恋を知らない少女と恋に生きる少女、そして彼女たちを取り巻く友人たちを描いた、志村貴子の名作百合漫画『青い花』を紹介します。
天真爛漫な少女あきらと、泣き虫少女ふみの恋を中心に描いた『青い花』。2004年から連載され、アニメ化されるほどの人気を博しました。
作者は『淡島百景』が文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞した、志村貴子です。
彼女の代表作である本作は、なぜここまでの人気となったのか、その魅力はどこにあるのか、考察していきます。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2005-12-15
高校生になったあきらが駅で偶然出会ったのは、幼い頃に遠くへ引っ越して会わなくなってしまった、幼馴染のふみでした。
2人はすぐに昔のように打ち解けましたが、ふみにはある秘密があり……。
激しく燃え上がる恋心と、静かに火をつけていく恋心、好きという気持ちだけでは足りずに、ちょっとエッチなことを考えてドキドキしてしまう……恋に泣いて恋に笑う、思春期少女たちのガール・ミーツ・ガールな恋物語です。
お嬢様学校「藤が谷女学院高等部」に入学したあきらと、地元の名門「松岡女子高等学校」に入学したふみ。
小学生以来の再会だった2人ですが、あきらは昔と変わらず明るく元気な少女です。
一方でふみも、背は高くなったものの、あの頃と変わらず泣き虫な少女のままでした。
すぐに一緒に遊ぶようになった2人ですが、あきらと離れている間に、ふみは女の子が好きな人になっていたのです。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2008-03-20
高校入学後すぐに想い人にフラれたふみは、学校で偶然であった先輩の杉本に心惹かれます。杉本はまさに女子校の王子様といった感じで、女の子だとわかっていも、女の子だとわかっているからこそ、余計にかっこよく見えるような素敵な人です。
杉本と付き合うなかで、ふみはあきらが自分の初恋の相手だったと気づきますが、それは「思い出」として気づいただけ。あきらと再会し、彼女を心の拠りどころとしたのは確かだったものの、杉本の輝きが強すぎました。
一方であきらは、初恋と呼べるようなものは未経験で、恋愛に関することはまだまだ未熟。しかし、いい雰囲気のふみと杉本を、何かを考えるように見つめます。
あきらとふみが交際を始めるのは高校2年の夏のこと。それまであきらは、ふみと杉本の関係を応援し、相談にも乗って、ずっとふみの味方をしていました。
交際後も、「恋」というものや「好き」という気持ちの違いがきちんとわからなかったあきらでしたが、彼女はふみの気持ちを優先し、ずっと大事にしてきました。
杉本に対してあきらが嫉妬しなかったのは、彼女がまだ「恋」というものを理解していなかっただけで、彼女にとってふみは常に「特別」な存在だったのではないでしょうか。
女の子とのセックス経験があるふみと、恋自体もよくわからないあきら。お互いがお互いのことを大切に想い、好きなことに変わりはありません。しかし、この差が2人を近づけ、そして遠ざけてしまうのです。
この遠回りをするような不器用さは、若い少女同士だからこそ成り立つのかもしれません。
『青い花』の登場人物は、あきら・ふみ・杉本だけではありません。志村貴子作品の特徴ともいえますが、他の多くの登場人物がそれぞれの物語を紡いでいくのです。
杉本が想い続けていた姉の恋人の男性教師、杉本を想い続けた後輩の京子、京子を想い続けた許嫁の男性、姉に女性の恋人がいるあきらの後輩の春花、女性の恋人がいるあきらの担任の日向子、日向子の恋人で春花の姉の織江……。
この他にも、あきらの兄やふみの友人たち、杉本の3人の姉など、登場人物の多くがそれぞれの恋にまっすぐ生きる様子は、一種のドキュメンタリーを観ているような気分になるでしょう。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2009-04-23
本編の最後にあるおまけ漫画も見どころです。『青い花』では「若草物語」と名付けられていて、本編では深く掘り下げられない人物の少女時代の話や、現代につながる物語が描かれています。
そことそこが繋がるのか、と感動してしまうような相関図と、本編を読み直してわかる言葉の真意や表情の理由に、胸がいっぱいになるのです。
また志村作品の登場人物は、読者に視認できる形ですべてを曝け出さないのも魅力のひとつです。
コマに絵を載せず、短い数文字の言葉をコマを分けて載せたり、大きなコマに載せたりします。逆に絵だけを載せ、モノローグなどを載せないこともあります。
言葉と表情を一緒に見れば、登場人物がどういう感情を持っているのか、発した言葉が本心なのか理解できることが多いですが、絵がないことによって、その時その人は本当はどう思っていたのか、読者に想像させてくれるのです。
同様に絵だけの部分も、登場人物の表情から気持ちを想像することができます。
考えさせる余韻があるので、読者は1コマ1コマ、1字1句に真剣に見入り、その分登場人物に心を寄せてしまいます。この独特の余韻が『青い花』の魅力のひとつでしょう。
『青い花』は、あきらのいる藤が谷女学院がメインの舞台となりますが、この学校は初等部の子が年上の人を「お姉様」と呼び、教会があってシスターがいる、ザ・お嬢様校です。
