聴覚障害を持つ少女と、彼女をいじめた過去を持つ少年が織りなす青春物語『聲の形』は、主人公2人の痛いくらいの心の触れ合いと純愛を描き、多くの人の心に響きました。そんな『聲の形』好きにおすすめする漫画5作品を紹介します。
日本は高学歴社会。15歳までの義務教育以降も高校や大学、専門学校などに進学することが当たり前となっています。目的がある人ももちろんいますが、10代から自分の進む道をしっかりと定めている人のほうが珍しく、大概はただ何となく流れに従っているだけでしょう。社会に出るその時まで、さまざまなことを経験する時間の余裕があるといえます。
しかし、家庭の事情で進学できない人も少なからずいるのです。そういった人のために存在するのが、定時制高校や通信制の高校。日中働きながら勉学に励むことができます。
『中卒労働者から始める高校生活』は、そんな通信制の高校が舞台になっている作品。何かの事情を抱えながら通信制高校に通う人々の日常と人生が垣間見られる、青春群像劇となっています。
- 著者
- 佐々木ミノル
- 出版日
- 2013-05-29
主人公、片桐真実(かたぎりまこと)は18歳。母は他界し、父は事件を起こして服役中のため、15歳の妹・真彩(まあや)と2人暮らしをしています。成績は優秀でしたが、家計を助けるために進学を断念し、運送会社の倉庫で働いていました。
就職して4年、現場の指揮係に昇格が内定していたものの、そこに縁故採用の梶原優が入社。昇格は無くなり、梶原との衝突が絶えないせいか、職場にも居づらくなってしまいます。
そんな時、勉強の苦手な真彩が高校受験に失敗し、通信制の高校に進学することになりました。妹に誘われる形で真実も通信制高校へ入学します。そこで富豪の令嬢・逢澤莉央(おうさわりお)と出会いました。
片桐兄妹もかなりハードな背景を持っていますが、彼らだけではありません。複雑な事情がある幅広い年齢の人が生徒として通っている状況は、通信制高校だからこそ。さまざまな人生を歩んできた同級生たちと打ち解けて広い世界を知り、真実は人間として成長していきます。
真実と莉央という、立場がまったく違う2人の心の交流からも目が離せません。
作者の佐々木ミノル自身も通信制高校出身ということもあり、よりリアルな学校生活が描かれた本作。社会の縮図を見ているような感覚と、濃厚な人間ドラマをお楽しみください。
完璧な人間などおらず、どんなに他者から非の打ちどころがないと評価されている人でも、自分自身ではコンプレックスだと感じているものがあります。それを仮に周りの人から指摘されれば傷つき、前向きになる心をくじいてしまうこともあるでしょう。
しかし、他者よりも自分自身が、もっとも自身の心を傷つけていることに、人はあまり気付かないのです。
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、吃音症のため母音を言葉にするのが苦手な少女、大島志乃が主人公の物語です。彼女の障害を含め、少年少女たちが自らのコンプレックスと向き合っていきます。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2012-12-07
母音の発音がうまくできないというコンプレックスを抱えている志乃。高校に入学し、自己紹介をするときに、練習してきたにもかかわらず自分の名前をうまく言うことができませんでした。
クラスメイトの菊池が爆笑したことを引き金に、クラス中に笑い声が広がりましたが、そこで笑わずにいた加代と志乃は、仲良くなります。
加代は音楽が大好きでしたが、音痴だというコンプレックスを持っていました。彼女は歌であれば言葉をうまく出すことができる志乃とバンドを組み、2人で文化祭に出ようと誘ってくるのです。
本作に登場する人物は、みな大なり小なりコンプレックスを抱えています。加代も、志乃も、志乃を笑った菊池も悩みを抱えていて、彼らに共感できる読者も多いでしょう。悩みをそのままにせず、支え合って強みに変えていこうとする姿に、心が温かくなります。
コンプレックスの元であるものが治ることはそうそうありません。向き合い、支え合うことが大切なのです。読者のコンプレックスに対する見方も、少し変わるかもしれません。
誰かの何気ない言葉で、人生が変わる瞬間を経験したことはないでしょうか。考え抜いた言葉も人に力を与えることはできますが、何気ない言葉というのは、自然と人の内から零れ落ちたものです。そこに何の思惑も無いと察することができるからか、ときに大きな力を人に与えてくれます。
『鉄楽レトラ』は、夢も希望も失った孤独な少年が、たったひとりの出会いと言葉をきっかけに、少しずつ前に進んでいく青春物語です。優しい人々との出会いもあれば、厳しい現実が突き付けられる場面も多くあり、漫画だからといってすべてが都合よくいくわけではありません。
だからこそ、人の善意や前向きな気持ちが、小さな灯りとなって読者の心を照らします。
- 著者
- 佐原 ミズ
- 出版日
- 2011-10-12
一ノ瀬鉄宇(いちのせきみたか)は、高校1年生。小学校時代はバスケットボールに打ち込んでいましたが、体格に恵まれず、中学校では経験者にもかかわらずレギュラーになることができませんでした。嫉妬心からインターネットの掲示板にチームメイトの悪口を描き込む日々を送ります。
