2018年2月に全国ロードショーで実写映画化される、漫画『羊の木』。主人公同様、読者も数々の登場人物に翻弄されてしまう作品です。魅力を徹底的にご説明いたします。
『羊の木』の最大の魅力は、その登場人物の特異性でしょう。
主人公たちの住む町にやってきたのは、なんと11人の元受刑者です。彼らがやってきてから起こる不穏な事件や出来事……元受刑者を信じていいのか、それとも疑うべきなのか。そんな主人公たちの葛藤に、いつしか読者も巻き込まれてしまいます。
隣人が元殺人者という状況の、心の底から冷え込むような恐怖と、それに抗すべきとする倫理観の狭間で主人公は苦しみます。元受刑者をめぐる物語は先がまったく読めず、不思議な魅力がある作品です。
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2011-11-22
物語の舞台は海沿いにある小さな都市、魚深市。人口減少といった地方の町が抱える問題は、この都市にも無縁ではありませんでした。
そんな魚深市の市長に、ある依頼が舞い込みます。それは、元受刑者をこの市で普通の住民として受け入れる、というものでした。
そして魚深市に、11人の元受刑者たちがやってきます。このことを知っているのは、市長を含めて3人のみ。しかし彼ら3人は、元受刑者たちを受け入れてから、不穏な空気を感じていました。
それは濃度を増していき、魚深市で年に1度開かれる奇祭「のろろ祭」でピークを迎えます。その日を境に誘拐や殺人事件などが起こり、市長たちは翻弄されていくのです。人としての弱さが露呈していき、まさに人間の暗部に攻め込んだ作品となっています。
この物語の登場人物は、1巻でほぼ全員が登場します。まず市長の鳥原、そしてその友人の仏壇具屋の月末と、食器屋の大塚が、元受刑者の移住計画を知っている3人です。
魚深市が引き受ける11人は、強盗や強姦、窃盗、詐欺、覚せい剤、そして殺人などで捕まった人々。その多くは、非常に重い罪を問われています。
1巻では、11人それぞれの前科とその第一印象が、月末と大塚の視点で語られていきます。1番の見どころは、月末の受刑者に対する態度があらわれてしまったシーンでしょう。
月末が、移住者のひとりである大野のもとへ、様子を見に訪れます。生きている鶏をゆずってもらい、それを絞め殺してさばいて食べているという大野。
彼の前科は、見知らぬ家のおばあさんの首を締めて殺したというもので、その時と同じ要領で鶏を絞め殺す大野に対し、月末は「人を殺してはいけない」と言います。
しかし、それに対して大野は「イルカのように知能の高い哺乳類だからですか?」と言い放つのです。
不穏な空気が流れるまま、彼から鶏を絞め殺すことを催促される月末。怯えながらも、生まれて初めてその手で生き物を殺した月末は、その鶏で作った唐揚げを大野に出されました。
普通なら逃げてしまいたくなるようなこの状況のなか、月末は唐揚げを口に入れて、こう言ったのです。
「うまい」(『羊の木』1巻から引用)
元受刑者を差別することなく、同じ市民としてやっていこうとする月末の態度を見てとることができるシーンでしょう。
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2012-06-22
オオカミウオの姿をした怪魚「のろろ」が町中を練り歩く、という奇祭「のろろ祭り」。元受刑者たちは、その祭りのボランティアとして集まりました。
秘密を知っている市長たち3人の意図とは反して、元受刑者たちはお互いの素性を知らないまま、顔を合わせるようになっていきます。
そんななか、市長の娘である智子は、幼少の頃から窃盗と傷害をくり返していた寺田という元受刑者と仲良くなっていきます。しかし彼は、実は恐喝と傷害で服役していた宮腰と組んでいたのです。「のろろ祭り」のボランティアをとおして、智子と宮腰も顔見知りになりました。
そして祭り本番。宮腰は寺田とともに智子を誘拐。そして市長を恐喝するのです。宮腰の動機は何なのか、そして智子はどうなるのか……ほかの元受刑者たちも祭りに参加して、町中が混乱に陥ります。
2巻にして不穏な空気がピークに達した魚深市。その間も、元受刑者たちは住民と交流を深めていくのです……。異常な雰囲気が立ちこめていく巻です。
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2013-01-23
