大阪大学医学部教授が語る「最強のふたり」

『分子生物学の夜明け』時代には、2人の研究者によってなされた革命的な共同研究がいくつもあった。いちばん有名なのは、DNAが二重らせん構造であることを解明したワトソンとクリックだ。

ほかにも、生物学の教科書に出てくる「一酵素一遺伝子説」のビードルとテータム、「分子生物学の創始者」ともいえるルリアとデルブリュック、そして、「遺伝子調節のにおけるオペロン説」のジャコブとモノー、など、数々のノーベル賞が2人の緊密な共同研究から産み出されている。

これにはいくつか理由がある。ひとりでやるよりも気のあったふたりの方が、理論やモデルを練り上げるにはずっといいし、アイデアがふくらむ速度も速くなるし、ムダなアイデアの却下も容易になる。その上、研究自体のおもしろさは倍加する。と、いいことずくめだ。

上に書いたようなノーベル賞研究は、最強のふたりであったからこそ成し遂げられたものであり、それぞれの研究者が単独であったら産み出されなかった可能性が高い。

経済学で活躍した「ふたり」

今回紹介する一冊目『かくて行動経済学は生まれけり』は、分子生物学におけるどのペアよりも、はるかに緊密な共同研究が、はるかに長期間にわたっておこなわれ、『行動経済学』という新しい学問分野が確立されていく物語である。主人公はダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの2人。いずれも1930年代のイスラエル生まれ、正確には、現在イスラエルという国家が存在する領域に生まれたユダヤ人心理学者である。

人間は合理的に行動する、というのが、古典的な経済学理論の大前提であった。しかし、実際にはそうではなく、心理的・感情的なバイアスの上で行動する、というのが行動経済学である。旧来の概念を根本的に揺さぶる研究分野の誕生物語が面白くないはずがない。 

カーネマンは幼少期をパリに暮らし、ホロコーストを生き延びる。中東戦争に参加し、あたりまえの判断ができずに死を招いてしまうような状況を経験する。このような経験を通じての人間のおろかさに対する洞察から、合理的な判断と非合理的な判断を峻別できるような数多くの問題を思いついていく。

著者
マイケル ルイス
出版日
2017-07-14

一方のトヴァルスキーは、極端な楽観主義者で、中東戦争では落下傘兵として大活躍する。同じく心理学者なのだが、こちらは、カーネマンの着想を理論化していく役割だった。といっても、2人の研究が分担されていたわけではなく、完全に不可分なものであった。四六時中、二人でディスカッションをしながら、お互いの思考を高めあっていったのである。

そこへ至る両者の生い立ちも相当に刺激的だが、圧倒的な見せ場は、なんといっても、長期間にわたる共同研究によって、行動経済学における理論が次々と産み出されていくところだ。どういう状況で、どういう研究がおこなわれ、どういう結果があって、その理論が確立されたか、ということがわかりやすく書かれている。行動経済学についてまったく知らない人でも、その学問の概略を学びながらわくわくと楽しめる。

しかし、最後には2人の関係は破綻する。完全に相補的な共同研究であったにもかかわらず、一方的に名声が高まっていく社交的なトヴェルスキーにカーネマンが我慢できなかったのだ。行動経済学的に考えると、そこそこの付き合いでもいいから維持するのが最適解だったろうけれども、そうはできなかったのは皮肉なことだ。

2人の魅力的な人物の伝記、中東戦争時代のイスラエルの状況、新しい学問分野の成立、行動経済学の解説。じつに豊富な内容が、映画にもなった『マネー・ボール』の作者マイケル・ルイスによって手際よくまとめられている。超オススメの一冊だ。

起業家の「ふたり」

次は打って変わって、ベンチャーファンドであるYコンビネーターが運営しているシリコンバレーにおけるソフトウェア・スタートアップ養成スクールの話である。世界トップの大学から、合格率3.2%という超難関を突破したチームが、投資を受けられるよう特訓をうける。この中から、DropboxやAirbnb(エアービアンドビー)が生まれたといえば、そのレベルの高さがわかるだろう。

このような厳しい選別を受けているのだから、アイデアは優れている。しかし、それだけではスタートアップには不十分である。何よりも、市場が要求するレベルまで磨き上げなければならない。そのために、各チームはシリコンバレーに引っ越し、Yコンビネーター社のパートナーの助言を得ながら、3ヶ月後の審判の日「デモ・デー」に向けてガレージで全力を尽くす。その密着取材ドキュメントだ。

著者
ランダル・ストロス
出版日
2013-04-25

この本を読んで、いちばんなるほどと思ったのは、起業に適している若者の条件だ。まず、「スタミナ、貧乏、根無し草性、同僚、無知」という5つの資質が必要なので、それには20代の後半がベスト。そして未婚。なんとなくわかるような気がする。もう一つは、そう、2人組である。その理由は、最初に書いた、分子生物学研究における2人組と同じに違いない。納得だ。

そして、「最強の『ふたり』」

『最強のふたり』という今回のレビュータイトルは、この本と、数年前に公開されたフランス映画『最強のふたり』からぱくらせてもらったものである。

映画は、頸髄損傷で体が不自由になった富豪と、そのお世話役に雇われた、介護の経験など全くない貧困層の若者の物語である。なんら遠慮することなく介護をする礼儀知らずの若者に、その富豪は次第に心を開いていく。陳腐なストーリーというなかれ、実話に基づいた映画なのだから。

著者
北 康利
出版日
2015-06-24

『佐治敬三と開高健 最強のふたり』はいうまでもなく、サントリーの社長であった佐治敬三と、サントリーの前身である寿屋時代から佐治に見込まれ、コピーライターとして身を立て大作家となった開高健を巡るノンフィクションである。開高は、最初の仕事を与えられた時、貧困のまっただ中にあった。フランス映画『最強のふたり』ほどではないにしろ、開高と佐治の立場は大きく違っていた。

『開高は佐治を必要としたが、佐治もまた開高を必要とした。やがて彼らは経営者と社員という枠を越えた友情で結ばれていく。』

開高が佐治から恩恵をうけたのは言うまでもないが、開高によって佐治も大きな刺激をうけるようになる。「弟じゃあない。弟といってしまうとよそよそしい。それ以上に骨肉に近い、感じです」という佐治の言葉が2人の関係を如実に物語っている。

シチュエーションは全く違っているが、これらふたつの『最強のふたり』伝説には、いくつもの類似点がある。世の中にはきっと、数知れない最強のふたりが存在していて、いまも必死でがんばっているにちがいない。そう思っただけで、なんだかうれしくなってくる。

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