【第6回】復讐心を燃やして同窓会へ行った話

Success is the Best Revenge

母校も前に住んでいた家も、さいたま市の荒川土手沿いにある。校舎まで徒歩5分くらいだった。学校を休んだ日にもチャイムが聞こえた。

毎朝灰色の制服を着てだらだらと学校へ向かう。ブレザーの肩のラインもスカートの裾もなんとなくぶかぶかとぎこちない。灰色の背中が、だらだらと通学路を埋めつくす様子はいつも墓場のようだと思っていた。

同級生は墓石。全校集会のビジュアルは青山霊園のようであり、休み時間には墓石がはしゃいで校庭に向かって水でぱんぱんになったコンドームをぶん投げていた。土色のグラウンドに濃いしみができていた。

うるさい中学生が嫌いで、クソダサくて勉強も運動もできず何か秀でたことがあるわけでもない自分が大嫌いで、そもそも中学生っていうのが子供としても若者としても中途半端で落ち着かなくて、もうだめだった。

もはやなにを覚えているのか覚えていないのかわからない中学時代の、細かなことは思い出せないけれど基本的なトーンが灰色だったことは間違いない。

楽しかったこともあったんだけれど、それを勢いよく帳消しにできるほどには嫌なことがたくさんあって、心の中で灰色の思い出はどんよりと悲しい匂いのする飴のようにかたまっていった。

そんなわけだから同級生のことは大体みんな嫌いで、卒業してからも思い出しては度々灰色の飴を舐め続けていたら中学に通っていた時間よりも中学を呪っていた時間の方がずっと長くなっていた。

同窓会があるらしい。

参加するかめちゃくちゃ迷った。

大学に入って、いつからかわたしのスマホの待ち受けはずっと「Success Is the Best Revenge」だった。tofubeatsのステッカーに書いてあった文言だったけどこれはいいなあと思って待ち受けにしたのだ。だから同窓会には行くことにした。

今回、行くと決めてから行かない友達となんとなく口喧嘩にもなった、まだ行ってもいないのに。

しかし同窓会当日、その日に提出しなくちゃいけない文章を、Netflixでカイバを見ながらやってたら全然終わらなくて、結局1時間くらい遅れた。終わらなかったから遅れたのか、遅れるように終わらなかったのかはわからない。

受付の子に「来ると思わなかった!」と言われて、お金を渡す手が震えないようにお腹に力を込めた。わたしも行くと思わなかった。

10年のあいだ呪い続けた中学校と向き合う時間は、しかしなんでもなかった。ずっと嫌いだったはずの人たちを見ても、なんの感情も起きなくなっていた。彼らは10年呪い続けた記憶でもなんでもなくて、「ただのひと」だった。

劇的に性格や容姿の変わった人もいなくって、ただただ、こんな感じの人たちだったねと話すたびにお互いの思い出話を掘り返してほほえみあう。当時のクラス分けや委員会をこと細かに覚えていて話しかけてくれる人もいたけれど、あんまりちゃんと覚えていなかった。Aだったと言われればそんな感じがしてくるし、Bだったねと言われてもそうだったねと思う。

わたしは10年間なにを呪っていたかわからなくなった。普通に、それなりに、みんないい人でしっかり働いててお酒を飲めて。わたしはあの時何がそんなに嫌だったんだろう、誰を呪い続けていたんだろう。

なんだかほんとうに、どうでもよくなってしまった。

世界に憎むものがすくない方がきっと生きやすい、今のわたしなら怖いところに行ってしまっても自分の足で逃げられる。そう決意して来てみた同窓会、逃げるどころかなんと二軒目までだらりと付いて行ってしまった。

あれはなんだったんだろう、歳をとるというのは、大人になるというのはこういうことだったのか。

トラウマを克服するというのは、こんなにもあっけないことだった。

きらいな人はすくない方がたぶん楽だ、っていうかその方がいいしそうしたい。

わたしは嫌なことについて語る時の語彙と勢いが強い、気も強くて理屈っぽいので、生きづらそうと言われることはぼちぼちある。今さらだれにでもやんわり優しくできる人になりたいともそんなに思わないんだけれど、嫌なことがどう嫌なのかなぜ嫌なのかを語る言葉が豊富なのはきっと中学校のころのわたしが言い返せなかった言葉がたくさんあるからだ。

電線を礼讃する、ためには言葉を尽くす必要があるのにわたしはまだまだ嬉しいことや楽しいことを伝えるための語彙がすくない。

そんなことを考えながら、10年振りくらいに読み直した『はれた日は学校をやすんで』。たしかに主人公と同じ中学生だったのに、気づけばもうすっかり大人になっていました。

学校や会社に行きたくないとき、息苦しさを感じるときや、はれた日に学校を休んだことのある方に読んでほしい一冊です。

はれた日に自分の部屋で学校のチャイムを遠く聞いた「ずる休み」の優しさや不安が柔らかなタッチで目の前に立ち上がってきてほろりとしてしまいます。

著者
西原 理恵子
出版日
2006-03-01

撮影:石山蓮華

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  • 電線読書

    趣味は電線、配線の写真を撮ること。そんな女優・石山蓮華が、徒然と考えることを綴るコラムです。石山蓮華は、日本テレビ「ZIP!」にレポーターとして出演中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」「転校生」、ラジオ「能町みね子のTOO MUCH LOVER」テレビ「ナカイの窓」など。

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