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ルイ・アームストロングの意外な逸話5つ!人種差別に負けないおすすめ本も

更新:2017.9.23 作成:2017.9.23

ジャズを語るうえで欠かせない人物、ルイ・アームストロング。「サッチモ」の愛称で呼ばれる彼の魅力がさらに増す本をご紹介します!

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ルイ・アームストロングとは

ルイ・アームストロングは、1901年、ルイジアナ州ニューオリンズで奴隷の家に生まれました。アフリカ系アメリカ人の家系で、非常に貧しく、彼の父はルイがまだ幼いころに家族を捨ててしまいます。

ルイは学校に通いながら、母を手伝うために色々な職をこなしました。11歳で学校を辞めた後はさまざまなトラブルに巻き込まれるようになり、ピストルの発砲などで少年院に複数回入りました。

この少年院で、彼は音楽と出会います。ブラスバンドでコルネットの演奏方法と音楽について学びました。

少年院を出た後は、ニューオリンズでバンドリーダーとして活躍します。13歳の頃にはコルネット奏者として注目を集めるようになり、ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせました。

街のブラスバンドパレードなどで演奏し、年上のミュージシャンの演奏を聴いていたルイ。特に、若いミュージシャンのメンターや父的な存在であったジョー・キング・オリバーから多くを学びます。

ニューオリンズのリバーボート、ミシシッピ川を上り下りする蒸気船などさまざまな場所で演奏をしていた彼は、1922年、シカゴに移り住んでいたオリバーから招待され、シカゴのバンドに参加しました。

その数年後、今度はニューヨークにいるジャズピアニスト、フレッチャー・ヘンダーソンの楽団に所属してこちらでも成功をおさめます。

1925年、再びシカゴに戻ったルイは、自身のバンド「ホット・ファイブ」を結成し、レコーディングを始めました。彼らの音楽はアメリカで空前の大ヒットを記録。若者たちは肌の色を問わず、「ジャズ」という新しい音楽に熱中していきます。ルイはヴォーカルとしても、スキャット・スタイルで成功をおさめました。

しかし、1930年代初頭に世界大恐慌が起こります。クラブは潰れ、多くのミュージシャンが廃業していきました。

そこでルイは新しいチャンスを求めて、ロサンゼルスに移住します。彼のバンドはハリウッドに注目され、1931年には初めての映画出演を果たします。1930年代はヨーロッパへのツアーもおこないました。

1940年代にニューヨークに移住し、黒人に対する偏見などにも負けず、彼は演奏を続けます。1950年代以降の若い世代のジャズミュージシャンの登場、1960年代のポップ・ミュージックの隆盛など、向かい風の時代でしたが、彼は「ハロー・ドーリー」「この素晴らしき世界」など、晩年まで多くのヒットを生み出しました。

ルイ・アームストロングの意外と知らない5つの逸話

1:ニックネームの「サッチモ」は少年時代から

ルイ・アームストロングのニックネームとして知られる「サッチモ」は、「Satchel Mouth(がま口)」の省略形だそう。

「がま口」と呼ばれるきっかけになったもっとも有名な話として、幼いころの彼が路上で日銭を稼ぐためにダンスをしていた時、他の子供にお金をとられるのを防ぐために、なんと自身の口に投げ銭を入れていたというものがあります。

他にも、大きな口のせいでニックネームががま口になった、イギリス人記者が「Satchel Mouth」を聞き間違えた、「Such a mouth!(なんて口だ!)」などの説があります。

2:当時のトップバンドの音楽を変えた

ルイは1924年、当時アフリカ系アメリカンバンドのトップだったニューヨークのフレッチャー・ヘンダーソンの楽団に参加しました。彼がバンドに与えた影響は大きく、ルイが在籍している期間の音楽は、それまでのものと一聴して違いがわかるほどだといわれています。

