ロボット開発に情熱を注ぐ大学生の姿を描く『アトム ザ・ビギニング』は、かの有名な「鉄腕アトム」が誕生するまでの物語を描いています。今回はロボット同士のバトルや若きロボット工学者の情熱など、見どころをネタバレしながら紹介していきます。
言わずと知れた手塚治虫の大名作『鉄腕アトム』をベースに、ゆうきまさみとカサハラテツローがタッグを組んでアトム誕生までの物語を描いたのが『アトム ザ・ビギニング』です。
大学の研究室での日常をメインに、人工知能を持ったロボット開発に情熱を傾ける天馬午太郎とお茶の水博志、そして2人が生み出したロボット「シックス」たちの青春ロボットバトル漫画として人気を集めています。
- 著者
- ["手塚 治虫", "ゆうき まさみ", "カサハラ テツロー"]
- 出版日
- 2015-06-05
本作の最大の魅力は、シックスがとても愛らしく、まるで人間のように思えてくることではないでしょうか。
「学習するロボット」であるシックスは、基本的には、プログラムされた言語のみを話します。しかし、日々の生活において次々と語彙を増やしていき、まるで本当の人間のように会話をすることが可能になっていくのです。意思の疎通ができる、ということでより親しみを覚え、親近感がわいてくるでしょう。
また、ロボットでありながら人間のような性格のシックスは、ひょんなことから出場した「ロボット・レスリング」でも、相手のロボットを破壊することなく機能停止させるだけで勝ち進んでいくなど、他者を思いやる「こころ」を芽生えさせています。
そんなシックスとロボットたちを巡って、5年前に起こった未曾有の大災害の闇へと足を突っ込んでいくことになります。単なるロボットバトルのみに留まらず、ミステリ要素も加わって、より重厚な物語を構成しているところも注目ポイントです。
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物語は、原因不明の大災害が起きてから5年後の日本を舞台に展開していきます。
練馬大学に通う天馬午太郎と、お茶の水博志は、自我システムを搭載した新型人工知能「ベヴストザイン」を開発し、人格と自分の意思を持つ自律型ロボットのA106(エーテンシックス)、通称「シックス」を製作します。
しかし「自分の意思を持つロボット」は大学の教授陣にはなかなか理解されず、研究費も慢性的に不足している状態です。
ある日彼らは、研究資金調達のため、「ロボット・レスリング」に出場することになりました。
そしてこれをきっかけに、午太郎とお茶の水博志の2人は、5年前の大災害の秘密につながる騒動に巻き込まれていくことになるのです……。
1巻最大の見どころは、何といってもシックスが初めて自分の意思で多くの人を助けたシーンではないでしょうか。
慢性的な研究資金不足に悩まされている午太郎と博志は、さまざまなバイトをしています。
ある日午太郎はシックスを、自分の代わりにアミューズメント施設の着ぐるみに入るバイトへと駆りだすのですが、あることに気づいたシックスはいきなり走りだしてしまいます。
そして突如、超高圧強化パイプを殴りつけて破壊し、施設内は水浸しに……混乱する博志を後目に、午太郎はいち早く状況を把握し、仮説を立てました。彼によると、電気系統のがショートして発火したところを、水をかけて鎮火したとのこと。
発火箇所のすぐそばには、圧縮水素のボンベが置いてありました。水素に引火して大爆発を起こし、大勢の人が犠牲になるのをシックスは未然に防いだのです。
- 著者
- ["手塚 治虫", "ゆうき まさみ", "カサハラ テツロー"]
- 出版日
- 2015-06-05
特筆すべきは、その鎮火を誰に命令されるわけでもなく、「自ら考えた」行動の結果だったというところです。
午太郎と博志の研究の命題は、ロボットに「自我」を持たせ、その先にある「こころ」を持たせるということですが、そのための第1歩として、「自分」と「他人」という概念の理解が必要でした。
