将棋に始まり、将棋に終わる。正に将棋尽くしの漫画が『或るアホウの一生』です。幼少期、尊敬していた棋士の死に際で、「一生将棋を指し続ける呪い」をかけられた主人公。その呪いの効果はいかに!?将棋を指し続けることに奮闘する熱き若者たちをご覧あれ!
トウテムポールの『或るアホウの一生』は、将棋に人生を捧げる男子高校生の、熱くひたむきな思いを描き切った作品。とにかく将棋の話で完結します。プロの棋士を目指したとしても、その門は果てなく狭いもので、ただ目指したからといって簡単になれるものではありません。
将棋好きの猛者が集まる奨励会のなかで、抜きん出た成績を残した者だけが成しとげることができる世界なのです。本作は、そんなプロ棋士を目指す彼らの姿を克明に描くことだけに専念しています。
近年緩やかな将棋ブームが起こっていますが、この作品の素晴らしい点は、ブームに乗っただけの緩い漫画ではないこと。将棋に始まり将棋に終わる、正に本格将棋漫画なのです。
また『或るアホウの一生』は、プロ棋士である橋本崇載八段が監修しています。本格派の将棋漫画あり、青春漫画としても読むことができる本作の魅力を、登場人物やストーリーなどさまざまな視点で紹介していきましょう。
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- 著者
- ["トウテムポール", "橋本 崇載"]
- 出版日
- 2015-10-07
将棋の養成機関、「奨励会」。そこは、プロ棋士を目指す猛者が集まる場所でした。17歳の瞬は、同じくプロを目指す、夏目、迫、牧野といったライバルとともに将棋に打ち込む日々を送っています。
四段を取ればプロ入りができる……しかし彼らの現実は、三段のまま負け続けています。なぜプロになれないのか、どうしたらプロになれるのか。いくら考えても答えは出ません。
三段の人の実力は、皆ほぼ同じ。普通に努力をしていても、周りのライバルたちも同じように努力をし、それではプロの棋士にはなれない……そう考えた瞬は、ついに一念発起。進学も就職活動も蹴り、社会と断絶するために、人とは違う奇抜なメイクを施して自らを飾り立てました。
自分の内面の弱さを、外見で無理やり左右する作戦です。頑張る方向が間違っているのでは?と思わずツッコミを入れたくなるような、虚しくも熱い奮闘が、読者をじわじわと魅了していきます。彼らの努力は果たして報われるのでしょうか。
『或るアホウの一生』にはさまざまなキャラクターが存在し、それぞれがプロ棋士になる厳しさや将棋界の苦悩を表現しています。
主人公は、17歳の高以良瞬。ひたすら真面目に、そして一本気に努力を重ねてプロを目指している高校生です。
ある日、プロ棋士になるためには何が必要か?と師匠に問われました。奨励会の会員は、全員自分と同じような努力をしている、ならば人よりも抜きん出たことをしなければプロにはなれない……
そう痛感した瞬は、ビジュアル系を彷彿とさせる極太のアイラインを引いたメイクをし、ピアスを開け、外見を変化させることで将棋が強くなるという暗示をかけました。
このメイクをしている間は、将棋においては無敵……そう自らに言い聞かせる瞬に、クラスメイトは「努力する方向間違っていないか?」と揶揄しますが、彼は気にしません。
両親や祖父母と死に別れている瞬は、自分を愛情かけて育ててくれている叔父や叔母のために、そして自分の存在を証明するために、なんとしてもプロになることを誓います。進学も就職も蹴って、プロ棋士一本を目指す熱き男です。
ひたすら一本気にプロ棋士を目指す瞬に、対抗する形で描かれているのが、瞬と同じ17歳の夏目です。彼は有名な棋士を祖父に持ち、幼少期から天才と謳われて育ってきました。常にそつのない将棋を指し、性格も瞬とは反対に感情を抑えるタイプです。
しかしその内実は、ひたすら負けを恐れる繊細な心を持っており、一戦一戦に恐怖を感じていました。
他人のことばかりを意識してしまい、自分の弱さを受け入れられない……一見天才肌に見えて、夏目はもっとも世俗的なキャラクターかもしれません。
おそらく読者は、最初は感情の起伏の激しい瞬に自身の気持ちを重ねますが、瞬の天真爛漫な性格と将棋に追い詰められながら悩みもがいている夏目に、いつの間にか心惹かれていくはずです。
なぜ将棋を指すのかと問われれば、なぜかは分からない、けれど将棋から退くことだけは考えたくない。負けたくない、皆に褒められたい……コンプレックスから将棋を指し続ける夏目。人間的な弱さを見せる彼は、天才ばかりが集まる将棋界のなかでも、ひときわ親近感を抱かせてくれる存在です。
