勢いと矛盾が癖になる名作グルメ漫画『食キング』。 「名シーン」「迷シーン」ともに満載の物語について、見どころとともにご紹介いたします。
熱狂的なファンを持つクレイジーなグルメ漫画『食キング』は、誰よりも料理を愛する男北方歳三が、倒れかかった飲食店を、愛を持って厳しく立て直していくという物語の『食キング』。土山しげるの代表作です。
彼はグルメからギャンブル、極道まで描く漫画家で、シリアスとギャグを織り交ぜた王道展開を得意としています。この他にも『野武士のグルメ』、『喧嘩ラーメン』などでも有名です。
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
そんな土山しげるの代表作のひとつである本作は、奇抜な展開で読者を引き込む作品。ただ、その奇抜すぎるアイディアは、数々の「名エピソード」、「迷エピソード」を生み出してきたことで大変有名です。この記事では、とくに迷エピソードの魅力についてご紹介します。
ちなみに『食キング』というタイトルは「ショッキング」に掛けられたものです。物語の特徴を知るうち、ある意味でタイトルどおりの物語の魅力に気づくことができるでしょう。
主人公の北方歳三(きたかたとしぞう)は、寂れてしまった飲食店を突飛な修行と厳しい言葉で建て直していく「再建請負人」。彼の料理に対して一途な姿は曲がってしまった料理人の根性まで叩き直し、料理を楽しむ客で賑わう店へと蘇らせていきます。
ある日北方が訪れたレストラン・ミツバチの店主は、遠のいてしまった客足を取り戻すために新メニュー「ハヤシ・カツカレー」を作ります。しかし、店主には料理人としての欠点があり……。
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
- 2010-09-18
20年以上営んでいるレストラン・ミツバチですが、店主の怠慢から粗末な料理しか提供できず、店には借金ばかりが増え、生活は困窮していました。息子の翔一も親の店のことを周囲からバカにされ、残り物を詰めただけの弁当を恥ずかしく感じる日々を過ごしていたのです。我慢ができなくなってしまった翔一は弁当をゴミ箱へ投げ込もうとしました。
そこに北方が現れます。翔一を連れて店に帰った北方は翔一の事情を説明し、さらに弁当のエビフライを食べて「仲間にバカにされたから弁当を捨てたというだけではない」「この味は心から食したいと思うものではない」ときつい言葉を浴びせたのです。
その後、北方の言葉で自分が料理人として失格だったと気づいた店主は北方に店の再建を懇願します。この店主は料理の一手間を惜しむような怠けた料理人でしたが、調理道具だけはいつもピカピカに磨いていました。その料理人としての気配りを見逃さなかった北方は協力を引き受け、店主にある修行を課したのでした。
店主はとある小学校に連れてこられると、調理室に案内されました。「ここで今から600人分のカレーを作れ」というのが、北方が店主に出したミッションだったのです。店主は戸惑いながらも調理を開始し、途中でバカバカしくなってサジを投げそうになりますが、ふと眺めた窓の外に自分のカレーを楽しみにまっている子供たちの様子を見つけ、使命感を取り戻したのでした。
「美味しい」と言ってもらえることこそ料理人の誉れだと痛感した店主は、今度こそ美味しいカレー料理を作って賑やかな店を取り戻したのでした。と、ひとまず一件落着してはいますが、よく見ると気合で乗り切っている部分と矛盾とでツッコミどころが満載です。
まずは小学生600人分のカレーについて。すでに児童たちが校庭で遊んでいるということは登校してからある程度時間が立っています。そこから1人で調理をはじめて給食の時間に間に合わせるというのは本当に可能なのでしょうか?
