こんにちは。藍坊主の藤森です。今は日曜日の午前中。新しいアルバム『Luno』も完成し、ラジオ出演や雑誌のインタビュー、リリースツアーの準備の中、つかの間のリラックスタイム。バンドや音楽に没頭していると世の中から取り残されてしまうので、日曜日は新聞を読んだり読書をすることが多いです。
特に午前中はメールが届いたり、電話がかかってくることも少ないので絶好のチャンス。というわけで「世の中に触れる」という目的のなかでも、今日はFood(食べ物)、Energy(エネルギー)、Water(水)に関する3冊を本棚からひっぱり出してきました。この3つの頭文字をとると「わずか」を意味するFEWという単語になります。身近に大量にあるけれど見方を変えると希少なものたちです。
少し真面目な本ですが、個人的には正座をして読むより珈琲でも飲みながら、ソファーで読むくらいで良いと思っています。例えパラパラと読むだけでも、その後のランチが特別な味に変わる筈。世の中に触れたあと、午後の曲制作は斬新な気持ちで取り組めます。きっと別の仕事でも同じだと思うのだけど、あなたはどうかな。
ちょっと話しが脇道にそれますが、僕は20代前半の頃、作曲と関係のない作業は極力排除していました。「作曲のプロフェッショナルになる!」という目標を掲げ、アレンジはアレンジのプロフェッショナルに任せれば良い。音の調整はエンジニアに任せれば良い。ジャケットデザインも、MV撮影も、セールスプロモーションも、マネージメント業務も、その道のプロに任せればいい。そうすることが一番効率的で良い音楽を作る方法だと信じていました。
「作曲への雑念になる」と、作曲以外すべてへの関心をシャットアウトした時期。最初は面白いくらいに曲が出来ました。ある意味で効率は良かった。しかし表現することがワンパターン化してしまい、途中で気付いたのです。「もう書く事がない」と、感覚が痩せ細っていく感じ。
話しが脱線しましたね。読書の話しに戻しましょう。今日のテーマは「ランチの前にパラパラと読む3冊」です。テーマの前に「藍坊主・藤森が」と付けた方がいいかもしれません。著者に「そんな限定するな!」と怒られそうですし。
でもね。出来ればランチの前に読んで頂きたい。例えば、チキンカレーを作るとき、コスト的に効率よく良いものを作るのはどうしたら良いか。
大型のスーパーマーケットへ行く。
中国で大量生産された人参を買う。
インドで大量生産されたタマネギを買う。
アメリカで大量生産されたジャガイモを買う。
ブラジルで大量生産された鶏肉を買う。
専門的に大量生産したほうが、トータルコストは安いことは想像出来る。でも多額の輸送費をかけて、それでも尚安いのは何故だろう。音楽活動と同じく、洗練された流通にも本当は歪みが生まれているかもしれない。そんな疑問に答えてくれるFood(食べ物)の本を1冊目に紹介します。
10億人が飢え続けているこの世界のメカニズム
- 著者
- ["エルヴィン ヴァーゲンホーファー", "マックス アナス"]
- 出版日
- 2011-02-26
同タイトルの映画『ありあまるごちそう』の書籍版。帯にある「餓死は殺人に他ならない」という一文は、食料輸入国である日本への警鐘と書いてあります。
野菜、パン、牛乳、肉、魚、水の項目別に分けた食品業界の暴露本だと感じています。
世界中で作られている食料は1日に120億人分
地球の総人口は67億人(出版当時。現在は73億人)
普通に見たら足りているにも関わらず、常に10億人が飢えているこの世界。
その原因がこの本には書いてあります。闇雲に「食料自給率をあげなきゃいかん!」「遺伝子組み換え食品はあかん!」と危機感を煽られても、僕は現実に当てはめるのが難しいと感じてしまいます。なので、パラパラと読み、買い物時に「安さ」以外の判断基準が生まれる程度から始めれば面白いかなと思うわけです。
ちなみに「百姓」という言葉。多くの人が「農民」という意味で使っているけど本当は「百の姓」という意味らしい。百姓は食べ物も作るけど、雨漏りすれば大工のように屋根に上り家具も作る。衣類やら傘やら家財道具も作り、美容師のように散髪もし、漁業、商人、そして神主までも生業とする。生活するうえで、百姓の精神が実は一番豊ではないかと思わされた1冊です。
あっ。音楽を作る上でも同じ事が言えるかもしれません。
「エネルギー」をちょっと違った目線で見てみよう
- 著者
- 漆原 次郎
- 出版日
- 2009-12-19
今年4月に電力の小売全面自由化が始まりました。FIT(固定価格買取制度)が来年改正されるようですね。ただ、そのようなニュースが流れれば流れる程、エネルギーという言葉の意味が電力だけに限定されていくように感じます。先ほどの百姓と似ていますね。
この本は、一番最初に「エネルギーとは何か」が書いてあります。僕はそこが好きです。エネルギーの基本は、何キロの荷物を何メートル持ち上げられるか、などの力学的エネルギーに始まり、熱エネルギー、光エネルギー、化学エネルギー、音エネルギー、そして電気エネルギーに分類されます。電力とはエネルギーの一部を表した言葉なのです。
「火力発電した電気で電気ストーブを稼働し部屋を暖める」。このような行為は、熱エネルギー→電気エネルギー→熱エネルギーという遠回りをしていることがよく分かります。本来なら「寒いから薪を燃やす」で良いわけです。地球の裏側から運ばれてくる鶏肉と同じくらい遠いかもしれません。
太陽光エネルギーを使った発電はスマートだと言われていますが、地元の小田原にはもっとスマートなものがあります。それは干物と梅干し。小田原の名産物のこの2点は、太陽光エネルギーを究極にスマートに使ったものです。かく言う僕も、音エネルギーを電気エネルギーに変えたのち、音エネルギーに戻すことで音楽を届けています。もしあなたがアコーステック演奏を見る時は「おっ、今日は干物や梅干しと同じだな」なんて目線で見ると、より楽しめるかもしれません。