23歳の迫は、医大生でありながら奨励会に通い、プロ棋士を目指しています。将棋の世界にどっぷり浸り、なんとかプロになりたいと思っている瞬や夏目とは違い、飄々としており一見真面目に取り組んでいないようにも見える迫。
なにかと突っかかり気味な性格の瞬をからかったり、対局中に煙草をふかして余裕を見せたりと、あえて将棋の世界に肩入れしていないようなキャラクターとして描かれています。
実は彼、複雑な家庭環境をもち、極貧の幼少期を過ごしていて、世の中はすべて金だと考えています。そのため将棋においても、金になることだけを目標にし、冷静に白星を勝ち取っていくのです。
その存在は、夢や希望ばかりを語り合うような奨励会の学生たちとは違います。たとえプロになっても、プロになったことに甘んじるのではなく、稼げなければ意味がないと言う迫の存在は、この漫画が単なる青春物語ではなく、泥臭い現実味を帯びたものであることを強調しています。
奨励会がいかに厳しい世界か、プロになることがいかに熾烈な戦いであるかを克明に表しているのが、牧野という存在です。迫と同年齢の牧野は、大学に通いながらプロ棋士を目指しています。正確は温和で、誰とでも打ち解けられる雰囲気をまとっていて、場を和やかにしてくれる役目です。
一見目立たない性格をしていますが、瞬は彼との対局の際、意外な一面を垣間見ました。
たとえ卑怯な手を使ってでも勝ちたい、相手を蹴落としてでも勝ちたい、と思わせんばかりの牧野の姿に、瞬はショックを受けます。結局その対局は、瞬が二歩を打ち、自ら反則負けをして終わらせます。
牧野の意外な一面を見た瞬は、一時将棋不信にもなりかけましたが、その一方で牧野は衝動を与えられていました。一本気な瞬の姿勢を見せつけられ、悩みます。
そしてその後、奨励会を辞めることを決意。プロ棋士への道を降りたのでした。
佐宗は、瞬と夏目の共通の目標として存在する棋士です。幼少期よりその存在を騒がれ、奨励会に入門して以降も天才と持て囃されながら、15歳の若さでプロになった正真正銘の天才です。
幼いころから周りが騒いでいたという共通の経歴を持つ夏目にとっては、いつも比べられる存在でもありました。
一方の瞬は、子供の頃に初めて将棋を教えてもらった棋士が、佐宗にも将棋を教えていたという事実を知って以降、彼のことを意識しています。
2巻まではその存在がいまだベールに包まれたままですが、この先の物語でおおいにその存在感を発揮してきそうな人物です。
三段になって以降、白星が続いている瞬。「負けっぱなしの人生」というどん底の文句から、なんとかプロになるために悩み苦しんでいます。
なぜプロになりたいのか、どうやったらプロになれると思うのか、そう師匠に問われた瞬は、ある日周囲もあっと驚く変貌を遂げるのですが……。
将棋に人生を賭ける、熱き高校生の日々が始まります。
- 著者
- ["トウテムポール", "橋本 崇載"]
- 出版日
- 2015-10-07
「遊びじゃありません。勝つために、プロになるためにやっているんです。」
「これを落としたら負けてしまいます。」
「逆にこの姿のときは負けない魔法がオレにかかってるんです。」(『或るアホウの一生』1巻より引用)
プロになるために、絶対に負けない魔法を自らにかけた瞬。メイクを施し、ピアスを開け、その変貌ぶりはふざけているとしか思えません。クラスメイトはもちろん、教師も家族も、そして奨励会からも呆れられてしまいました。
しかし彼は本気でした。人と同じことをしていてはプロにはなれないと思った瞬は、この日から、どうすればプロになれるのか本格的に考えはじめます。
彼と同じく三段の夏目は、外見を変えたところで実力が変わるわけでもない、とこの行動を馬鹿にします。しかし実は夏目も、奨励会のリーグ戦が始まる前には、ボクシングをして集中力を高めるという、将棋とは関係無さそうな努力を重ねるのでした。
1巻ではこのほかにも、奨励会に通う有段者たちの生活や人生観が、克明に描かれています。たとえば学生であれば、早起きをして将棋を指し、学校に行って授業を受け、家に帰っても将棋を指すという日々。
しかしどれだけ努力を重ねても、リーグ戦で勝ち残ったごく僅かな者しか昇段できないため、仲間全員でプロになることはまずありえません。どれだけ仲良くしている者同士でも、対局となれば敵なのです。
1巻の見どころはやはり、必死にプロになろうと奮闘している有段者たちの様子です。
馬鹿真面目に外見を変える瞬をはじめ、他人のことばかり気にして将棋が好きかどうかも分からない夏目、飄々としながらも真理をつく最年長の迫、温和な性格に見えて狡猾に他人を陥れようと模索する牧野……彼らが個性を発揮しながら、それでも同じ目標に向けてもがいていきます。