3:4回も結婚した

ルイは1918年に16歳で最初の結婚をデイジー・パーカーとして以降、結婚と離婚をくり返し、計4回の結婚をしました。

彼のキャリアにもっとも影響を与えたとされるのは、2番目の妻、ピアノ奏者のリル・ハーディンです。

4番目の妻ルシールとは1942年に結婚し、彼が死去するまで生涯を共にしました。しかし子宝には恵まれず、最初の結婚のときに従姉妹の子供を養子として迎え入れてはいるものの、実子はいないとされています。

4:録音魔だった

演奏旅行で出かけることの多かったルイ。ホテルの部屋で音楽を聴くのが好きだった彼は、世界中どこへ行くにもオープンリールの大型テープレコーダーを持っていきました。

このレコーダーで、自身のパフォーマンスや日常の会話など、なんでも記録していたそうです。

5:多くの「初めてのアフリカ系アメリカ人」の称号を手にした

1936年に書かれた自伝『Swing That Music』は、アフリカ系アメリカ人のジャズ・ミュージシャンが出版した初めての自伝でした。他にも、ハリウッドのメジャー作出演、国営ラジオのホスト、「タイム」誌の表紙など、彼の活躍はアフリカ系アメリカ人の先頭を走っていました。

写真をとおして見るルイ・アームストロング

「日本ルイ・アームストロング協会」の設立者で会長、そしてジャズ創世期の貴重な資料のコレクターとしても知られる外山喜雄の作品です。

多くの写真をとおして、ルイと、彼の下地をつくったニューオリンズを感じられるでしょう。

著者
["外山 喜雄", "外山 恵子"]
出版日
2008-07-01

本書は2部構成になっており、第1部は「ルイ・アームストロングとニューオリンズ」、第2部は「ジャズ天国・ニューオリンズ」と題されています。

彼が生まれ育ち、創世期のジャズを育んだニューオリンズはどのような街だったのか?豊富な写真資料を中心として、ニューオリンズ・ジャズとルイ・アームストロングに迫ります。

少年時代の物語

ルイ・アームストロングの少年時代に焦点をあてて描いた児童書です。彼が最初に演奏した楽器のコルネットが語る、ワクワクするような伝記物語になっています。

著者
ミュリエル・ハリス ワインスティーン
出版日

ジャズを語るうえで外せないルイ・アームストロングは、どのようにして音楽に出会い、コルネットに出会ったのでしょうか。

彼の少年時代に焦点をあてた本書では、その出会いについて丁寧にやさしく書かれています。物語の視点が楽器のコルネットであることも特徴的な一冊です。

ジャズの歴史の中のルイ・アームストロングとは

1988年に発表された、ジャズ評論家・油井正一の本を、改定し文庫化した本書。ジャズの歴史を知るのに最適な一冊です。

著者
油井 正一
出版日
2016-09-20

ジャズの歴史が24章にわたって書かれており、ジャズが生まれた時代背景やさまざまなスタイルの変遷、人間模様などを知ることができます。ルイについても1章分を充てて書かれています。

彼が生きた時代は、ジャズの創世期、かつアメリカで合法的に人種差別が認められていた時代です。彼の音楽を知るうえで、これらの要素は外せません。

ジャズの歴史のなかにルイを位置付けて知りたい方に最適な本です。

ルイ・アームストロングの生涯を音楽とともに

タイトルのとおり、CD付きで音楽会のように楽しめる絵本です。目と耳でルイ・アームストロングのことを知ることができます。

著者
西村 和子
出版日
2007-05-01

「ルイ・アームストロング」の名前は知らなくても、彼の音楽はどこかで聞いたことがある……実はそんな人も多いのではないでしょうか。

ミュージシャンのことを書いた本は数多くありますが、そこに描かれているストーリーが、彼らの音楽にどのように表れているのかを知るには、実際に聴くのが1番良い方法です。言葉だけでは伝わらないものを感じてみませんか?

絵本なので、お子さんと一緒に楽しむことができる一冊です。

いかがでしたか?本を読んでルイ・アームストロングの音楽を聴くと、また新たな一面が聴こえてくるかもしれませんね!