児童虐待という重いテーマを扱った榎本由美による社会派コミック。実の親による厳しい虐待を受けながらも何とか生き延び、児童養護施設での生活を始めた主人公は、施設の中の厳しい現実や外の世界の差別に苦しみながらも、力強く生き抜いていきます。
『児童養護施設の子どもたち』は、主人公・恵子の目を通じて、虐待の実状や施設に入っても大人が介入しきれない子供たちの世界、里親の問題、世間からの差別などを鋭く描いた作品です。
1話完結型になっており、各話ごとにリアルな現実が展開されていきますが、ほとんどの話が明日への希望を残したラストになっているので、後味は悪くなりません。
児童養護施設の子どもたち(1)~哀しみの現実~
2015年12月03日
恵子は性格の優しい子ですが、虐待の経験や施設での生活から人を見る目がシビアな面もあります。
施設のボス格である意地悪な女の子の弱みを握って、それを巧みに使い相手と仲良くなったり、イジメの対象になっている男の子の原因が母親にあることを見抜いて意見したりするなど、時には大人なみの洞察力と行動力を発揮します。
その反面、子供らしく捨て猫を助けるために施設から家出をしてしまうエピソードもありました。
本作では「大人の優しさ」というのもひとつのキーになっています。保育士、教師、老夫婦、里親などさまざまな立場の大人が登場しますが、打算的な感情のある優しさは、主人公や施設の子どもたちの心には決して届きません。
1巻、2巻ともに後半は恵子の物語とは別のものになっており、特に2巻ではモンスターペアレントやゴミ屋敷といった社会問題がテーマの作品も収録されています。
またこの記事では続編である『新・児童養護施設の子どもたち』もご紹介。ひとりの少女が前編を通じて主人公となるストーリーで、より細かく描かれる部分もあり、そちらも考えささられる作品です。
恵子の母親は彼女を連れて再婚をし、すぐに弟と妹が生まれますが、医者である義父は夜勤を理由にだんだん家に帰ってこなくなります。母親は再婚してから生まれた子供たちには優しいのに、前夫の子である幼稚園児の恵子へつらく当たるようになります。
食事は弟と妹の残り物、お弁当はパンの耳だけしか与えられなくなり、夜中に冷蔵庫から何か食べていることがわかると、冷蔵庫に鍵までかけてしまいました。
母親は殴る蹴る、タバコの火を手に押し付けるといった暴力行為をするようになり、火傷をさせているのがバレないように髪の毛で隠れる頭皮に火を押し付けるなど、その行動はエスカレートしていきます。
小学校に上がっても虐待は続き、保健医の草加は心配して民生委員と共に家を訪ねてくれますが、恵子は母親への恐怖心から事実を告げることはできませんでした。
ホームレスの老人から空き瓶を拾ってお金にする術を教わり、小銭を手にした恵子。コンビニで食べものを買おうとしますが、それを母親に見つかり金銭を没収されそうになったため、店の前で口論になってしました。
そこから新たな地獄が始まります。母親はとうとう恵子を部屋に監禁して、食べものを与えなくなったのです。
草加が不登校を心配して何度か家を訪ねてきますが、彼女は手足を縛られ猿ぐつわをされているので、助けを求めることができません。衰弱し危険な状態でしたが、再び草加が訪ねて来た時に母親が足を縛り忘れていたため、生きるための最後のチャンスとして命掛けの手段にでるのです。
物語の核となるエピソードですが、なかなか読み手も辛くなる、感涙必至の1話です。
ある日、施設に咲子という名前の女の子が入所してきます。彼女はもう5歳なのにオムツをしていたため、周りからはおかしな目で見られるようになってしまいました。
幼い頃に虐待を受けた子どもは精神的なショックや頭を殴られるなどの直接的な原因により、発達障害を起こしてしまうことがあるのです。
決して笑わず、自分の指を吸っているその姿に、新任の保育の職員が何かと面倒を見ますが、咲子は心を開くことをしません。恵子は大人たちの対応に疑問を感じながらその様子を心配そうに見て、少しづつ咲子との関係を深めていきました。
