伊藤雄一先生は、人とコンピュータの関係をより良くすべく、新たなインタラクション技術の確立に関する研究に従事するなど理系分野で活躍していらっしゃいます。そんな伊藤先生が、本を読まない理系学生のための本を3冊選びました。
理系の大学の先生をしていると、当然、周りの学生も理系がほとんどとなる。彼らと研究について語り合うのは楽しいのだけど、たまに彼らが書いた論文やレポートを読むと、言葉の選び方とか、言い回しなどがどうしても気になってしまう。良く聞くとあまり本を読んでいないらしい(母集団nはそこまで多くないけども)。
本を読むことは、語彙や表現を学んで論文などの物書きに活かせるだけではなく、小説の主人公に同化して仮想体験をしたり、著者の考え方に触れる、すなわち著者の脳と接続するような世界を、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶらず、脳にコネクタを挿さずとも体験できるのだ。つまり、読書体験というのは、人類が培ってきた過去の文化ではなく、バーチャルリアリティやマトリックスの世界のような未来的なものでもあるということ。この書評では、特に読書に慣れていない理系学生さんを、そんな体験に誘うために、是非とも読んで欲しい本を挙げていこうと思う。
さて1冊目はアドラーの「本を読む本」である。 「服を買いに行くための服がない」とはネットで良く見るコピペだけど、本を読むときも実は本を読むための準備が必要であることは知っているだろうか。
特に大学のレベルになると本を漫然と読むのではなく、その本がどのような本なのか、そして著者の主張は何で自分にどのような情報を与えてくれるのかを引き出しながら読む必要がある。さらに、本ありきでテーマを考えるのではなく、テーマありきで横断的に何冊も本を読むことで、そのテーマについての考え方を深めていく必要があるのだ。
本書はそんな読書するための方法論として、読書を4段階(基本読書、点検読書、分析読書、シントピカル読書)に分けている。それらの中で最も重要なのは「分析読書」と「シントピカル読書」だろう。簡単にまとめてみると……
「分析読書」はその名の通り、一冊の本を分析しながら読み、深く理解するための読書。著者の問題設定、そしてそれに対する主張を解釈した後、読者本人が批評をすることでさらに理解を深めるという読書法だ。1冊を深く読み込むので、著者の論理の流れを強く意識することになる。
- 著者
- J・モーティマー・アドラー V・チャールズ・ドーレン
- 出版日
- 1997-10-09
一方、本書のキモ中のキモとも言える「シントピカル読書」は、ある一つのトピックに対し、複数の本の必要なところを読み込んで、読み取った答えを統合的にまとめていく読書法のことだ。1冊の本の論理に流されるのではなく、自分で主観的に論理を作りあげるイメージ。多数決の読書版と言ったところか。
方法としては、巻末の参考文献などをたどっていくのが王道だけど、今風にネットを活用するなら、Amazonの「よく一緒に購入されている商品」や「この商品を買った人はこの商品を買っています」「この商品を見た後に買っているのは?」を参考にするのもアリだと思う。
実はこの「シントピカル読書」は、大学で研究するために必須の読書法なのだ。たとえ理系の研究でもだ。理系の研究と読書法?って声が聞こえそうだけど、この読書法は論文を書くのに必須の方法なのだ。
一般に研究は、論文を出して初めて研究として世の中に認められる。その論文の最後のページには必ず「参考文献」があるのだ。要はこの論文は、過去の文献をしっかりと調べた上で、未だ見つかっていない答えを見つけたものですよと主張しているわけだ。
まさに著者が問題を設定し、過去の文献を横断的に読み込み、その問題に対する解が存在しないこと、そして、著者らの主張を過去の文献を参考にしながら組み立てた結果が「論文」で、その方法こそ「シントピカル読書」なのである。
だけど、読書慣れしていない人にとっては、文字も小さく量も多く、若干とっつきにくく感じるかもしれない。「『本を読む本』を読む本」が必要かもと感じるかもしれない。でも誰にでも最初の一歩はある。是非ともこの本から、その一歩を踏み出して欲しい。
それがYahoo!ニューストピックスに掲載されるニュースの見出し最大文字数だということをどれくらいの人が知っているだろう。漢字は1文字でも意味を表すことのできる表意文字なので13文字の中にもかなりの意味を込めることができるけど、所詮13文字である。そんな、短い文字数で多くのことを伝えないとダメなもののうちの一つが「広告コピー」なのだ。
1冊目で精読するための方法について書かれた本、どちらかというと長い文章を読むための本を紹介したのに、ここで紹介するのはその対極にあるとも言える、いかに短い文章で人を動かせるかという「広告コピー」を集めた本である。