さらに、レストラン・ミツバチは未払いの家賃などの借金があって首が回らない状況ですが、北方はそこから「手助け料」として20万円もむしり取っています。というか、20万があったなら「今月払えなければ出て行け」なんて言われる前に手は打てたような気もします。
そもそも、本作の主人公である北方歳三の名前が一度も出てきません。辛うじて北方から学校の厨房を貸すように頼まれた関係者が「北方さんのたのみなら」と発言していますが、店主や翔一にとっては「名前も知らないおじさん」なわけです。よく信じられましたね……。
この第1話の他にも突っ込まずにはいられないエピソードが多数登場します。「依頼はメールで請け負う」と言ってるのに突然来訪したり、今後の物語に関わってきそうな人物が、その後一切姿を表さなくなったり。これらの矛盾と勢いは本作の特徴とも言えます。しかし、そんな細かいことはどうでもいい!と思えるほど熱い作品です。
北方歳三の決め台詞は「質問は一切認めん!」。質問、というのは修行にかかわるもののことです。まずは無心にやれ!ということを言いたいのでしょうが、その修行はどれもこれも奇抜な内容で、中には「なんの役にたつの?」と最後まで疑問が残るものもあります。
ある老体の店主に絶品のオムライスを作らせようとしたエピソードでは、米一升を入れたフライパンの素振り200回や、毎日5kmのランニングなど、まるでスポーツ選手のようなトレーニングを課しました。しかしそれは今後大量に流れ込むこととなる客に対応するための体力と、美味しいオムライスの決め手となる卵のクオリティを上げるために非常に役立ちました。
しかし、かつて表彰されるほどの美味しい餃子を作っていた店主がどんどん腕を落とし、自慢の餃子を注文されなくなってしまったエピソードでは、北方は店主に10日間ホテルのベルボーイをさせます。
店主はとにかく、重たい荷物を両手に持って階段を上り下りし続けました。その作業は、餃子の皮を作るための水を運ぶ作業とほぼ同じで、「水を運ぶ」という目的のためには役立つ修行でしたが、その後の「餃子を作る」という作業にはあまり関わってきません。
どんなに意味不明な修行でも「質問は一切認めん!」のセリフがあるかぎり必要性は謎のまま。それを信じて懸命に立ち向かう料理人たちの苦労が感じられます。
様々な修行を料理人たちにさせ、そのあとにできた料理を北方が名付けるのですが、当初こそ普通のネーミングでしたが、どんどんセンスが壊滅的になっていきます。
越後ショートというイチゴショートケーキをダジャレでネーミングしたものや、開運カレーという怪しいものはもちろん、『極食キング』になってからは完全に親父ギャグ化。
冷やしラーメンを癒しラーメンと名付けたり、舞妓さんがいるレストランで自分の好きなものをいくらでも乗せてOKな丼をMy好飯(まいこーはん)と名付けたり、様々な調味料で色付けした唐揚げをカラー揚げと名付けるなど、単にこの名前をつけたかったからこの話にしたのでは……?と疑問に思うようなものになっていきます。
本作は突っ込みながら読むのが面白いので、それもまぁ悪くはないんですがね……。
『食キング』にはさまざまな迷エピソードがありますが、その中でもとびきりのものをご紹介します。まずは「秋田おにぎり合戦」です。
ある事情で肩を負傷した北方は、バイクに乗っていたところで体力の限界を迎えてしまいます。それを偶然見つけて助けたのが、おにぎり屋「かにえ」の店主蟹江でした。
実はかにえは商店街周辺地域の過疎化の影響で客が減り、さらにかにえを商店街から立ち退かせようとする組織までありました。そんな圧力には負けないとばかりに蟹江は店を盛り上げようとし、北方もそれに手を貸しますが、その時北方は「今夜厨房をお借りますが、決して中を見ないでください」と頼みます。
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
- 2002-08-09
まるで、鶴の恩返しのよう。不思議に思いつつも北方の言う通り、その夜は厨房に入らなかった蟹江ですが、彼が見たのは厨房の扉にうつる、1羽のツルの影だったのです!北方はいったい何をしていたのでしょうか……?