アミューズメント施設でのシックスの行動は、彼がまさに「自我」を持っているということを裏付けするものだということが分かります。
このちょっとした出来事から、物語は大きく動き出していくのです。
ロボット・レスリングに出場したシックスと、前チャンピオンの「マルス」との結着がいよいよとなった2巻では、シックスが新たな感情を体得します。
マルスのオーナーは、Dr.ロロと名乗る美しき女研究者です。メディアなどへの露出が少なく謎に包まれた彼女の正体を探るべく、午太郎たちは近海の無人島へ降り立ちました。
その夜シックスは、ともに島を探索していた「A104(エーテンフォー)」がたくさんのマルスに破壊されそうになっているところを助け、マルスたちと戦闘になります。
- 著者
- ["手塚治虫", "ゆうきまさみ", "カサハラテツロー"]
- 出版日
- 2015-12-04
自らのベヴストザインが「できそこない」だと認識しているシックスですが、仲間を傷つけたマルスに対する「怒り」に似た感情が、ひょっとしたら自分に芽生えているのではないかということに気づくのです。
このように自我や感情が芽生え、育っていくシックスは、さまざまなロボットとAI同士による「対話」をしようとします。
無人島で出会った、一風変わったスコットランドの研究者・ブレムナー伯爵のロボット「ノース」とも対話を試み、一方的ではありますがシックスはノースは意思を伝え、連携して物事を解決することができるようになりました。
意思が通じたことを喜ぶと同時に、ノースに返答する機能があったらと考えるシックスは、人間のように誰かと話をしたいと思っている様子です。
ここでもまた、シックスがちゃんと自我をもった、より人間に近い存在なのだと気づかされます。
しかし2巻の時点でこの事実をわかっているのはシックスと読者だけなので、午太郎がことあるごとにシックスのことを「命令違反」「できそこない」と言うのを見て、「違うんだー」というもどかしい気持ちを体感できますよ。
2巻のラストで午太郎と博志が訪れた無人島にある施設が、5年前の大災害に関与していたという衝撃の事実が発覚しましたが、3巻ではついにあの「アトム」誕生を思わせるシーンが描かれます。
5年前の大災害についての秘密が漏洩すると島ごと爆破させるシステムが作動してしまい、シックスたちは脱出を余儀なくされます。
ノースとシックスの連携プレイによって、午太郎・博志・ブレムナー伯爵は窮地を脱することができましたが、シックスが脱出する前に足場が崩れてしまい、脱出不可能に。
- 著者
- ["手塚治虫", "ゆうきまさみ", "カサハラテツロー"]
- 出版日
- 2016-06-03
しかしそんな時でもシックスは「3人を安全なところへ」とノースに告げ、自分は崩れゆく施設と一緒に海へと沈んでいってしまうのです……。
段々と海の水が電子頭脳まで浸水していくなか、シックスは夢ともつかない映像を見ることになります。
それは、「知らないはずの知っている場所」にいる自分の手が「人間の手」のようになっている映像と、誰かに「言葉をしゃべってごらん」「おとうさんって言ってごらん」と促される音声でした。
この浸水中のシックスが夢のように映像を見るシーン、まさに「アトムが生まれた瞬間」の映像なのでは?と胸が高鳴ります。アトムの前時代を描いているのですから、それを示唆するシーンが出てくることは間違いないのですが、実際に目の当たりにすると、感動してしまいます。
結果的にシックスはノースに助けられ、電子頭脳も何とか無事だったため、スクラップにならずにすみました。この後はより貪欲に知識を深めようとしていき、より人間らしく思考するようになっていくのです。
無人島の施設を爆破に追いやってから、午太郎と博志は得体の知れない謎の組織に狙われるようになります。何かあるたびにシックスが助けたり相手を迎撃したりしているのですが、大災害の原因を何としても隠ぺいしたいらしい組織は手段を選ばず、果ては軍事用ロボットまで持ち出してくる始末です。
