『寄生獣』の作者、岩明均が連載している漫画『ヒストリエ』。かつて存在していたことはわかっているものの、半生が謎に包まれているエウメネスを主人公に、フィリッポス2世、アレクサンドロス大王が築きあげたマケドニア王国の黄金期を描く物語です。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2004-10-22
漫画『ヒストリエ』は謎の多いマケドニア王国の書記官エウメネスの人生をつづったものです。
カルディア国の顔役である名家ヒエロニュモスの次男であるエウメネスは、父が殺害されたとき、実の子ではなかったことが暴かれて奴隷に落とされてしまいます。そこから彼の波乱万丈な人生は始まりました。
奴隷の反乱による奴隷からの解放、助けられたボア村での青春、そして戦争……数々の苦難を己の知略で乗り越えていき、やがて彼は歴史に名を遺す英雄となっていくのです。
ともに生きた英雄たちとの交流、エウメネスの常識に当てはまらない自由な生き方は、読者を圧倒することでしょう。
都市国家カルディアの名家ヒエロニュモスの次男として育ったエウメネスは、豊富な書物に囲まれた環境で読書をしたり、友人たちと遊んだりしながら充実した毎日を送っていました。
しかしとある騒動から、彼がヒエロニュモスの実の子ではなく、野蛮人だと恐れられているスキタイ人の血を引いていることが発覚し、奴隷の身分に落とされてしまいます。
これまでの順風な人生から一転、エウメネスは奴隷としてカルディアから離れることになりますが、それでも前を向き、いつか故郷に帰ってくることを誓いました。
その後、移動中の奴隷船が沈没したことをきっかけに、自らの知力を最大限に活かした旅が始まります。
主人公のエウメネスは奴隷の身分でしたが、とある事情から自分の故郷であるカルディアをめざして旅を続けていました。ある時、彼は河岸で哲学者アリストテレスと出会います。奴隷にも関わらず博学なエウメネスは、ペルシア帝国からスパイ容疑で追われていたアリストテレスと意気投合し、彼をかばって一緒に旅をするのでした。
カルディアに到着すると、門前にマケドニア軍が隊列を組んでカルディアを威圧しており、とても入れる状態ではありません。しかし、彼はそんな状況下でも智慧をふり絞り、おばあさんや商人のアンティゴノスとその部下とともに、都市に入ることに成功します。
エウメネスは奴隷の身分でありながら、その才能を見込まれ、アンティゴノスに自分の元で働かないかと誘われました。
その誘いにのることを渋り、ひとりになったエウメネスは、かつて自分が育ったヒエロニュモス邸に辿り着くと、懐かしげに過去を思い出していくのでした……。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2004-10-22
幼少のころは奴隷ではなく、カルディアの名家ヒエロニュモスの次男として育ったエウメネス。邸宅の図書室で書物を読み漁る日々を過ごし、何不自由なく幸福に暮らしていました。その平和な暮らしぶりのおかげか、名家の次男でありながら、傲慢な考えを持っていない公平さを有しています。
ある日、幼い彼はある奴隷が主人の元で虐げられているところを発見します。あまりにも酷い扱いを受けているその奴隷を見て、エウメネスは手を差し伸べました。ヒエロニュモス家の奴隷商人と仲良くし、奴隷に対して慈悲を見せるエウメネスは、子供のころからバランス感覚に長けた人間だったのです。
この時に出会った奴隷は、スキタイ人。彼らは世界でもっとも勇猛で誇り高く、残忍な人種でした。エウメネスは彼らの野蛮さについて書物で読んだことがあったのですが、後々彼の出生の秘密に関わっていることが判明し……。
エウメネスの秘密とは一体何だったのでしょうか?2巻でその秘密が明らかになっていきます。
ある日、エウメネスが手を差し伸べたスキタイ人の奴隷が、手足の鎖を外してもらったと市場で話題になっていました。しかしその奴隷は、鎖を外されるや否や主人たちを皆殺しにし、その場から逃走したのです。
