦争開戦を決定した東條内閣の閣僚となります。

戦後は東条内閣の閣僚であったことからA級戦犯被疑者として巣鴨拘置所に収容されます。3年以上におよぶ拘禁の後、1948年12月24日に容疑不十分で解放されました。この1948年12月24日という日は、A級戦犯に確定した東条を含む7名が絞首刑にされた翌日でした。

拘置所から解放されて政界に復帰した後は、吉田茂と対立しながら政界再編の流れを形成していきます。具体的には保守合同の流れを形成していき、1955年に成立した自由民主党の結成に大役を果たします。そして、自民党結成の2年後の1957年に内閣総理大臣となりました。

岸を有名にしたのは、1960年の日米安保条約改定問題です。1951年にアメリカと結んだ日米安全保障条約は10年で改定されることになっており、岸内閣の時がその時期でした。

彼は1960年1月にアメリカとの間で新安保条約を調印します。この批准手続き(国会で条約を認める手続き)をめぐっては、国会を多数のデモ隊が取り囲み、大学生の樺美智子が圧死するなどの大混乱が生じました。いわゆる60年安保闘争です。

岸は憲法が定める手続きはしっかりと守ったうえで、安保条約の批准手続きをおこないますが、納得がいかない国民の一部は岸内閣や既成制度に対する反抗を示し、安保闘争は激化していきました。

新安保条約の批准を終えた岸は退陣しますが、その後も長く政界に影響力をもち続け、1987年に90歳の天寿をまっとうしました。

彼の波乱に満ちた生涯と政治活動の凄まじさは「昭和の妖怪」として歴史に残ることになります。

岸信介のあなたが知らない7つの事実!

ここまで、岸信介の生涯を追ってきました。

ここからは「昭和の妖怪」と呼ばれた彼の人物像や、実際におこなった政策にまつわる逸話を紹介していきます。

岸信介の人となりを知ることができる逸話

1:東京帝国大学で首席を争った

岸と同学年で東京帝国大学に入学した人物として、後に民放の大家になる我妻栄(わがつまさかえ)という人物がいます。2人は大学1年生の時に、まったく同点の成績で、首席争いをしていたそうです。

2年生以降は成績評価が点数評価から「優良可」に変わったため、彼らのいずれが上であったかは永遠に判明しないままとなりました。

2:巣鴨拘置所では、女子部屋掃除が楽しみだった

拘置所では週に1度の大掃除がありましたが、岸は女性の部屋の掃除がとても楽しみだったそうです。

「その日が楽しみだったよ。掃除が終わったのにいつまでもあっちを拭いたりこっちを拭いたりしたもんだ。……(中略)……早くやれという、仕方なく女の部屋を出ると言う始末だったが……(中略)……元首相や将軍がするんだね」(『日本宰相列伝20・岸信介』より引用)

女性の部屋の掃除が楽しみといった真意は明らかではありません。掃除が好きだったのか、女性の部屋の掃除をするということが新鮮だったのか、はたまた……いずれにしても、彼の変わった一面が見える逸話です。

3:上司と戦って必ず勝った
 

岸には、法律などを駆使して賢く立ち回ったというイメージがあります。そして筋の通らぬことに対しては毅然と立ち向かい、決して負けない人物でもありました。

戦前、彼の戦時統制政策を「アカ」(共産党系の思想のこと)と言った小林一三大臣に対して、岸は次官という下の立場でありながら「役人をアカ呼ばわりとは断じて許せぬ、証拠を出せ」と詰め寄ります。そして、次官の地位を「大臣と合わないため」と軽々と捨てます。

その後は軍部と結託し、小林一三が軍部の秘密を漏らしたとして攻撃し辞職に追い込みました。

また戦後は、吉田茂という大物と対立します。政治思想や方針の違いから、2人は同じ自由党という政党にいながら対立していました。しかし、「吉田学校」といわれる大派閥を作っていた吉田茂と、拘置所から出てきた岸では格が違います。結果として彼は、自由党を除名処分になってしました。

ここから岸は反撃に転じます。打倒吉田を目指し、保守合同をすすめ、1955年の自由民主党結成の際には吉田を上回る勢力を得ていました。

このように岸はどんな相手にでも決して負けない男でした。その背景には上司や部下などといった狭い関係ではなく、日本の将来を見すえる慧眼と、命を捨てる覚悟が常にあったからではないでしょうか。

政治にまつわる逸話

4:商工省に岸あり、日本車は彼が作った?