4巻では狙われた先で逃げ込んだ、2人の大学の教授の佐流田の娘・月江の別荘での戦闘シーンから始まります。
その時、「対話」を望む軍用ロボット「イワン」に遭遇します。
シックスは感動し、「キミと話がしたい」「ボクはひとりぼっち」とくり返すばかりのイワンと対話したいがために攻撃することができず、窮地に立たされてしまいました。せっかく話ができるのに攻撃したくないと考えるシックスは、後はイワンに破壊されるのを待つばかりという状況になってしまいます。
- 著者
- ["手塚 治虫", "ゆうき まさみ", "カサハラテツロー"]
- 出版日
- 2016-12-05
いよいよ押しつぶされる、その瞬間、シックスのもとにマルスがやって来て、こう言います。
「まったくオマエはくだらん そのうえどうしようもないバカだ」(『アトム ザ・ビギニング』4巻より引用)
その言葉でシックスは、実はイワンの発している言葉はすべて、ロボット・レスリングの際にシックスがマルスに語りかけた言葉を羅列しただけで、そこにイワンの意思がないということに気づくのです。
シックスは言います。
「話したがっているのはボクだけじゃないって 本気で信じちゃったじゃないか」(『アトム ザ・ビギニング』4巻より引用)
ここでも、同じロボットとの対話を望む、まるで人間のようなシックスの一面を垣間見ることができます。だからこそ、傷ついたシックスは無表情なのに本当に悲しそうに見えるのです。
博志によると、「自我」が芽生えると「他者」の意識が生まれ、「連帯」することを求めるということなので、やはりシックスはだんだん人間に近い存在になっているといえるでしょう。
5巻の最大の見どころは、何といっても新しく誕生した「A107(エーテンセブン)」の活躍と、シックスとの絆でしょう。
元々開発中だったA107(通称ユウラン)ですが、大学側から「ロボット・レスリング」の世界大会に出るよう要請された午太郎と博志は、ユウランで大会に参加することを決めました。
何日も調整をくり返し、晴れてユウラン起動へとこぎつけますが、世界大会まではあまり日数がありません。
- 著者
- ["手塚 治虫", "ゆうき まさみ", "カサハラテツロー"]
- 出版日
- 2017-04-05
そこで、学習速度をアップさせて大会に間に合わせるため、教育係として任命されたのがシックスです。同じオーナーから生まれ、同じAIをもったお兄ちゃんですからね。
シックスの教育によって、ユウランの動きはシックスと遜色ないほど上達しましたが、情緒面はまだまだ不安が残ります。ユウランには、シックスのものから進歩し「感情」のプログラムを追加したAIが組みこまれているのです。
「感情」で物事を判断する、シックスよりさらに人間らしいユウランは、現実世界にもいそうなふつうの女の子のようでほほえましい反面、善悪の区別がつかない怖さを宿した存在として描かれています。
善悪の区別がつかないからこそ、自分より優れた存在を「気に食わない」という理由だけで破壊しようとするのですが、止めに入ったシックスと兄弟げんかになり、それ以来シックスとユウランの「対話」はなくなってしまいました。
「自分には教えることはもうない」とお兄ちゃんの役目を一方的に終わらせたシックスに対してショックを受けるユウランは、自ら何度も対話を試みますが、シックスは答えてくれません。
そんな状態が何日か続いたある時、ユウランは初めて自分の言語機能を使い、「おにいちゃん」と呼びかけます。
「お兄ちゃんごめんなさい」
「ユウラン悪い子」
「お兄ちゃん嫌いウソ お兄ちゃん好き」
「嫌われる悲しい」
「ユウランよい子になる」
「役目おしまいしないで」(『アトム ザ・ビギニング』5巻より引用)
懸命にシックスに話しかけるユウランの姿に、目頭が熱くなること請け合いです。そんな彼女の健気な様子を見て、シックスはユウランを抱きあげ、「ユウランは悪い子じゃない」「ユウランはボクの妹だ」と言って抱きしめるのです。
