北条早雲にまつわる5つの逸話!戦国時代の幕を開けた最初の戦国大名とは

更新:2017.11.1

北条早雲といえば戦国時代の火付け役であり、一代にして2つの城を攻略して戦国大名にまで成り上がった武将として知られています。しかし、歴史的には有名な人物ですが、その一方で多くの謎を残した人物でもあるのです。謎多き戦国武将、北条早雲についてご紹介します。

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戦国時代に活躍した武将、北条早雲とは

北条早雲の出自は諸説あり、明らかになっていません。主な通説は5つあります。

1:山城宇治説
2:大和在原説
3:伊勢素浪人説
4:京都伊勢氏説
5:備中伊勢説

このなかで一般的とされてきたのは「伊勢素浪人説」で、早雲を扱ったほとんどの小説やドラマなどで「どこの生まれかもわからない素浪人」という描き方をされてきました。

しかし実際には、「備中伊勢説」が有力です。興国寺城主であった伊勢新九郎盛時という人物が、後に出家して北条早雲宗瑞として改名したことが明らかになりました。

生年は、1432年、または1456年といわれています。京都で9代将軍の足利義尚に仕え、幕府官職のひとつである奉公衆となっています。1467年に起きた「応仁の乱」には東軍として参加しました。

1476年に今川義忠が不慮の事故で亡くなった際、家督継承を主張して分裂状態だった今川家の内紛をうまく収め、これによって出世をしたといわれています。

伊豆との国境に近い興国寺城を与えられ、当主になりました。同じころに結婚をし、子どもも授かっています。

11代将軍足利義澄の義母兄である茶々丸を襲撃し、伊豆を襲った事件が戦国時代の幕開けとなったといわれています。当時室町幕府は衰退していましたが、旧勢力が滅んで新興勢力が勃興するという、いわゆる下克上のはじまりとなっているのです。

1495年、茶々丸の討伐という大義名分を掲げて、小田原城を奪取。ただこれはあまりにも簡単に手に入れたとされ、どこまでが本当のことか定かではありません。後に彼は小田原城主となっています。

「伊勢新九郎」という名前は1491年の史料まで名前が残っていて、1495年の史料には「早雲庵宗瑞」となっていることから、この間に出家をしたものと考えられています。

上記からわかるように、早雲については明らかになっていないことが多いですが、戦国時代の先駆けとして名を馳せ、1519年に亡くなりました。
 

北条早雲の人柄がわかる5つの逸話

1:人の心をつかむのがうまかった
 

伊豆へ攻め入っていたころ、仲間に病人がいれば医者を遣わせたり、部下に看病を依頼したりしました。この噂を聞きつけた領民など逃げ散っていた者たちは、「情深い人がいる」と安心し、帰ってくる民も多くいたそうです。

2:住民思いの政治をした

伊豆を治めた際、領民に対する重い税制を撤廃します。それまで茶々丸の悪政に苦しんでいた彼らはすぐに早雲に従うようになり、伊豆はわずか30日間で平定されたそうです。

3:1度手にした土地は絶対に手放さないのがモットーだった

彼は土地争いが絶え間ない乱世を経験していたため、土地をなくした者たちにはお金を配当し、土地を奪い返されることがないようにしていました。

4:盗っ人にもおおらかだった

馬泥棒の裁判がおこなわれた際、犯人から「向かいの席に座られているあの方(早雲)は、国を盗んだじゃないか」と言われました。これを聞いた早雲は笑い出してしまい、その盗っ人を許してやったそうです。

5:用心深かった

「早雲二十一ヶ条」という家法が残されていて、「家に帰ってきたら必ず垣根を見て壊れていないかどうか確かめる」という記述があります。どんな些細なことでも見逃すべからずという、彼の用心深さが現れています。

北条早雲が戦乱の時代に見出した信念とは

早雲がまだ北条早雲として名を馳せる前、伊勢新九郎が青年だった時代には、大規模な争いがいくつも起こります。

室町幕府の権力が衰え、各地で豪族たちの争いがある激動の時代の流れに抗うことができない歯がゆさのなかで、若かりし彼の信念が徐々に作られていくのです。

著者
富樫 倫太郎
出版日
2013-11-22

本作には生き生きとした彼と友との繋がりが描かれており、幼き頃の早雲がどんな子どもだったのかが具体的にわかります。

「応仁の乱」や今川家の家督争いについても描かれているので、早雲を知るための入門編としてわかりやすい一冊でしょう。

繊細で豪快だった北条早雲

早雲は、どんなに些細な変化にも常に注意を払って行動をしていました。その繊細な注意力と、一方で時に豪快な戦略家として生き抜いた彼の生涯は「針をも積み珠をも砕く」と称されています。

著者
羽田 真人
出版日
2017-01-01

しかるべき時に備えて小さい針でもしっかりと積み立て、目標を定めた時に積み立てていたものを出し切るという、メリハリのある性分だったことが記されています。

また本作では、歴史的な言葉遣いや、生活習慣、政治制度なども吟味して使用されていて、物語の面白さだけでなく当時の生活や情緒を感じ取ることができる一冊です。
 

信念を貫くために仲間を集めて京へと向かう

早雲が駿河の室町幕府に仕える身内をたどり、荒れていた後継者問題を解決するため、仲間を集めて京へ旅に出ます。

著者
中村 晃
出版日

同郷の仲間とともに目的地を目指した早雲は、道中に領民たちから話を聞き、都の状況や彼らの生活状況を汲み取ります。

早雲の人から信頼を集める話術や策略は、現代に生きる我々にも生かせるものがあるでしょう。
 

幕府で起こっていた問題を次々と解決した北条早雲

本作は上下巻からなる長編小説。京都や駿河で家中の争いを解決した早雲が、興国寺城の城主となり、その後伊豆、小田原、さらに相模の国を制覇した生涯が描かれています。
 

著者
南原 幹雄
出版日
2005-12-22

一国の城主となった早雲は、人々からの信頼も集めていました。大名としての一面と、戦国武将としての一面をうかがえる作品です。

周りの人の心を掴んだ早雲の作法に着目して読むと、より彼の人物像が見えてくるでしょう。

ご紹介した本をきっかけに、北条早雲に興味をもっていただければうれしいです。

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