住民たちとだけでなく、元受刑者同士でも急速に仲良くなっていく11人。寺田と宮腰以外の受刑者たちも、市長の知らない間に交流をしていました。それを知った月末と大塚は、マズイのではないかと焦ります。
そんななか、市長のもとに法務省の三田村という男性から連絡が入り、実は魚深市にはもうひとり、元受刑者が移住しているという事後報告をされました。
その元受刑者とは、小学生の頃に両親を細切れにして殺したという凄惨な罪を犯した人物。それを聞いた市長は疑心暗鬼に陥ります。
そして、ついに魚深市で、殺人事件が起こってしまうのです。「のろろ」の被り物をして、女性を殺した人物……その正体がわからないまま、物語はさらに不穏な方向へと突き進んでいきます。
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2013-10-23
女性を殺害した犯人は捕まらないまま、物語は進んでいき、4巻では住民にも焦点があたります。
たとえば、教育委員会の白尾の奥さんと消防士の不倫関係。これは元受刑者たちとは直接関係ないにもかかわらず、物語の異様さと人間の異常さが描き出されています。
そんななか、魚深市では潮干狩り大会が開催。そこで、ストーキングのすえ殺人を犯した杉山という元受刑者をはじめとする数人が、月末の娘やほかの住民たちと大乱闘を起こすのです。
そしてそれは、子どもたちを巻き込んだ大きな乱闘騒ぎへと発展していきました。子供たちは杉山をがんじがらめに捕まえてやっつけることに成功します。
杉山は「人を殺した」と告白しますが、子供たちはそんなことは冗談だろうと気にもしません。そんな光景を見た大塚は、感慨深げにこう言います。
「我々はなにを為すべきかわかっていても、一人ではやれないだけなんだな」(『羊の木』4巻から引用)
このシーンは4巻の見どころだといえるでしょう。
しかしここから場面は一変。潮干狩り大会の翌朝、海辺で男性の遺体が見つかります。「のろろ」の新たな犠牲者が出てしまったのです……。
またこれとは別に、妻の不倫に激昂した教育委員会の白尾が、ダンプカーを盗んでしまうという事件も勃発。新たな火種の予感を残して、4巻は終わりを迎えます。
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2014-05-23
潮干狩りの一件で書類送検となった杉山たち元受刑者は、なんとか注意ですみました。月末は彼らに対して「誰かのために何かしてみろ」と怒鳴るものの、それでも食事を共にするなど、少しずつ絆を深めている様子です。
そんななか、教育委員会の白尾がダンプカーを盗み、妻の不倫相手の実家に突っ込んだうえ、母親を誘拐してダンプカーの荷台から吊るしあげる事件が起こります。
不倫相手の母親を人質にとった白尾は、廃墟のホテルへ行き、マスコミを集めました。そこで彼が要求したのは、なんとマスコミの面前で、妻と不倫相手に性行為をさせることでした。それをしなければ、ガソリンをまいたトラックを人質もろとも爆発させると脅します。
杉山たち元受刑者は月末に言われたことを思い出し、それを止めようとしますが、逆に月末や警察に止められてしまいました。
そして、逆上した白尾は発火。トラックは人質を巻き込んで爆発してしまうのです。
しかし、その爆発に巻き込まれているはずの白尾はなぜか意識があり、そのままトラックを運転して海まで走り、崖の上からトラックごと海に飛び込んで自殺しました……。
そんなセンセーショナルな事件でしたが、元受刑者たちはこの件に一切関与していないどころか、むしろそれを止めようとするような姿勢を見せました。杉山以外の元受刑者たちも、市長の娘の智子に乱暴するなど唯一悪事を働き続けていた宮腰をこらしめ、反省させるなど、魚深市を「居場所」として認識しはじめていたのです。
その事件の夜、市長の家に突然押し入ったのは、連続殺人犯の「のろろ」。市長は、その不気味な面をかぶった男に命を狙われます。「のろろ」の正体とは……そして市長の命はどうなるのでしょうか。
「のろろ」をめぐる怒涛のラストで、市長と月末、そして大塚の3人の関係性が明らかになります。彼らの関係性そのものが、元受刑者たちと魚深市のこれからを象徴するものとなっているのです。その結末は、物語をとおして読者が感じていた不穏さや不快感などはなくなり、爽快ですっきりとしたものを感じることができるでしょう。
元受刑者の異常性と、そんな彼らよりもさらに異常に見える魚深市の住民たちの交流と事件が描かれた『羊の木』。一体なにが人に罪を犯させるのか、罪を犯すものと犯さないものとの差は何なのか……そんなことを考えさせられる作品です。