そんなある日、彼はチームメイトを突き飛ばし、ケガをさせてしまったことが原因で不登校になってしまいました。
それ以降登校拒否の状態が続いた鉄宇は、遠方の高校に進学しましたが、人と関わることを避け、孤独な日々を過ごしていました。
ある日、帰り道で出会った老婦人に付き添い、彼女の孫が通っているという高校に向かいます。そこで出会ったのは、バスケットシューズをお守りとして持っている少女でした。彼女は、かつて投げ捨てようとしていた靴を鉄宇と交換した人物でした。
彼女が捨てようとしていた真っ赤なダンスシューズをきっかけに、鉄宇はフラメンコを学ぶことになるのですが、本作はフラメンコを主な題材としているわけではありません。
誰かに影響され、前に進み、挫折するという、人間が経験するさまざまな出来事が詰まっています。きれいごとは一切描かれておらず、すべての出来事が丸く収まるわけではありませんが、辛く厳しい現実があるからこそ、人の温かい言葉や行動が身に染みてきます。
佐原ミズの透明感のある絵が、物語の美しさや厳しさをより引き出している本作。自分も誰かの支えになっているのかもしれないと、少しだけ勇気がわいてくる、心がほんのりと温かくなる作品です。
子どもというのは、とかくピュアな生き物です。成長するにつれて打算や駆け引きを覚えていき、いわゆる思春期と呼ばれる年代は、自分が正しいと思うことに考えが傾きます。10代の少年少女が主人公となって世界を救う作品が数多くありますが、それはこの純粋さゆえなのかもしれません。
『神様がうそをつく。』は、そんな思春期真っただなかの10代の少年少女を主人公とした物語です。メインとなる季節が夏ということもあり、どこか非現実的なことが起こっているような空気すら漂います。むせかえるような夏の熱気を感じ、息苦しさを感じてしまうかもしれません。
- 著者
- 尾崎 かおり
- 出版日
- 2013-09-20
主人公は、父親をガンで亡くし、母親と2人暮らしをしている小学6年生の七尾なつる。東京から転校してきたのですが、クラスメイトの女王様ポジションの女子をふったことで、クラスの女子全員から無視されていました。
ある日、鈴木理生という少女と他愛もない会話をします。彼女は背が高く、どこか大人びた雰囲気を持っていました。その時の会話が、なつるの心に強く印象に残ります。
しかし小学6年生の男子といえば、積極的に女子と会話をすることはあまりありません。ただのクラスメイトだった2人ですが、なつるが猫を拾ったことで、急激に距離が縮まりました。
今にも崩れそうな家に住む理生は、幼い弟と2人で暮らしていることを告白。彼女の秘密を知ったなつるは、鈴木姉弟と深くかかわっていくことになるのです。
基本的にはなつると理生の関係が中心ですが、彼女の抱えている事情が明るみになるにつれ、厳しい現実を突きつけられます。なつるは理生を守るために行動を起こそうとするも空回りしてしまい、理生の発する言葉も痛々しく、理不尽な世界に対する無力感に苛まれます。
そんななかでも、互いを気遣う優しさや小さな希望に、どうかそのまま、まっすぐに生きてほしいと願わずにはいられません。
日本の平均寿命は延び続け、80代だけではなく、90代でも元気に日々を過ごしている人も、珍しくなくなってきました。医療技術は発達し、不慮の事故でもなければ死は遠いものだと感じている人も多いでしょう。病気や怪我、死というものは、自身や身近な人が直面しない限り、現実的なものではないのです。
インパクトのあるタイトルが目を引く『女の子が死ぬ話』は、文字どおり女の子が亡くなる話です。しかし、ただ少女の死を描き、感動の物語に仕立て上げたわけではありません。誰かが死ぬこと、そしてその死が周囲に与える影響や、死と向き合い続ける人の気持ちを描いています。
- 著者
- 柳本 光晴
- 出版日
- 2014-02-10
メインとなる登場人物は3人。病弱な瀬戸遥、幼馴染の水橋和哉、クラスメイトの望月千穂です。高校に入学したばかりの彼らは生き生きとしていて、死とは遠く離れているように見えます。しかし物語は、遥が余命半年であるという宣告を受けるところから動きはじめるのです。
余命宣告を受けた遥は、絶望や恐怖の心に苛まれるより先に、きれいに死ぬことを心に決めました。長い髪と白い肌、整った顔立ちをしている彼女はかなりの美少女。病気で弱った醜い姿を見せることなく、生を終えようとします。
劇的な何かが起こることはありません。ただ淡々と日々が過ぎ、奇跡が起きることもなく遥が死に、その後も世界は続いていく……誰にでも死は訪れますが、若くして自らの死と真正面から向き合う彼女の姿に、悲しみと同時にやるせなさを感じるでしょう。
読者は、遥が半年後には死んでしまうことを知りながら、その人生を見守ることを許された唯一の立場の人間です。きれいなままでありたいと願った少女の生きざまを、胸にしっかりと焼き付けてください。
『聲の形』は、人の目を逸らしたくなるような部分を描くからこそ、痛々しくもどこか美しい世界を見せてくれた青春物語です。紹介した作品も、傷つきながらも日々を生きる少年少女たちの姿が描かれています。汚くて、目を逸らしたくなるほど痛々しくて、それでもとてもきれいな光を感じてください。