そして事件が起こります。咲子は食堂から黙って持ち出していた食べ物を自分のボックスに隠していて、そこにゴキブリが集まってしまい大騒ぎになってしまったのです。
それを見た新任の保育の職員がついにキレてしまい、怒りに我を忘れて咲子に醜い言葉をぶつけていきます。耐えられなくなった恵子は、友達が止めるのも聞かずに涙ながらに咲子をかばい、虐待されてきた子どもの気持ちを訴えるのでした。
自分と同じように親からの暴力を受けていた小さい女の子のことが、気になって仕方がない主人公の姿が描かれています。職員にはわからない、当事者だからこそわかる心情を一生懸命に伝える姿が印象的です。
5年生になった恵子の学校に、産休代替教員の鈴木が担任としてやってきます。その頃の恵子は学校の成績は良かったものの将来への不安があり、中学校を卒業すると施設を出ないといけないという話も友達同士でするようになっていました。
子どもたちの間では、施設の子に対して進学や将来を巡る差別が起こっていますが、教員のなかにも進路問題に関わらない方がよいという考えの人もいます。
そんな状況で味方になってくれたのが、担任の鈴木でした。奨学金で大学まで通う方法や、これまで誰も書いてくれなかった連絡帳に優しい言葉を残してくれるなど、嬉しい日々が続きます。
しかし、鈴木が自分の子どもに塾や習い事をたくさんさせていたことを知った恵子は、ショックを受けてテストで0点をとるようになります。自分の殻に閉じ籠ってしまった恵子ですが、鈴木は彼女と本当の言葉で向き合おうと施設を訪ねてくるのでした。
養護施設は2017年現在でも、中学校を卒業すると高校に進学しない限り施設を出ないといけない制度があります。そのため彼女たちは、同年代の子どもたちよりも自立への関心と不安が高くなるのです。作者は子どもたちの身近な悩みにもしっかりと焦点を当てています。
恵子の実の父親が施設にやって来ます。彼女や母親を置いて出て行ってから、6年の時が流れていました。
恵子は浮気相手をつくって家を出て行ったと母親から聞かされていましたが、本当は家を追い出されたと聞き、もしかしたら父と暮らせるかも知れないと淡い期待をもちます。
しかし父には新しい家庭があり、子どもたちとは仲良くなりましたが、新しい妻は明らかに嫌悪感をあらわにしていました。
家族でキャンプに行くから、と無理矢理に誘われて恵子は仕方なく一緒に行きますが、父はそのことを妻に秘密にしていたため夫婦喧嘩が始まってしまいます。そしてついに、恵子は自らの決断を父に告げるのでした。
この話でも小学5年生とは思えない大人の目で父の本質的な性格を見抜いており、もし自分がこの人たちと家族になれば、また同じような悲劇の日々が訪れることがわかっているのです。
作者は施設で育った子供たちのリアルな心の中を見事に表現しており、本当の意味での優しさや家族とは何かを問いかけてきます。登場人物たちの幸せを願わずにはいられません。
児童養護施設の子どもたち(2)~わたしたちの未来~
2015年12月03日
『新・児童養護施設の子どもたち』では母親にネグレクトされた擁子の物語が描かれます。当初はふっくらした彼女がどんどんやつれていく様子に心が痛みます。
もともと擁子は母親とふたり暮らしでした。しかしその家は足の踏み場もないほど物にあふれ、いつもゴキブリがいるのが当たり前のゴミ屋敷でした。
しかも風呂にもゴミがあふれ、それを濡らすと怒られるため、たまに、そして少しのお湯でしか温まることができません。
彼女が普通の家では毎日風呂に入るのが当たり前だと知るのはずっとあとのこと。そして食べ物もそこらへんにあるものを食べるのですが、何もない時の方が多く、過去に腐ったものを食べて腹を壊したことのある擁子は、お腹をすかせて眠るのでした。
そんな彼女の唯一の救いが保育園。そこは清潔で、柔らかな布団があり、ご飯もおやつもたくさん出てくるからです。
