5分で分かる邪馬台国!古代史最大のミステリーに迫る

更新:2017.10.9

邪馬台国はどこにあるのか?何人もの歴史家がその謎に挑んでいますが、未だに確実な位置は解明されておらず、畿内説、九州説、東遷説、四国説、ついには邪馬台国はなかったという説まで唱えられています。今回は日本史最大のミステリーの謎に迫ります!

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邪馬台国とは?

女王である卑弥呼が治める邪馬台国は、2〜3世紀に日本に存在したとして中国の『三国志』の「魏志倭人伝」に書かれていました。

もともと倭国(わこく)は男性の王によって治められていましたが、倭国大乱という内部紛争が続き、卑弥呼が女王になることで争いを収めたといいます。邪馬台国と対立してしていた国は狗奴国(くなこく)といわれ、同じく位置の確定はできていません。

「魏志倭人伝」には邪馬台国も含めた倭国(古代の日本)、倭人のことがいくつか書かれています。租税や労働によって支払われる地代の賦役(ふえき)を民から徴収していたことや、稲や苧(からむし)を育てていたこと、蚕を育てて絹織物を作っていたこと、戦う時の武器は矛、盾、木弓を使っていたことなど当時の様子を知る手がかりになりました。

謎に包まれたシャーマン?卑弥呼について

「魏志倭人伝」に出てくる卑弥呼は、すでに高齢であり、政治については弟とともに国を治めており、ほとんど人前には姿を現さなかったようです。 

卑弥呼は女性の身でありながら、どうやって倭国大乱の紛争を治めたのでしょうか。「魏志倭人伝」には「鬼道に仕え、よく衆を惑わす」とありますので、巫女である卑弥呼は祈祷やシャーマンの力を使って争いをやめさせたと考えられています。 

魏は朝鮮半島の中西部に帯方郡(たいほうぐん)という地方拠点を置いていましたので、卑弥呼は外交として魏の皇帝に使者を何度か送ります。皇帝は卑弥呼に親魏倭王(しんぎわおう)という封号(爵位)を授け、たくさんの贈り物とともに銅鏡100枚を与えました。 

この銅鏡が「卑弥呼の鏡」と呼ばれ、邪馬台国の位置論争では重要な鍵になるのです。

卑弥呼の死後は男王が争いを治めようとしましたがうまくいかず、卑弥呼の血縁である13歳の少女、壹與(いよ)が女王になり、国に平和が戻ったといいます。

邪馬台国が書かれた「魏志倭人伝」とは?

『三国志』は「魏書」、「呉書」、「蜀書」に分かれていて、そのうちの「魏書」にある「第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条」を略して「魏志倭人伝」としており、外交のための交渉先である倭国の話が書かれたものになります。書かれた時期は280年から297年頃と考えられています。

原文では「邪馬壹國(やまいちこく)」と表記されていますが、写本での誤写とされており、「邪馬台国」とするのが一般的です。

また、「魏志倭人伝」に「邪馬台国」の表記は一回だけで、後は「女王国」と書かれています。

邪馬台国はどこにある?歴史家を夢中にさせるミステリー

位置についての論争では、「魏志倭人伝」の解釈からさまざまな諸論が出てきますが、学界の主流としては畿内説と九州説に分かれます。そのほかには東遷説、四国説が有名ですが、どれが正しいのか明確な結論は出ていません。 

畿内説

畿内説のなかでも琵琶湖湖畔説、大阪説、奈良説などがありますが、特に奈良県の纏向遺跡(まきむくいせき)が有力視されており、箸墓古墳(はしはかこふん)が卑弥呼の墓ではないかと考えられています。土器のデータが「魏志倭人伝」に書いてあるものと合致したり、箸墓古墳の形状である前方後円墳の形は邪馬台国の時代に造られていたものだったりすることなどが根拠です。 

畿内説への異議としては、国土の広さが畿内より九州の大きさに近いという点や倭国の産物とされる弥生時代後期の鉄であること、絹は北九州のみで出土していること、邪馬台国の位置は北九州の伊奈国や奴国の南にあるという記述が「魏志倭人伝」にあること、などがあげられています。

九州説

九州説のなかでも北部九州広域説、太宰府天満宮説、宇佐神宮説、西都原古墳群説などがあります。「魏志倭人伝」から読み取れる邪馬台国から中国や朝鮮半島へのルートを計算すると九州の可能性が高いこと、「卑弥呼の鏡」の可能性のある後漢鏡がたくさん発掘されていることなどが根拠とされています。

「卑弥呼の鏡」とは、魏の皇帝から卑弥呼に銅鏡100枚を送ったとするもので、この銅鏡が三角縁神獣鏡、前漢鏡、後漢鏡などの古代鏡のうち、どれを意味するかが大きな鍵になるのです。

後漢鏡であれば九州説の可能性が高くなりますが、もし、三角縁神獣鏡であれば、九州では弥生時代のものは出土されていないので、九州説の可能性は低くなります。

また、近年畿内の箸墓古墳が卑弥呼の墓である可能性が高くなりましたが、これに対抗できるような古墳(卑弥呼の墓)が九州では見つかっていません。

その他

東遷説は、九州で建国した邪馬台国が畿内に東遷(畿内に移動)したという説。四国説は1970年頃から出てきた説で、徳島県には卑弥呼に関する伝説が残っており、畿内に移る前は徳島に朝廷があったとしており、卑弥呼の墓も徳島に存在するとして当時のメディアに注目されました。