奴隷は故郷へ帰ろうと、馬に乗ってカルディアの門前へと姿を現します。民兵はスキタイ人の奴隷を殺害しようとしますが、さすがは残忍と恐れられている民族出身、その剣技は見事で、彼らをまったく寄せつけません。たまたま通りがかったエウメネスは、呆然とその戦いぶりを眺めます。
しばらくすると完全武装した民兵が次々と現れ、さすがのスキタイ人も疲れたのか、撤退していきました。
エウメネスが自宅へと帰る道中、スキタイ人が殺した民兵の死体と、血の跡を発見します。彼が血の跡をたどっていくと、腸が飛び出し、血みどろで死にかけのスキタイ人が倒れているのでした。
死体を発見したことを父の部下であるヘカタイオスに知らせると、あとはすべて自分にまかせておくようにと言い伝えられます。
夜、目が覚めて起きると、庭先では、何者かに刺されて死んでいる父親と、スキタイ人の死体がありました。ヘカタイオスは、エウメネスがスキタイ人につけられていたのだと話しますが、彼は瀕死状態のスキタイ人が追ってこれるはずはないと話し、カルディアを治める者たちの前で論戦をくり広げます。
その最中、ヘカタイオスはある秘密を暴露するのです。実は、エウメネスは殺された父、ヒエロニュモスの本当の息子ではなく、野蛮なスキタイ人の血筋を引いていたというのです。こうしてヘカタイオスの策略によって、エウメネスは奴隷に身分を落とされてしまいました。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2004-10-22
この巻の見どころは、スキタイ人の奴隷が父を殺したか否かについて、子供とは思えないほどの頭の回転の速さでヘカタイオスと論議するシーンでしょう。
エウメネスはまだ子供であり、自分が間接的に父親を殺してしまったと責められてショックを受けるはずです。しかし彼は、あの奴隷がここまで血も落とさずに、死にもせずに父親の前までやってくるはずはないと理路整然と考え、それを主張するのです。
感情的に否定するのではなく、根拠を示し、論理をもって父親の死に対する不信を明らかにします。それは普通の子供がなせる業ではありませんでした。彼の主張は悪事を企むヘカタイオスを圧倒するものであり、明らかにただの子供ではなく、英雄の資質を持っていると確信させるものでした。
しかし、エウメネスがいくら英雄の資質を持っていたといっても、まだ子供で、人生経験などさまざまなものが足りない状態です。ヘカタイオスはエウメネスの論拠を潰すために、エウメネスがスキタイ人だということを暴露します。このことにエウメネスは大きなショックを受け、うつむいてしまうのでした。
本当の父と母ではなく、自分は今まで騙されていた。そんな思いから、自身の世界が崩れるような衝撃を受けたエウメネスでしたが、それでも彼は、
「……自分で描いた筋書きの矛盾を……
異民族の特異性って事で全部片づけようなんて……呆れるよな
こんなのは話のすり替えだよ……」(『ヒストリエ』2巻より引用)
と反論してみせたのでした。
しかしまだ子供でしかないエウメネスは、権力には勝てません。ヘカタイオスによる論理のすり替えによって、奴隷に落とされてしまうのでした。
この巻では、奴隷に落とされ、今まで信じていたものがすべて崩れ去るエウメネスの悲哀が描かれています。
過酷な牢獄での「教育」を受け、自尊心をへし折られるエウメネス。周りの人間が、彼が元から奴隷だったかのように扱ってくることに戸惑い、そして何より奴隷に落ちたことで虐げられ、自分がこの家の生まれではなく、異物だということを実感させられ続ける日々に、泣いて過ごしました。
しかし、彼は元々の聡明な頭脳で、徐々に自らの状況を冷静に判断していきます。自分はカルディアの奴隷であるため、自らの品質を管理する義務がカルディアにあること、そして手のひらを返したような周りの人間たちに卑屈になる必要はないことを悟ります。こうして彼は自尊心を取り戻し、元の飄々とした賢人らしい性格へと戻っていくのです。
それでもエウメネスが買い取られ船に乗せられる前には、じっと生まれ育った家を見つめ、感情があふれるように叫ぶのです。
「よくもぼくをォ!!だましたなァ!!