松岡女子に通っているふみの友人が藤が谷に来た際は、その大きさと綺麗さに興奮していました。
全寮制というわけでも、街からすごく離れた山奥にあるわけでもないですが、女性ばかりの学校というのはやはり独特の雰囲気があるものです。男性読者も女性読者も、「お嬢様学校」に対して特別な神秘感やドキドキ感を覚えるのではないでしょうか。
- 著者
- 志村貴子
- 出版日
- 2010-02-18
藤が谷は松岡女子に比べると「女子校ならでは」の話が多い学校でもあります。一方で松岡女子に通う生徒たちは現代的で、藤が谷ほど秘められた園のような雰囲気ではありません。
ふみが松岡女子で知り合った杉本も、もともとは藤が谷の生徒でした。松岡女子に突如現れた杉本は、「女子校ならでは」を演出するような輝かしい存在だったのでしょう。彼女が転校したことで、藤が谷への背徳感がより強まっています。
高校生の世界は、大人に比べてとても小さなものです。学校や自分の身の回りがすべてで、ましてや周りは同性だらけ。そのなかで精一杯生きる彼女たちは、独特の輝きを放つのです。
もちろん、物語は学校の中だけで進むわけではありません。作品の舞台になっている鎌倉は、都会でも田舎でもない場所。多くの文化人を育て、多数の文学作品にも登場し、作家の記念館や文学館もあるまさに文化の街です。
その土地柄を意識してか、藤が谷では「演劇祭」というものがおこなわれます。国内・国外問わず名作と呼ばれる作品を舞台で演じる祭典ですが、男性役ももちろん女生徒が担当。
女性らしい美しさや儚さを残した「男装」は、「男性」とも「女性」とも違う特有の魅力があります。女性役も昔の作品らしい大仰な口調や女言葉で、「少女」が「女」を演じることで悩ましく艶めかしい生物の魅力を出しているのです。
藤が谷と鎌倉という場所に、登場人物の心境を重ねることで、少女たちだけの特別の世界を表現し、誰も踏み込めない秘密の花園をのぞいている背徳感を読者に与えています。
『青い花』は、あきらとふみの高校入学から成人後までの物語を中心に進んでいきますが、友人たちも一緒に成長していきます。
杉本は高校卒業後にロンドンへ留学し、かつての想い人だった男性教諭と姉の子どもの誕生を祝えるまでになりました。姉を真似て短くしていた髪を昔のように伸ばし、過去を乗り越えます。
京子は杉本と距離を置いたことで、1番そばで支えてくれていた許嫁の男性の存在の大きさに気づきます。日向子と織江も前に進み、春花もまた姉たちの関係と向き合って成長していくのです。
- 著者
- 志村貴子
- 出版日
- 2013-09-12
高校2年のときに無事交際を始めたあきらとふみですが、それは長くは続かず、2人は別れることになりました。あきらはまだ「恋」をわからずにいたのです。
2人は互いの体を触るようなこともしていて、そこまで許せる相手ならば特別であることには変わりありませんが、あきらはまだまだ子どもでした。
その後2人は、今までのように、とはいきませんが、他の友だちと同じように接して過ごします。そして高校生最後の日、偶然会ったあきらとふみは、海に立ち寄りました。あきらはふみに、まだ自分のことを好きかどうか尋ねます。
ふみはその質問にこう返すのです。
「あーちゃんのことなんて好きよ」(『青い花』8巻より引用)
「○○のことなんて」に続く言葉は「嫌い」を想像してしまいますが、ふみはここで「好きよ」と続けるのです。彼女の目からあふれる涙は、「どんな貴女でもきっと好き」と訴えているようでした。
この言葉を聞いたあきらは、こう言います。
「あたしもふみちゃんのこと好きだから もう少しひとりで考えさせてね その間にふみちゃんに好きな人ができたり あたしが別の人好きになっちゃうかもしれないけど」(『青い花』8巻より引用)
あきらは一体どんな想いを抱えていたのでしょうか。最終回を読んだ後に、彼女がふみとの別れを決意したところから読み返すと、あきらが何に気づいていなくて、何を知らなかったのかがわかります。
また本作には、最初から最後まで、あきらがふみに決まって言う言葉があります。最終回を読み終えてから作品を見直すと、最後に発せられたその言葉がストンと心に落ち、ふみの気持ちとリンクするように「好きだ」という感情が湧きあがってくるのです。
2人が迎える結末は、ハッピーエンドかバッドエンドか、ぜひ確かめてみてください。何度も読み返したくなること間違いなしの作品です。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2005-12-15
それぞれの少女たちがアイデンティティに迷い、マイノリティであることの難しさに戸惑う様子が余白の多い画面で繊細に描かれたこの作品。アニメ化もされた本作ですが、その画面の静かさや、コマ割りの表現から感じられる雰囲気は、やはり原作漫画からしか感じられないものがあります。
志村貴子の代表作であり、彼女の淡い雰囲気、空気感の良さが存分に味わえるので、彼女の入門書、百合漫画の初めての一冊にもおすすめの作品です。
淡々としながら読者の胸をチクチクさせるという、独特の魅力を漫画原作で読んでみてはいかがでしょうか?
読み返すごとに少女たちの気持ちに気づき、何度読んでも飽きない『青い花』。百合漫画を初めて読む方にもおすすめの作品です。
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