しかしある日、仕事をやめたから保育園にもいかなくていい、と母親が言うのです。実は彼女は他に男をつくって妊娠してしまい、そのせいで風俗の仕事ができなくなってしまったのでした。
しかもそのあとから母親は彼女を家に閉じ込め、たまに帰ってきては食べ物だけを置いて去るという生活をするようになります。
どんどん母親がくる頻度が少なくなり、かといって外に出ることも禁止されているため、擁子はどんどんやつれ、汚くなっていきます。
どんどん意識が薄れていき、ついに擁子は……。
狭い世界しか知らず、自分の状況が普通だと思ってしまっている擁子の様子は胸が痛くなるもの。どれだけ飢えても、どれだけ汚くなっても、母親の言うことを信じ、生きていくしかない子供の無力さが感じられます。
保護された擁子はしばらく病院にいたあと、「勝俣ハウス」という養護施設に入ることになりました。園長の紀世子は彼女を抱きしめますが、擁子はどこかうっとおしいと感じます。
しかも他にも5人の子供達がいるのですが、なにか違和感を感じる雰囲気なのです。
擁子はその違和感をまずごはん時に感じました。おかずの品数の多さやデザートの有無が人によって違うのです。しかもそのあと、擁子は仕事の分担で風呂掃除の担当になったのですが、彼女にしっかりとその手順などを教えなかったことで、男の子ふたりが「ポイント減点」されている場面を見るのです。
そう、この園は紀世子のポイント制によって待遇の優劣がつけられていたのです。
新・児童養護施設の子どもたち (1) (ストーリーな女たち)
頭の良い擁子は特別待遇になりますが、そのほかの男の子たちが彼女に嫉妬して嫌がらせをしてくるようになってしまいます。
ポイント制が勝俣ハウスをおかしくしていると言って、本当の母がいる家が良かったと泣き出す擁子。出ていこうとするのですが、紀世子は世間体を気にしてそれを許しません。
その様子を見ていた子供達は鬼婆がくる、と恐れます。実はそれは紀世子のことで……。
やっと受け入れ先が決まったと思ったら、その養護施設も問題だらけだったようです。現実でも児童養護施設での虐待は実際に事件になったこともありますが、逃げ場のない子供たちにしか当たれない大人の弱さ、汚さに辟易としてしまいます。
果たして過酷な道をたどる擁子は幸せを得ることができるのでしょうか?1巻では、擁子の母親の過去話から、負の連鎖が受け継がれてしまったことが明かされます。
結末はまだ先のようですが、これからの彼女たちの行く末をしっかりと見て、何かを学びとれればと思います。
児童養護施設の子どもたち(1)~哀しみの現実~
大人たちの醜い本性、彼らに振り回されながらも健気に生きる子供たちの様子に胸を痛めつけられる本作。自分たちの意識が届かない場所でここまでひどいことをされている子たちがいるということに、考えさせられるものがあります。
子供たちの様子は、フィクションながらもリアリティがあり息苦しいもので、途中で読むのをやめてしまいたくなるかもしれません。しかしそこまでの現実感の強さとまざまざと悲惨な様子が描かれることで読者に心からこの問題を考えるきっかけを与えているのではないでしょうか。
このようにどこかで苦しんでいる子たちがいるという現実を、私たちはそれぞれの日常でどういう風にサポートすることができるのか。直接的ではないにしても、意識するということだけで何か変わるところもあるのではないでしょうか。
虐待について考えるきっかけになるであろう本作を、ぜひご自身の目でお確かめいただければと思います。
児童虐待をテーマにした漫画『児童福祉司 一貫田逸子』について紹介した<『児童福祉司 一貫田逸子』全2巻の考えさせられるエピソードをネタバレ紹介>の記事もおすすめです。
一時期、養護施設は利用者が少なくなり需要も減っていましたが、育児放棄や虐待という近年の傾向により施設の数も増えたといいます。この作品はすでに親になっている人、これから親になる人、仕事として子どもたちに関わる人にぜひ読んでいただきたい一冊です。