よくも今まで!!ずっと今まで!!」(『ヒストリエ』3巻より引用)
何度も何度も「ぼくをだましたな!」と慟哭する姿に、母は耳をふさぎ、使用人は悲し気に目を伏せます。それほどに激情のこもった叫びをあげ続けたのでした。己の有用さを悟り、卑屈になることはなくなったとしても、裏切られたという思いはなくならず、今までの人生は欺瞞だったと嘆くのです。
しかし、たとえすべて嘘の人生だったとしても、確かにエウメネスを息子として愛していた母は、涙をこぼしながら彼の名を呼び、後姿を目で追うのでした。その姿は紛れもなく息子を失う母であり、絶望に打ちひしがれている親の姿です。残念ながら、エウメネスにその姿が届くことはありませんでした。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2005-11-22
エウメネスが奴隷として信じられないほどの高値で買い取られると、数日のうちに屋敷を出て、主人とともに船に乗って家を去ることになります。ヒエロニュモスの家を去り、見送りの友人たちと言葉を交わしてカルディアを船で出て、しばらくは奴隷とは思えないほどの好待遇を受けていました。
しかしその船は目的地へとたどり着く前に、奴隷たちの反乱によって乗っ取られ、エウメネスを買い取った主人をはじめとした使用人たちは、奴隷たちに殺害されてしまうのでした。残った奴隷とわずかな水夫だけで船は進んでいきましたが、人手が足りるはずもなく、すぐに船は沈没してしまいます。
エウメネスは目を覚ますと、ボアという村にいました。漂流し、浜辺に打ちあげられていたところをボアの村人に助けられていたのです。その村で、サテュラという少女の家に住むことになります。
村での生活はエウメネスにとって楽しく、彼が昔書物で読んだ各地の神話などを講義する代わりに、村1番の剣使いバトから剣を習ったり、サテュラとの仲を深めたりと、数年間平和な日々を過ごしました。そして彼は、どんどんボアの村と、そこでの暮らしを愛するようになっていくのです。
エウメネスが講義で語る話も尽きたころ、突然村人が何者かに襲われました。襲ったのは誰なのかを突き止めるために、エウメネスたちは近隣の市、ティオスへと乗り込んでいきます。そこで村人を襲った兵士を見つけ、後を追ってみると、それはなんとサテュラの許婚の配下だったのです。
こうして、ティオス市との諍いが始まります。
エウメネスは本当にサテュラの許婚が戦争を企てているのかを調べるために、ギリシア人に変装してティオスへと潜入します。そしてどうやら本当らしいという証拠をある程度つかんで戻ってくると、サテュラの許婚の弟であるテレマコスも、村人たちへ洗いざらい暴露していました。
暴露した弟は、ボアの村人たちに向かって、この土地を出ていって穏便に戦争を回避するように要求しましたが、村人たちは土地を出るという選択をせず、死ぬことになっても戦うことを選びます。
これによってサテュラの許嫁との婚約も破棄され、日頃から仲を深めていたエウメネスとサテュラが結ばれることとなりました。
戦争するにあたって、エウメネスはボアの村を守るために、知恵をふり絞ります。そして彼は、自分がギリシア人になりきって敵軍を罠に陥れる作戦にでるのです。
このエウメネスの策は見事はまり、敵軍は次々と打ち取られ、ボアの村は見事勝利を収めました。そして双方の歩み寄りにより、なんとか関係を修復することに成功し、ボアの村はこれまで通りの生活を続けられることとなったのです。
しかし許婚の弟であるテレマコスが頭首を継いでサテュラを嫁に迎え入れると言いはじめると、彼女はそれを嫌がってエウメネスに抱きつき、婚約を拒否。このことでエウメネスがボアの村の住民であることがバレてしまい、テレマコスの兄が負けたのがすべてボアの村の策略だと発覚してしまうのです。
そうして、エウメネスは自分が悪役になることでテレマコスの憎しみをすべて自分に引き寄せ、ボアの村を去ったのでした。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2007-07-23
