本をデザインする「白」

更新:2021.12.12

各月ごとにテーマを設け、「デザイン」という視点で紹介していきます。 今回は『白』というテーマで選びました。 印刷された文字や写真など、視覚的に認知しやすい要素が本を構成していると思われがちですが、それらを支えているのは無意識に働きかける「白」という色です。今回は、白という色がどのように本をデザインしているのか、特徴的な本を5冊選びました。

ブックカルテ リンク

美意識としての「白」

「―骨壺から北園克衛まで―」という副題が印象的な1冊です。
グラフィックデザイナーである山口信博氏が、千葉県にある美術館「museum as it is」で行った個人コレクション展での展示品に解説を加えた図録です。日常で目にする何気ない磁器や木工品、年代物のオブジェ、雑誌やポスターなど、品の良い所蔵品が静謐な写真で紹介されています。 

本書において「白」は、どのような意味合いを持っているのでしょうか。 それは本書の冒頭に据えられた「骨壺」から最後を飾る「北園克衛」の間に、焼物を造形している美しい空洞や、引き算で生まれるモダンな詩の中に、ひっそりと佇んでいます。哲学者である老子の“無”の解釈(器の本質は形を作っている外側ではなく、内側の何もない空間にある)のように、被写体を包む何もない空間や、徒然とした文章の間を漂う余白自体が、本書を形作っており、紙面に独特の印象を与えています。

本書は、そんな白という色にまつわるデザインの哲学に触れることができる品の良い一冊です。 

 

著者
山口 信博
出版日
2006-09-01

景観を浮かび上がらす「白」

本書は、モノトーンの風景作品でよく知られている写真家マイケル・ケンナ氏による、2006年に出版された写真集です。冬の北海道を数年にわたり撮影し続け、マイケル・ケンナ氏はこの本の中で、その荘厳な自然の表情を、まるで水墨画と見紛うような繊細さで綴っています。 

本書の素晴らしさは、印刷技術にあります。濃淡に艶のある墨のような黒も特徴的ですが、特に素晴らしいのが、それらを際立たせている印画紙の上に刷られた絹のような風合いの「白」です。 マイケル・ケンナ氏の捉える雪の色が、その装飾性のないストイックな構図と相まって、とても厳かな世界を写し出している一方、天然木でつくられた表紙カバーの手触りが、ページを支える手に温かみを感じさせます。

この良質なブックデザインと印刷技術によって、印刷には本来表れない景観としての「白」を、視覚だけでなく触覚でも感じ取ることを可能にしています。

 

著者
マイケル ケンナ
出版日
2006-05-20

空間表現の「白」

専門的な分野の本はどれも趣に特徴があり、だからこそ真摯にデザインされているものがほとんどですが、本書ほどその質実さが記号的に表れている本も珍しいでしょう。 

本書は、文字組版を主に生業とするタイポグラファという職種において、スイスのバーゼルで教鞭をとっていたエミール・ルーダー氏へのリフレクション(随想)を中心に、1950-60年代のバーゼルのタイポグラフィについて、彼の下でタイポグラフィを学んだヘルムート・シュミット氏が編著を手掛けたものです。 タイポグラフィという技芸を知る人にのみ読解出来る内容と思われがちですが、エミール・ルーダー氏が手がけた仕事や理念、思想についての解釈を読み込んでいくうちに、物事の本質的な側面や、文化形成、歴史意識につながるコモンセンス、世代や人種を越えて共有される教養が垣間見えてきます。それを象徴するのがスイス・スタイルと呼ばれる文字組版です。

スイス・スタイルという文字組版はグリッド(格子)上にテキストや図表を配置し、紙面のリズムをコントロールする様式です。実際はその中にも様々な文脈から派生した流れがあるのですが、エミール・ルーダー氏は、その秩序立てられた文字組版に実験的で創造的な精神を持ち込んだ人物として、同時代のデザイナーとは一線を画す影響力を持っていました。本書の紙面は、そんな彼のタイポグラフィ観を体現するような空間表現でデザインされています。その抑制の効いた文字組版のリズムは出自の異なるテキストに統一感を与えており、一冊の本としてのまとまりを生み出しています。

文字組版における白の空間表現を凝縮した貴重な一冊です。

 

著者
ヘルムート シュミット
出版日

意匠としての「白」

往々にして本の表紙では、書店で手に取ってもらい易いように目立つデザインが採用されます。ただし、過度な装飾によるデザインは広告として機能するものであり、場合によっては本の内容とかけ離れたデザインになっている場合も少なくありません。 

装丁家の水戸部 功氏が手がける本は、独特の軽快さとミニマルな空気を帯びています。余計な宣伝文句や装飾性を排除したストイックな装丁は、過度な先入観を持たせない、本の内容に真摯なデザインとして定評があります。それは水戸部氏の作品のひとつであるジェイムズ・グリックの大著「インフォメーション―情報技術の人類史」においても同様で、その意匠表現は記号的で抽象的であり、本書の主題となっている情報そのものを造形したかのような印象を与えます。

表紙に使われている小さなゴシック体のタイトルは、意匠されない状態の文字情報(プログラミング言語)を連想させ、全ての要素を最小限に抑えたデザインは、紙の白さを最大限に生かしています。その文字と紙の関係性はまるでPCのエディット画面とプログラミングのテキストのようで、情報そのものを白という色で表現したかのように、無機質な表情をとてもよく演出しています。

500ページの大著ですが、重さを感じさせない表紙も魅力の一つです。

 

著者
ジェイムズ グリック
出版日

生まれる「白」

デザインとして「白」を扱った書籍を取り上げるなら、やはり原 研哉氏の仕事は外せないでしょう。原 研哉氏の著作である「白」という書籍は有名ですが、違う視点で「白」を考えたとき時にこちらの本も外せません。 

この本の著者である白川氏は、日本の漢字文化を読み解く上で欠かせない人物です。本書は常用漢字の意味や成り立ちを分かり易く解説した書籍で、冒頭で挙げた原氏が装丁を手がけています。最近ではウェブ上で白という色についての連載もされているほど、白について造詣の深い原氏ですが、本書の装丁も凛とした佇まいで堂々としています。そんな本書で「白」という漢字はどのような成り立ちをもった文字なのか調べてみると、 

「白骨化された頭蓋骨の形、肉が落ちて風雨にさらされ白骨になったされこうべの形」

とあります。解説の冒頭に記されている甲骨文字のしずくに似たドクロの形は、紛れもなく白骨を連想させます。表層が抜け落ちて、外から圧力をかけられ続け、ようやく生まれる色が「白」なのです。

そんな、豊かな知識に出会える手頃な大きさの良書ですので、少しでも漢字に興味のある方はぜひ一読してみて下さい。 

 

著者
白川 静
出版日
2012-10-27
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