広告のキャッチコピーを作るのは大変にシビアである。そもそも読者はその広告を読もうとしてページを繰っているわけじゃない。雑誌や新聞を流し読みしているとき、ぱっと目に入った瞬間に、その文字・言葉から、ありありとストーリーが見え、その内容が人ごとではなく自分ごとになる、つまり心に刺さらないと読んではもらえない。簡単そうに見えて実は奥が深い、それが広告のキャッチコピーなのである。
- 著者
- 出版日
- 2013-02-20
だからこそ、心に残るキャッチコピーは名作として語り継がれていくのだろう。たとえば、「海も山もある故郷を、なにも無い町と呼んでいた。」というコピー。これは、とある飲食店の広告のキャッチコピーなのだけど、これに居酒屋のカウンターで飲む主人公の描写がボディコピーとして続く。
何もないと言って数年前に捨ててきた故郷に想いをはせながら、お酒をちびちび飲んでいる主人公が見えると同時に、自分が飲んでいる姿も、そしてみなさんの故郷も見えてこないだろうか。
他には「今年のカープは、春場所から秋場所まで愉しめる」というコピーも秀逸だ。もちろん広島カープの応援広告で、それに続くボディコピーの締め、「『勝(ショウ)タイム』、始まり始まり」というのもなかなか気が利いている。日本シリーズに広島カープが出場しているシーンが見えてくるようだ。
本書はこのようなコピーを紹介するとともに、その作者がなぜ、どのような考えでコピーを作ったのか作者自身が書いていて、コピーの後ろにある思想が見えたり、作り方が解説されていたり、コピーを読むだけではない楽しみ方も出来る。
そして、せっかくなので読後は自分でいろんなキャッチコピーを考えてみるのも、本書のもう一つの楽しみ方かもしれない。何を宣伝するキャッチコピーを作るかというのは答えはないけど、たとえば、自分自身を就職面接でアピールするときのキャッチコピーはどうだろうか?
その一言を聞くだけでその人がどんな人か分かる。そして、その人の背後にあるストーリーがありありと見えてくる。そんなキャッチコピー。その経験はマイナスに働くことは無いはずだ。ま、そんなことしなくても、勉強や研究に疲れたときなど気分転換にぱらぱらっとめくるだけでも十分楽しめる。短くも奥深い、そんなキャッチコピーの世界に是非とも浸って欲しい。
読めばやる気が出る本というのは精神安定上、非常に重要で、是非とも数冊持っておくべきだ。私にとってこの本はそのうちの1冊。
本屋で周りを見渡すと、とかく自己啓発系の本であふれかえっていて、本書もそのうちの1冊かなと思って手にとって読んでみたんだけど、はっきり言って全く自己啓発には役立たない。
さらに、タイトルだけを見ると「どうやって?」を解説しているハウツー本のように見えるけど、そうでもない。じゃあこの本は何の本か?正解はヒーローものである。主人公は地方の市役所のふるさと振興係の課長補佐という一公務員。そんな彼が目の前に立ちはだかる困難という名のモンスターを、ばったばったと切り倒すヒーローものなのである。
彼のラスボスは、限界集落となった地域を再生すること。そのために知恵を絞り、戦略を練り、さまざまな武器を手に目標を達成するのである。
- 著者
- 高野 誠鮮
- 出版日
- 2015-06-23
この武器を手に入れる闘いというのがまぁ面白い。たとえば「後出しじゃんけん法」。これは事をやり終えてから事後報告するという方法で、会議や上司にお伺いを立てる稟議書などがない分、スピードが速い。
普通のお役所感覚だとこういうのは絶対に受け入れられないのだけど、“従前の裁量権を持った人たちの判断が正しかったら、集落はこうは疲弊していないはず”という考え方で、この方法を推し進めていくわけだ。
彼の発想をおお!と思った例としては、特定の田んぼのオーナーになって、収穫時期にはお米が届くというお米オーナー制度を始めるときに、アメリカのAP通信、フランス通信社のAFP、イギリス通信社のロイターにリリースを流していることだ。日本の一地方の限界集落のお米のニュースを世界の3大通信社に投げようという発想はなかなか出てこないのではないか。
いかに話題を作るために発想するかが、本全体にわたって詳細に書かれていて小気味よい。ローマ法王にお米を献上したのもそうだし、UFO伝説が残ることからUFOで町おこしを企んだり、ついには国連でUFOに関する国連決議を参照して記者会見するに至っている。まさにヒーローなのである。
なので、この本から何かを掴もうとか考えてはいけない。やる気が出ないとき、辛いとき、困難にぶつかったとき、是非この本を読んで欲しい。目の前がぱっと開ける瞬間を追体験できる本書は、これらの症状にまさに良く効く。
読書慣れしていない理系学生に贈る本という観点で選んでみたけどいかがだろうか?これらの本がきっかけとなって新しい読書ライフが生まれることを願っている。