エウメネスはこの村になじみ、この村で暮らしていきたいと願うようになっていました。昔夢見た英雄なんかになりたくはなく、ただ普通の村人としてなじみ、村人として生きたかったと願っていました。
しかしそうするには、村の安全を脅かす敵を蹴散らす必要があり、それができるのはエウメネスただひとりだけだったのです。
彼は勝つために敵を騙し、策略どおりに勝って戦争をたった1度で終わらせてしまいます。この戦いでの立ち回りは、エウメネスの非凡さを浮き彫りにするものでした。戦の常道を覆し、一方的に勝つ姿は、見事のひと言です。
戦争に打ち勝ち、村へと帰還する姿は英雄そのもので、すでに村にとっての英雄オデュッセウスとなっていました。エウメネスはオデュッセウスなんかになりたいわけじゃないと考えつつも、もはやただの村人ではいられないことを予期させています。
そしてテレマコスが和睦を結び、今回の戦においてすべてボアの村の掌の上だと知れたとき、エウメネスは英雄らしく決意します。
「お察しのとおりおれはギリシア人じゃない
でも この村の人間でもないんだ
おれはスキタイ人だよ」(『ヒストリエ』4巻)
と自ら悪役を演じ始めます。
「はっきり言ってここの村の連中は
戦いの事についちゃ何にもわかってないもんだから
そこは苦労したよ
何てェいうのか……みんなお人好しっての?
ま……トロいんだよな」(『ヒストリエ』4巻)
このように、すべて自分の策略で、ボア村をただ手足のように動かしていたということにし、敵軍の将軍の恨みを自分に向けたまま、ひとりこの村を去っていくのでした。
守りたかったボア村を守った結果、皮肉にも村人から逸脱した異分子に戻ってしまったのです。彼が去る姿を見送る村人たちは涙を流し、後姿を見守ります。エウメネスは村を救った英雄であり、すでに村に住む村人としての存在ではなくなっていたのでした。
物語の焦点は、再び商人のアンティゴノスとともにカルディア市に入ったエウメネス青年期に戻ります。
エウメネスはすでに没落している自分の暮らした家の跡地を歩いていると、そこには兄のヒエロニュモスが寝ていました。すっかり没落したヒエロニュモスでしたが、今は廃墟で寝ているものの、一応家はヘカタイオスからもらっていると話します。
ヒエロニュモスに連れられ、エウメネスは父と母の墓を見に行きます。そして彼は、奴隷として売られたにもかかわらず、すぐに自由となって平和な暮らしを送ることができ、再びカルディアの地に戻ってこられたことに対して両親に感謝するのです。こうして2人の墓を後にしたのでした。
翌日、街を散策していると、かつて自分を奴隷へと陥れたヘカタイオスの部下であるゲラダスと再会します。ゲラダスは「何をしにきた」と警戒してきますが、エウメネスはお互いに関わらない方がいいと別れようとしました。しかし、ゲラダスがエウメネスの意表をついて襲いかかってきたため、彼は反撃し、不覚にもゲラダスを殺害してしまうのです。
その足で友人の元へ行き、別れを告げて、早急に街を出ようとするエウメネスでしたが、アンティゴノスの部下に見つかってしまいました。予定が早まり明日にはカルディアを出るので合流しようという話になり、ヘカタイオスの屋敷に泊まることになります。
ですが、先ほどエウメネスは、ヘカタイオスの部下であるゲラダスを殺害してしまったばかりです。無謀ではないかと考えながらも、ヘカタイオスの屋敷へ奴隷として顔を隠して足を運びました。
しかし、ヘカタイオスは目ざとくエウメネスを見つけると、錯乱したように殺せと叫びます。エウメネスは襲ってくる使用人を倒していきますが、アンティゴノスの部下までもが、彼を襲ってくるのです。
アンティゴノスの部下はエウメネスよりも数段上の実力を持った男でしたが、アンティゴノスから怪我をさせず逃がせと命じられていたため、うまく門まで誘導していきます。
エウメネスは門を潜り抜け、市街へと逃げていきますが、その背中にアンティゴノスの部下は「いいな!」と念を押すように声をかけます。
