「治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」(『古今武家盛衰記』から引用)と言わしめるほど、当時から名をはせていた島左近とは、いったいどのような武将だったのでしょう。彼のことがわかる逸話と、4冊の本をご紹介します。
左近の正確な生年は不明ですが、『名将言行録』に「当時の人は鬼左近と呼び、1600年に61歳で戦死」と記載されているので、そこから考えると1540年頃の生まれではないかと思われます。最後に仕えた石田三成よりは20歳年上、徳川家康より2歳年上です。
生国は大和国で、本名は清興といいます。まだ若い筒井順慶を支えていた時、同僚の松倉右近勝重とともに「左近、右近」と称せられ、そこから「左近」という通称ができました。
大和国の大名であった筒井家に使え、筒井順慶まではよく仕えたようですが、次の代の定次の時に筒井家を去り、奈良興福寺の塔頭持宝院に寄食していました。その後蒲生氏郷など何人かに仕えた後、石田三成の元で仕えます。
三成は有能な官僚でしたが軍事の才は不足していたので、左近を家臣に加えたかったようです。当時、大変な高禄で左近を迎えたのが話題になりました。
豊臣秀吉没後、次第に勢力を伸ばしてきた家康に危惧を抱きつつ、関ヶ原の戦いの時を迎えます。関ヶ原の戦いでは鬼神の働きぶりで、黒田長政隊と戦いました。しかし銃弾に撃たれ、その後行方がわからず、討死にしたと思われます。また遺体が見つかっていないので、各地に落ち延びたという説が残っています。
1:人の使い方が上手だった
左近が浪人していたころ、吉野の親族に借金の無心をしましたが、その男は吝嗇だったため断ってきました。すると彼は弁の立つものを使者にたて、「財宝を人に分け与えれば子孫は繁栄し、悪いことは起こらないが、分かち合えないものには災害が降りかかるだろう。」と伝えさせました。すると親類の男はすぐに金の用立てをしてくれました。
2:豊臣秀吉から羽織をもらった
石田三成が当時所有していた4万石のうち、2万石を出して左近を家臣に迎えたことを聞いた秀吉は、彼を呼び出して「これより三成によく心を合わせよ」(忠誠を尽くせよ)と言い、羽織を渡しました。秀吉も一目置くほどの、破格の評価だったのです。
後に三成が佐和山城19万4千石の大名になった時にも左近の禄を増やそうとしましたが、彼は「これ以上の禄はいりません。ほかの人々に与えてください。」と断りました。
3:領国経営にも携わっていた
彼は軍事だけではなく、三成の領地の年貢徴収もしていました。家老クラスの重臣として、領国経営にも携わっていたのです。
4:家康の懐に飛び込むべしと助言をした
1599年、加藤清正、福島正則ら豊臣恩顧の大名が、積年の恨みを晴らすため石田三成を襲撃しようとしました。それを知った左近は三成に、「家康の懐へ飛び込むべし。」と、敵方の陣営に行くように勧めました。
外聞を気にする家康のもとに行けば、殺すような真似はしないだろうと読んだからです。予想通り、家康は三成に蟄居をさせただけで事をおさめました。
5:鬼左近と呼ばれた
関ヶ原の戦い後、直接対峙した黒田長政の家来たちは、あまりの恐ろしさに誰も当日の彼の軍装を覚えておらず、元石田方の家来に当日の軍装を尋ねたという猛将ぶりがわかる逸話が残っています。
6:滋賀に落ち延びていた?
左近が関ヶ原の戦いで討死せず、滋賀県の奥川並(おくこうなみ)というところに潜伏していたという説があります。その土地では、彼が目の前に現れた雪女に物を投げて撃退した、という昔話もあります。
比較的史実に基づいて書かれた物語で、左近の一生をたどる入門書としておすすめの作品です。
- 著者
- 山元 泰生
- 出版日
- 2008-08-01
著者の山元泰生はルポライターで、トリカブト殺人事件や世田谷一家殺人事件などを取りあげた、社会的な事件の著作が多くあります。この『嶋左近』でも取材能力を発揮し、丁寧な調査で執筆されているので、実像の左近に近い物語になっています。
左近は自分よりも年の若い筒井順慶や石田三成に仕えていました。諫めたり進言したりと、家臣としての務めを果たします。時に意見が退けられるときもありますが、その場合でも自分の職務をまっとうする姿は、働く人たちの共感を得られるでしょう。
社会のなかでどう生き抜いていくのか、考えさせられる一冊です。
左近は筒井家で重要な地位を占めていましたが、尊敬することのできない城主の下で働くことを厭い、筒井家を去ります。その後の自分の立場が不利になるのは重々承知しつつ、あっさりとその生活を振り捨てて去っていくのです。
戦国の世で潔く、おのれの志に従って生きる男の物語です。
- 著者
- 佐竹 申伍
- 出版日
現代でも、会社の上司や環境に不満がある方はいるかと思いますが、しかしいざ辞めるなどの行動に移そうとするのは難しく、躊躇してしまうこともあるのではないでしょうか。
筒井家を去った左近は幸いなことに、自分の心に響く人物と出会い、生涯を共にします。己の心に忠実な男の物語です。
上下巻の本作は、作者の火坂雅志が急逝したので未完の作品です。
- 著者
- 火坂 雅志
- 出版日
- 2017-05-02
火坂は大河ドラマの原作『天地人』で巧みな人物描写とストーリーを著した作家です。本作では、あまり知られてはいない前半生の筒井家時代からの物語が描かれていて、強敵を前に敵からの甘言にものらず、忠義を尽くして主君を助けた姿がわかります。
未完のため豊臣秀頼の大坂城入城までしか書かれてはいませんが、十分に満足できる物語です。
弱肉強食の戦国時代、自分自身の利益ではなく民のための社会を作りたい、その大きな目的のために力を尽くした左近の姿は、すがすがしいものがあります。
歴史では「もしこうだったら……」とifについて語ることがありますが、この小説は、もし関ヶ原の戦いで東軍の家康が負けたら……というところから始まります。
- 著者
- 工藤 章興
- 出版日
全5巻になっていて、1巻から軍師島左近の活躍が中心となり物語が進行していきます。東から西まで、日本全国にまたがる一大戦国物語です。テンポよく話が進むので、長編ですが一気に読み進めることができるでしょう。
歴史に詳しい方は、史実と比べながら読むことができますし、どうすれば東軍に勝てるのか、シミュレーションしながら読むのも一興です。
三成に仕える以前の島左近については文献がほとんどなく、生年、生国を含めてわからないことが多い人物です。なぜ三成に高禄で召し抱えられるほどの人物であったのか、その理由も定かではありません。
それだけにどの作品も、大部分が作者の創作になっています。同じ『島左近』とタイトルにある小説でも、中身は大きく変わります。それぞれの作品を読み比べて、マイベスト左近を見つけるのも楽しいかもしれません。