さらに蟹江は修行のために寺で生活させられます。この時北方は何も言いつけなかったため、蟹江は何をしたらよいかもわからないまま何もせず過ごすこととなってしまいました。そんな彼の前に突然、天狗が現れます。
妖怪を見てしまったと怯える蟹江は寺に来たことを大変後悔しました。その後も「喋る観音像」に「おにぎりを握る鬼」など、たくさんの存在が蟹江の前に現れますが、これらはすべて北方が仕掛けた修行で、天狗や鬼の正体も北方だったのです。
手は込んでいるけれど、今度こそ意味のない修行なのではないか?と心配になりますが、寺での生活はおにぎり職人としての蟹江にとって大切なものとなります。シリーズ市場もっともファンタジックなエピソードです。
二つめの迷エピソードは「仙台ピザ戦争」。北方に依頼に出したのは、ピザ職人になるために修行していた永倉新吾でした。彼は先代社長の名を受けて5年もの間海外でピザの修行をし、大手食品会社「青山フーズ」直営のピザ専門店を出店する予定でした。しかし、後継者となった青葉政宗は宅配ピザ業界に参入するといい、永倉は解雇されてしまうのです。
どうにかして仙台に店を出そうとするも、すでに政宗の息がかかった不動産会社は永倉に店舗を貸すことができません。途中で永倉は諦めそうになってしまいますが、それを北方が支え、なんとか空き家を見つけて店の開店にまでこぎつけたのでした。
政宗による青葉フーズの宅配ピザが不評の中、永倉の店は修行による成果でどんどん人気となります。ようやく政宗も永倉の腕を認めて和解し、これからは青葉フーズで店をバックアップしていこうとしたのですが……。
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
- 2002-07-09
翌日、永倉と政宗が店にくると、店名が変わっています。不審に思った永倉は店に飛び込み、出迎えてくれた北方の姿を見て一度は安心しましたが、どういうわけか北方は「ここは自分の店」だと言い張るのです。
北方の突然の裏切りに永倉は衝撃をうけますが、永倉が店の中心となっていた時よりも店は繁盛していました。人気の秘訣は「空飛ぶピザ」。焼きあがったピザを釜から出し、ヘラを使って客のテーブルまで投げるという荒技でギャラリーを盛り上げていたのです。
「食べ物を粗末にするな!」と要所要所で怒っていた北方ですが、食べ物を投げ飛ばすこと粗末にしているうちには入らないのでしょうか。そして何より、なぜ突然永倉の店を乗っ取ってしまったのでしょうか。依頼者のために何をしでかすかわからない、仙台での北方の行動に注目です。
迷走に次ぐ迷走を重ねたグルメ漫画『食キング』は、単行本27巻が最終巻。この時北方は高級蕎麦店を営んでいましたが、彼を潰そうとする影が動いていました。人気店に適当なクレームをつけては、バッシングばかりを書いた記事を雑誌に提供している人物たちです。
彼らにいちゃもんをつけられた北方の店のスタッフは、怒りが収まらず客に意見してしまいます。そのシーンを写真に収められ、雑誌に公開されてしまったのです。その雑誌から北方の危機を感じ取ったのは、今までに彼の手で再建されてきたたくさんの店の人間たち。北方に絶対の信頼を置いている彼らは集まり、北方の助けになろうとします。
道場に集められた料理人たちは、日本の食の危機について熱く語り合っていました。皆、北方歳三という料理人をよく知っているだけに、自分たちも心の底から料理を愛する料理人になっていたのです。その彼らの前にようやく姿を合わした北方でしたが、北方が彼らに聞かせた話とは……?
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
- 2004-06-18
今までたくさんの店を助けた彼の窮地に駆けつけたのは、彼の世話になった料理人たち。感動的なシチュエーションです。日本の食の未来について悲観しあっていた彼らは、やっと現れた北方の熱い言葉に耳を傾けていました。
しかし、「日本の食の崩壊」についてさんざん熱弁した北方の話は、誰も予測していなかった方へと流れていきます。せっかく日本を立て直すために一致団結した料理人たちに、北方が最後にかけた言葉はまさかの……。
最後までクレイジーな料理人、北方歳三の姿に驚かされることでしょう。
本編の1話目から最終250話まで、勢いと気合いのみで突き進んできた『食キング』。ここでご紹介した迷エピソードはほんの一部です。ぜひ実際に手に取り、癖になってしまう世界観を楽しんでください。
- 著者
- 土山 しげる
- 出版日
- 2009-12-28
ショッキングな面白さに溢れた料理漫画の本作。読みながらそのぶっとんだやり方をどんどん心待ちにしてしまう内容です。
今回はそんなツッコミどころをご紹介しましたが、本作はそれだけでない、真面目に面白いと思える内容もしっかりとあります。
北方は徹底的に客目線でこの店に何が足りないのか、この店の本当の問題点は何なのかを的確に見抜きます。その短所を独特すぎるやり方、考えで解決しようとするのですが、それもまた、時にはそういうことだったのか、と膝を打つようなものもあるのです。
そのやり方は多くのビジネスマン、マニュアル通りに仕事をしようとし過ぎてしまう人に何か気づきを与えるものでもあります。
ぜひ本作のツッコミながらも学ぶところのある名作料理漫画を作品本編でご覧になってみてください。
はじめから終わりまで料理づくし!笑いどころじゃないはずなのに、なぜか笑えてしまうのは本作の特徴であり、独特の魅力です。ご興味がおありでしたら、ぜひ読んで見てください。