次の日、門の前で待っているアンティゴノスと落ち合い、外に出ます。するとアンティゴノスはまっすぐ外のマケドニア軍の元へと歩いていき、マケドニア軍の大将を呼びつけるのでした。
なんと、アンティゴノスの本当の正体は、マケドニア王フィリッポスだったのです。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2009-02-23
この巻では、エウメネスは回想を終え、現在のカルディアを見て回ることになります。かつての兄に父と母の墓へと案内された時、幼少のころに吐露した「ぼくをよくもだましたな!」という叫びは今では後悔に変わっていました。数年にわたる旅の中で、エウメネスはすべての感情を消化しきり、すべては過去の出来事だとして憎しみは消え、残ったのは父と母への感謝でした。
エウメネスは墓の前で、
「あんな幸せだった日々を……『だまされていた』などと断ずるべきではなかった……
ごめんよ そしてありがとう母さん父さん
育ててくれて……ありがとう」(『ヒストリエ』5巻)
と堂々と言えるまでに成長していたのです。この割り切りの良さは、エウメネスが非凡な人物であることの証拠であり、ヘカタイオスなど、昔の人物とは一線を画す人間になっているという比較にもなっています。
時は経ち、エウメネスはマケドニア王フィリッポスのもとで、書記官として務めることになります。そこでは、マケドニアの暮らしになれるために、居候をしたり、王の命令で子供用のおもちゃをつくったりと悠々自適な生活を送っていました。
エウメネスはフィリッポス王から書記官の仕事と並行して乗馬も勉強しておくようにと命じられます。その言葉のとおり、彼は乗馬を勉強し、独自の馬具を作って馬を乗りこなすなど、日々を楽しんでいました。
一方で、6巻からはフィリッポス王の息子であるアレクサンドロス少年に焦点が当てられ、彼のミエザの学校での級友たちとの日々が綴られています。彼は、王子でありながら、少し変わった考えをしている少年として描かれているのです。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2010-05-21
アレクサンドロス少年は、大陸を支配したかのアレクサンドロス大王になるとは思えないほど心優しい少年ですが、一方で勇敢な一面も持ち合わせています。
ある時、学友たちと馬で崖の上まで駆けて絶景を見に行くのですが、増水の影響で橋が落ちて、ベストスポットへとたどり着けなくなってしまいました。
そろそろ戻ろうかという話になったときに、学友のひとりが「あっちの崖まで馬の跳躍なら……」と言いはじめます。誰も相手にしていませんでしたが、その時アレクサンドロス少年は「今自分の脚力を見ろって」と馬が語りかけてきたと言い出し、なんと跳躍して向こう岸まで渡ってしまうのです。
アレクサンドロスは少年のときから、ただの優しい子供ではない、何かを持つ者として描かれています。玩具を壊されて泣く弟に、涙を流してそんなつもりではなかったと謝罪する優しい心をもつ反面、無謀としか言いようのないことを考えつき、実行する一面もあります。さらに友達は多く、分け隔てなく接して人望も厚いです。
彼の内面はかなり複雑で、こういう人物だとひと言で言い切ることができないほどなのです。ただ、心優しく、繊細で、勇敢で公平で……と魅力にあふれる人物であることは間違いありません。
この巻では、実はアレクサンドロスは二重人格者で、ヘファイスティオンという裏の顔をもっていると明かされます。しかもヘファイスティオンが起きている間はアレクサンドロスは記憶がないのに対し、ヘファイスティオンはアレクサンドロスの記憶も保有しているというのです。この奇妙な存在に対しては、日誌などには書いてはいけないこととなっている決まりなどをエウメネスは知らされるのでした。
また、過去にどのようにしてヘファイスティオンが生まれたかなどの経緯が説明され、ふたたびアレクサンドロスの日々が描かれていきます。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2011-11-22