本当に人間らしい絆を構築している2人の姿に、読者も彼らがロボットだということを忘れて感情移入してしまいます。
6巻は、ロボットの性能を競う世界大会、WRBが舞台となっています。ラストには衝撃の事実が待ち受けていますので、心して読んでください。
大会に参加したユウランは、他を圧倒するスペックで力の差を見せつけますが、ひょんなことから返り討ちにあい、恐怖でうずくまってしまいました。
彼女には、自己防衛本能的な感情として「恐怖」と「快楽」がインプットされています。破壊されることへの「恐怖」と、破壊することの「快楽」によって、積極的に戦闘へと参加させて優勝をもぎ取ろうとする目論みでしたが、それがユウランのシステムに感化されたロボットたちの暴走へと繋がっていくことになるのです。
- 著者
- ["手塚 治虫", "ゆうき まさみ", "カサハラ テツロー"]
- 出版日
- 2017-06-05
ユウランは破壊されるかもしれない恐怖に怯えながら、「お兄ちゃんたすけて」と必死にシックスを呼びます。
その声と妹の姿に、助けに飛び出そうとするシックスですが、オーナーである午太郎に「主人の命令もなしに勝手に走り出すから」という理由で緊急停止装置を付けられていて、動きを止められてしまいます。
そうして、自分を助けに来てくれないシックスに絶望し、ユウランのシステムは暴走していくことになるのです……。
生まれてからずっと一緒にいたシックスがいない状況で、不安になるのも無理もないこと。いくらロボットとはいえ、感情を植えつけた以上は、その感情がどのように作用するかをもっと真剣に考えるべきだったのです。
さらに、妨害電波壁によって「対話」もままならない状況のなか、動きを止められてもなおユウランを呼ぶシックスの姿にも、深い愛情を感じて胸が熱くなります。
6巻では、迫力のバトルシーンに加え、兄弟愛、人間のエゴと、単なるロボット漫画に収まらない重厚な物語を楽しめます。また、ラストにはDr.ロロの正体に関する衝撃の事実が発覚するので、1ページも見逃せませんよ。
6巻から続いているユウランとマルスの戦い。途中からユウランはコマンドを自分で書き換え、天馬の「派手にぶっ壊せ」というアルゴリズムから、今までの戦闘経験を活かした戦い方に変化させます。これこそがお茶の水の望んでいた自我。しかしドクターロロはその先にあるカオスを心配します。
戦いはユウランのバッテリー切れで幕を閉じるかに思われましたが、マルスは攻撃の手を緩めません。そしてユウランの懇願を無視して彼女を破壊しようとするのです。
そこにやってきたのがシックス。ランやモトコに修理され、ユウランのもとにやってきたのでした。
シックスはマルスに馬乗りになり、優勢になりますが、そこであることに気づきます。それは彼が「怒っている」ということ。シックスはそのまま通信手段を通じて対話を試みるのですが……。
- 著者
- 手塚 治虫
- 出版日
- 2017-12-05
7巻のキーワードは感情。シックスはプログラミングされていないはずのマルスから確かにそれを認識します。しかし、その内容は想像していたものとは異なる、恐ろしいものでした……。
シックスは感情が人の道具たるロボットに必要なものなのか、考えはじめます。
大会はこの混乱で中止になり、ブレムナー博士と佐流田教授の行方は分からないまま。ロボットたちが暴れ出した原因も嘘のものが公表され、一連の事件は集結しました。
ユウランとシックスの自我が成長し、変わっていくふたり。彼らのこの変化が今後どうストーリーに関わってくるかも見所です。
ロボットの自我、学習という、現実でも通称「2045年問題」と言われているシンギュラリティに関わる内容もありそうで、ワクワクしてきますね!
アトムの前時代を描く『アトム ザ・ビギニング』について、ロボットの「感情」に焦点を当ててみました。知能を持ったロボットは人間と遜色ないほどに成長できると考えますが、この時代の経験すべてが「アトム」へと繋がっていくのかと考えると感慨深いものがありますね。一読の価値は十二分にありますよ。