古事記から邪馬台国の謎を追求

古事記を読み解きながら邪馬台国の謎を追求しています。天照大御神(あまてらすおおみかみ)、神武天皇、神武東征から始まり、倭国の大乱、そして卑弥呼の秘密に迫っていく一冊です。

著者は代々木ゼミナールの元日本史講師で古事記の研究をする竹内睦泰。口伝で伝えられてきた正統竹内文書(たけうちもんじょ)の継承者である彼が日本史最高のミステリーを解き明かします。
 

著者
竹内睦泰
出版日
2017-04-15

竹内睦泰は日本書記、古事記にある皇族の武内宿禰(たけしうちのすくね)の第73世を自称しており、口伝により代々伝えられてきた竹内文書より本書を書いていますので、学者が唱える説や学会で出てくる邪馬台国の話とは違う主張も多く出てきます。 

文字の記録が定着していない弥生時代に口伝という人の力で残したとされる貴重な資料により、邪馬台国が築かれていた場所、卑弥呼の正体を解明している作品です。 
 

名探偵・神津恭介が解く邪馬台国の謎!

推理作家の高木彬光のベッド・ディテクティヴによる作品です。ベッド・ディテクティヴとは寝台探偵とも呼ばれ、過去ものや歴史ものミステリーなどに使われる手法のひとつです。

名探偵の神津恭介が入院中に友人の推理作家とともに邪馬台国の謎を推理していきます。邪馬台国の本当の位置はどこなのか、卑弥呼とはどのような人物だったのか、「魏志倭人伝」を解釈しながら歴史の謎を解き明かしていくのです。

著者
高木 彬光
出版日
2006-10-12

ベッド・ディテクティヴの同シリーズで前回はチンギス・カンに挑んでいましたが、今回は邪馬台国と卑弥呼が登場します。 

登場人物の神津恭介は高齢になっての登場ですが、その偉そうな口調は相変わらずで、神津恭介シリーズのファンも思わずにやけてしまう作品です。

作者の歴史に関する見方も的確で、邪馬台国の場所については科学的な根拠に基づいた推論が展開されています。

魏志倭人伝が改ざんされていた!?邪馬台国はどこに?

「魏志倭人伝」が後世において改ざんされたからという「改ざん説」の立場から、その改ざん部分を探り、そこに何が書かれていたのか予測して邪馬台国の本当の位置について探究していきます。 

本書では邪馬台国は熊本平野にあったという説を立てており、畿内説を否定していきます。古代史ミステリーを独自の視点と大胆な切り口で解明していく作品です。 
 

著者
伊藤 雅文
出版日
2016-09-02

位置論争のなかでも魏志倭人伝の改ざん説というのは面白い発想であり、自由でありながらも史料に重きをおいた考察で、説得力のある仮説が書かれています。 

改ざんされたという推測から、原文には距離に関する詳しい文章があったとして、「魏志倭人伝」のなかの朝鮮半島から邪馬台国までの海洋ルートを、しっかりと検証し、見直していくことで熊本にたどり着くという結論を出していきます。
 

邪馬台国が見つからないのは当たり前!?

邪馬台国は実は存在しなかったという衝撃的なテーマで書かれた作品です。日本の歴史学そのものに対しても疑問を投げかけています。 

原文の「魏志倭人伝」では本文の中で邪馬壹国(やまいちこく)になっているのに、日本では邪馬台国と読みかえられていることに作者が疑問をもち、その部分にこだわりながら研究することで、今までの解けなかった女王の国の全貌を探っていこうとしています。 
 

著者
古田 武彦
出版日
2010-02-01

著者は魏志倭人伝の原文に史料としての信憑性を問い、批判していくことで歴史の真の姿を追い求めています。邪馬台国を追うための史料が「魏志倭人伝」である以上、そこにこだわり細かい部分にも徹底的に追求しているのが特徴です。

存在そのものを否定する着眼点は独創的な発想にあふれており、作品として面白さを感じられるでしょう。著者が史料を徹底的に分析したうえで根拠を述べているため、全体的にまとまりのある作品に仕上がっています。
 

遺跡は真実を語る。邪馬台国からわかる考古学の難しさ

位置を巡る論争の前に、著者は日本海沿岸地域と太平洋岸の地域内で起きている土器の移動に注目するなど、独自の着眼点で検証を進めていく本書。遺跡の発掘をするプロの一面が作品にも出ていて、考古学の知識に基づいた丁寧な解説で邪馬台国に迫っていきます。

慎重に慎重を重ねた検証結果と結論を急がない粘り強い研究で、畿内説や九州説を偏って見るのでなく、客観的な立場から、真実の位置を探し求めていくのです。

著者
大塚 初重
出版日
2012-04-18

著者は考古学で得たものは嘘をつかないが、そこに介入する人により歴史は間違った方向に理解されることもあるとして、考古学の難しさを投げかけています。諸説ある議論に関して、どれかに執着することなく、それぞれのよい所を冷静に見つめて真実を探ろうとしているのが本書の特徴です。

その手段のひとつとして、発掘された遺跡に対して徹底した探究心で挑んでおり、どんな小さいことでも何かを発見していく姿勢が読み取れるでしょう。
 

弥生時代はまだ文字の文化が定着していないので、当時の日本人たちが記した有力な文献は見つかっていません。邪馬台国がどこにあるかは長年に渡り、歴史学者、歴史家、歴史ファンを悩ませつづける極上のミステリーです。

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