視点はエウメネスに戻り、彼は王の命によって、将棋の遊びを考案します。将棋はフィリッポスをはじめとして、元老のアンティパトロスや、国軍副司令官のパルメニオンも気にいる会心の出来でした。
エウメネスはこの将棋の褒美として屋敷をもらい、ますます地位を高めていくこととなります。そして、アテネとの闘いで同盟の市であるカルディアに、書記官として交渉を告げに行く立場にまでなっていくのでした。
戦争が近づくのに際して、陸軍2万7千の兵士をカルディア市に駐留させるための交渉をエウメネスがおこないました。膨大な兵士と、エウメネスが交渉の椅子についているということに、以前エウメネスを奴隷に陥れたヘカタイオスは不満を感じます。
馬上から父の仇であるヘカタイオスを見下ろす姿はまさに格上で、もはやヘカタイオスなど歯牙にもかけない人間へとのし上がったという、両者の立場が完全に入れ替わった場面となっています。
ヘカタイオスはエウメネスに言い知れぬ敗北感を感じますが、エウメネスはそんなヘカタイオスをからかうように昔のことを言うのみで、憎しみなどは持っておらず、相手にしておりません。
かつてエウメネスを奴隷にまで落とし苦しめた男は、所詮はカルディア市の頂点で、井の中の蛙でしかなかったのです。カルディア市を飛び立ち、さらなる大きな舞台で活躍するエウメネスには、どうとでもできる小物になり下がっていたのでした。
マケドニアとアテネの戦いは熾烈をきわめます。フォーキオン率いるアテネの艦隊はすさまじく、マケドニア軍は惨敗。今回の戦は敗北したと認め、フィリッポスは撤退するのでした。
この時、ただでは転ばず、スキタイの王が王位を譲るというので、マケドニア軍は撤退ついでにスキタイ王国へと進軍します。スキタイ王国は言動をころころと変えて、ついには王位を譲る約束などしていないといい始める始末です。
その言動にフィリッポスは、では宝をもらっていこうと言い放ち、アテネに負けた鬱憤を晴らすかのようにすさまじい勢いで攻め立てるのでした。スキタイ王国には圧勝しますが、その遠征の帰り道、今度は地元民のトリバロイ人に奇襲されることとなります。
いきなりの奇襲に泡を食うマケドニア軍は、フィリッポスすら重症を負わせられるほど窮地に陥ってしまいます。しかし、敵の策を見切ったエウメネスは機転を効かし、自身の策でマケドニア軍の窮地を救うのでした。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2013-08-23
この巻では、濃厚な当時の戦乱の様子を見ることができます。マケドニアの強さだけでなく、アテネの海戦のやり方や、マケドニアすら欺くトリバロイ人の奇襲、そしてエウメネスの知略に至るまで、戦記としての見どころが凝縮されています。
古代のアテネがどのような戦をして、どれほど強大な国家だったのか、そして民族によって考えや戦い方はどのように違うのかといったことが理解できるでしょう。
特に見どころなのが、トリバロイ人の奇襲において、フィリッポス王が重症を負い、誰もが混乱のなかにいる時に、エウメネスだけが冷静にトリバロイの奇襲の意図を見破るシーンです。
戦場を素早く把握し、いかに軍を導いていくか瞬時に指示を出していく姿には圧倒されるでしょう。
エウメネスがトリバロイとの戦を見事終わらせた後、さまざまな功績が見込まれて、元老のアンティパトロスからアテネ軍の将軍フォーキオンへ接触することを命令されます。エウメネスは数人の部下を引き連れ、マケドニア人ではない商人だと偽ってフォーキオンに接触しようと試みました。
しかし、フォーキオンは清貧なことで有名で、決して品物を受け取りません。それでも接触しつづけるエウメネスに、フォーキオンもついには会うことを決意します。
フォーキオンいわく、親しい友人から1度エウメネスの話を聞いてやってくれと頼まれたとのことでしたが、エウメネスはその人物が誰なのかはわからないままでした。この会談の目的は、フォーキオンのイメージを一時的に落とすことで、戦場に出てこれないようにし、その間に戦争を企てアテネ人たちを一掃した後に、フォーキオンと和睦を結ぶというものでした。