牧野との対局で、二歩打ちで反則負けをした瞬は、自分はただ真剣に将棋に取り組みたいのだということを自覚します。一方で瞬に自分の心理をつかれた牧野は、プロ棋士を夢見る世界から身を引くのです。
将棋界は、汚い手を使って成りあがれるほど、簡単な世界ではありません。しかし、努力だけをしていれば成り得るような甘い世界でもないのです。
瞬は、たとえ魔法の効力が落ちても、メイクを施した顔で将棋を指し続けます。
のほほんとしたタッチの作画のなかに、泥臭く熾烈な火花が飛び散る、不思議な雰囲気を保ってストーリーは進んでいき、読者を飽きさせません。
三段リーグ戦で勝利を重ね、夏目よりも先にプロになった瞬と迫。
一方、奨励会を辞めてプロ棋士を目指すことを諦めた牧野は、最後の対局で勝利し、有終の美を飾ります。
とうとう憧れのプロになった瞬ですが、リーグ戦での成績が悪く、プロになって以降の対局がなかなか決まりません。
- 著者
- ["トウテムポール", "橋本 崇載"]
- 出版日
- 2016-10-12
2巻では、1巻で描かれていた人間模様が、さらに複雑に絡みあいながら変化していきます。
人に負けることだけを恐れていた夏目は、なんとしてでも四段になってプロになりたいと願っていましたが、最終局であっけなく敗れてしまいます。一方の瞬は、力まずにまるで平生のように対局を進め、勝利をもぎとるのです。四段に昇格し、そのままプロの道へと進みました。
瞬に先を越されてしまった夏目は、1度将棋に距離を置くことを考えます。しかし離れれば離れるほど、将棋への気持ちが高ぶっていくことに気づくのでした。
自分は将棋が好きなのだろうか……?しかしたとえ好きかどうかの答えは出なくても、将棋を辞めることは考えられないと自覚し、これからも続けることを決意します。
見事プロになった瞬ですが、プロになる前に想像していたような晴れやかな日々が訪れるわけではなく、対局の日付も決まらずに淡々とした毎日を過ごしていました。
早く次の対局が決まってほしい……焦るばかりで何も起こりません。
一方の迫は、プロになってすぐに新人王戦の対局が決まります。幼少期から複雑な家庭で育った迫は、父親の影響で金の稼げない仕事に対して異常に嫌悪感を抱いています。
一見道楽のようにも見える将棋の世界で、なんとか勝利を掴み、金を稼ぐことができれば……コンプレックスを抱える彼は、泥仕合をくり広げながらも、ひたすら駒を進めていきます。
対局の相手は外見ばかりを重視するタイプ。そんな相手を前に、金がすべてだと駒を積んでいく迫の姿は、読みながら圧巻されてしまうでしょう。
2巻では、あらかじめ丁寧に打たれた各キャラクターの性格や性質の布石が、自然な形で動き出します。個性と個性がぶつかりあう様子は、将棋の知識がゼロでも十二分に楽しめるでしょう。
3巻では、ついに瞬が棋聖戦にのぞみ、プロとしての初試合を行う場面、迫と同期である林田と佐宗の試合が描かれます。
林田は今まで佐宗に負けたことがなかったことから、油断していました。しかしそこにつかみどころのない人物である佐宗が一矢報いるのです。
これぞ天才、と思わされるほどの見事な内容に、こういう人が上にいくのだろうと圧倒させられるものがあります。
- 著者
- トウテムポール
- 出版日
- 2017-11-10
本作は負けず嫌いで我が強い個性的な人物ばかりですが、その中でも最も平凡と言ってもいいのが主人公という珍しい設定です。そして3巻ではその対比がかなり鮮やかになされました。
瞬はやっと夢のプロ入りをしたものの、学校生活との両立にてんてこまい。テスト期間中に対局があるということで、家ではほぼ眠らずに相手の棋譜を見返し、学校では置いていかれた勉強内容についていくのに必死で、とバタバタしてしまいます。
そのあともイベントでサインを書き、壇上で挨拶をし、みんなが見ている前で将棋をうち、と慣れないことに、まるで「サラリーマン」みたいだ、と将棋だけをしていればいいという訳でないことに驚きます。
彼がサイン色紙に書いた言葉は、「いっしょうけんめいがんばります」というもの。他の棋士たちがかっこいい四文字熟語などを書いているのに比べ、この初々しさ。頑張れ瞬。
人と違うことを、と意識したものの、結局一番平凡な瞬。「鬼の棲家」と呼ばれるクラスもあるほど、気の強い人物たちが切磋琢磨する将棋界で、彼が本当の変化を見せてくれる日が楽しみです。
そんな鬼の狂気を早くも感じさせる佐宗の戦いぶりは、作品でご覧になってみてください。
『或るアホウの一生』は、「将棋なんてよく分からない」「難しそう」と思っている人にこそ読んでほしい作品です。登場人物の熱い思いがビリビリ伝わってくる本作を、ぜひ1度手にとってみてください。