大学を出た岸は商工省に入省しました。彼はそこで辣腕をふるい、さまざまな政策に関わっていきます。たとえば岸が中心となって定めた「自動車製造事業法」は、海外から自動車の設備などを購入するとともに、自動車事業を許可制としてトヨタ、日産を保護したものです。

日本車はいまでこそ安全で高品質ですが、戦前はすぐに壊れることで有名でした。この法律により、自動車の品質は劇的に向上します。世界に誇る日本車の基礎は、岸が築いたといっても過言ではありません。

5:デートもできなくなる?政策の改正案

岸は60年安保に関することが強調されがちですが、もちろんその他にも政策や法案を打ち出しました。そのひとつに、警察官職務執行法の改正案があります。

これは、警察官職務執行法に予防拘禁制度を復活させようとしたものです。

予防拘禁制度とは端的にいうと、公権力から「反省していない」と判断された場合に身柄を拘束され続けるというもの。たとえば常習窃盗犯について、刑事裁判で懲役3年という判決を受け、3年間の懲役を終えた後も、「まだ十分に窃盗反省の反省が足りない」と公権力が判断した場合には、さらに身柄を拘束できるのです。

これは廃案となりましたが、野党などは警察官職務執行法の改正は「デートもできなくなる」と評し、反対しました。この法案に、秩序維持を重視する岸の官僚的な一面を見ることができるでしょう。

6:実は新安保条約は大きな問題ではなかった?

安保闘争はまぎれもなく岸内閣時に巻き起こり、その後少なくとも70年安保の時代まで日本社会に大きな影響を与えました。しかし、実は新安保条約の締結自体は当時あまり大きな問題ではなかったのです。

「安保改定の前年のある世論調査では、この問題を「知らない」のが全体の約半数で、次いで「わからない」が25パーセント、「反対」は10パーセントでしかなった。要するに国民は、無関心だった」(『歴代首相物語』より引用)

これが大問題となったのは、岸が衆議院の優越などの法的手段を駆使し、法的には「ぐうの音も出ない」手法をとったためでした。その結果、野党や国民が反発をしたのです。法的に正しくても感情が納得しないという面が人間にはあることを、彼はその優秀さから見逃してしまったといえるかもしれません。

7:新安保条約批准の緊張と災難

新安保条約の批准が衆議院の優越で可決することとなる1960年の6月18日から19日にかけて、首相官邸の緊張感は限界に達していました。一部暴徒と化している国民の勢いに、警視総監から警備上の責任を持てないため他所へ移ってほしいと申し出があるほど切実な状況でした。

しかし岸は「首相官邸にいることがたとえ暴漢に殺されても本望だ」と言い、ブランデーを傾けたそうです。

6月19日の午前0時をもって新安保条約の批准は成立しました。その翌月、岸は暴漢に刺され重傷を負っています。

岸信介の生の声が読める!

岸信介のインタビューをまとめた一冊です。彼が赤裸々に政界のこと語ったものです。

読みやすく、岸と戦後の政治を身近に感じることができます。

著者
出版日
2014-11-21

 

岸の遠慮のない話しぶり、ウィットに富んだ超一流の会話とともに、「至誠」という彼の心根が感じられます。

 

岸信介の人生を追える一冊

岸信介の人生について、客観的な一次資料に基づいて書かれた一冊です。

彼の生い立ちから経歴、人生などが客観的事実に基づく記述で書かれています。

著者
原 彬久
出版日
1995-01-20

岸に関しては数多くの著作が発表されていますが、政治家や人物としての評伝などが多く、彼の人生について客観的に記述された書籍は決して多くはありません。

岸信介という人物をしっかりと研究したい方には、必読の一冊としておすすめです。

晩年の肉声本

岸信介と著者の対談形式で書かれた本です。本書からは、晩年の岸のリアリティある言葉を感じることができるでしょう。

著者
加地 悦子
出版日
2016-07-19

東条内閣時代、巣鴨拘置所のこと、新安保条約の批准など、彼の人生の回顧録となっています。

太平洋戦争などについては現代の教科書などの記載とは異なっており、当時の事情から戦争やむなしとなった経緯が書かれています。また開戦についても彼の生きた声を読みとることができるため、読後は考えさせられることでしょう。

山本七平賞受賞作家による岸信介伝

山本七平賞受賞作家・北康利による評伝です。

本書の特徴として、必ずしも岸信介=60年安保という定型的な図式で彼を捉えていないということが挙げられます。

著者
北 康利
出版日
2014-01-21

経済成長政策や国民生活のための政策など、政治家としての辣腕ぶりが書かれており、岸信介=60年安保という定型的な図式を破壊してくれる一冊です。

一流作家による岸の評伝を楽しむことができるでしょう。

「大宰相」シリーズで岸信介を読む

『ゴルゴ13』で有名なさいとう・たかをによる、戦後史をマンガで綴ったシリーズです。

著者
さいとう たかを
出版日
1999-08-19

3巻の表紙になっているのが、岸信介。

難しい政治史はマンガから入るのはひとつの王道的方法ですが、本書は岸の周りの人物を含めさまざまな角度から当時を描いており、戦後政治家のスケールの大きさを体感できます。

岸信介は、現代の日本の安全保障の要となっている、欠かせない人物だといえます。政治家として、またひとりの人間としての彼の生き方からヒントをもらえる本を、ぜひ手に取ってみてください。

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