会談を和やかに終えた次の日、アンティパトロスの策略により、商人を偽っていたエウメネスたちがマケドニア人だということがばれて、市民に囲まれてしまいます。そこから脱出し、部下に探らせていたフォーキオンの親しい友人だというメランティオスという人物を探していると、向こうから接触してきました。
メランティオスは明らかに裏の住人でしたが、エウメネスはおとなしく従い、彼の部下たちについていきます。そして、その玉座に座る人物とエウメネスは、親し気に話し始めるのです。なんとその正体は、かつてエウメネスがまだヒエロニュモス家にいたころの奴隷、カロンだったのです。自分で自分を買い取った彼は10年という歳月をかけて、裏の世界でのし上がっていったのでした。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2015-05-22
かつての奴隷カロンが自由の身となり、エウメネスの前に姿を現し、2人は昔の話で盛りあがります。
互いに、戦争で敵対する可能性が高いにもかかわらず、両者は再会を喜び、カロンは昔馴染みの関係で今回はこの都市から出る手伝いをすると言って、エウメネスに馬を提供し、都市から脱出させました。
カロンは過去に、自分がエウメネスを人質にとって、エウメネスの母親を殺してしまったということを追想し、
「その脚で地平線の先へ駆けてゆくも あるいは大兵を率いてこの地に攻め来るも
すべて自由ぞ!わが息子よ!!」(『ヒストリエ』9巻より引用)
とエウメネスが颯爽と去っていく後姿を眺めながら、エールを送るのでした。
このシーンで、カロンがなぜあんなにもエウメネスのことを気にかけていたのかが発覚します。その積年の思いは、自由の身になり、妻をもうけてからも子供はエウメネスひとりだけだとして、新しく子供をつくらないほどでした。
しかし、カロンはエウメネスが立派になった姿を見て、やっと昔の後悔から解き放たれ、胸を張って見送ることができたのでした。
時が経ち、カイロネイアの戦いがいよいよ始まります。工作が功を奏して、カイロネイアの戦いではフォーキオンは不在でした。またこのカイロネイアの戦いは、アレクサンドロス少年の初の戦場となります。戦が始まると、すべてはフィリッポスの思惑通りに進んでいき、戦場はマケドニア優位で進んでいくのでした。
そんななか、アレクサンドロスは初戦場で、一番槍を願い出ます。驚く部下たちでしたが、フィリッポスは王子の言うとおりにせよと命じます。
彼は凄まじい先見の明を持っており、フィリッポスからは彼は少し未来を見えるとまで称されるほどでした。その観察眼を駆使して、アテネ、テーベ軍を翻弄し、たったひとりで一方的に敵を惨殺していきます。この王子のおこないによって完全に軍の指揮が崩れたとみるや、フィリッポスは苛烈に攻め立て、あっけなく勝利するのでした。
- 著者
- 岩明 均
- 出版日
- 2017-03-23
この巻では、アレクサンドロスの初の戦が語られています。アレクサンドロスは心優しい少年でありながら、普通とは違う一面を持っていることがこれまで示唆されていましたが、戦場においてはさらに尋常でないことが明らかになるのです。
これが彼にとっては初めての戦争のはずでしたが、人を殺し、自分も殺される危険性のある戦場に何の恐怖心も持ち合わせず、それどころかまだ学生であるはずの彼が歴戦の兵士たちに恐怖を与えるほどでした。
たったひとりで戦場の空気を変え、マケドニア軍を勝利に導くアレクサンドロスは間違いなく英雄と言っていいものであり、まるで将来の覇王たる姿が目に浮かんでくるほどです。
本作の作者は『寄生獣』でも知られる岩明均。そんな岩明均のおすすめ作品を紹介した<岩明均のおすすめ漫画5選!『寄生獣』の他にも傑作シリーズ多数!>の記事もおすすめです。
マケドニア王国の歴史物語をダイナミックにアレンジした『ヒストリエ』はさまざまな観点から読み応えのある物語となっています。ぜひ1度手に取ってみてはいかがでしょうか。