「宇宙地球科学」専攻というのは大阪大学だけの名前です。研究対象は。地球内部から、太陽系、宇宙全般まで森羅万象すべて、とのこと。そんな大阪大学大学院理学研究科 宇宙地球科学専攻教授の寺田健太郎先生が紹介する本です。
太陽系外に奇妙奇天烈な惑星が次々と見つかり、現代はまさに、天動説から地動説への大転換に匹敵する、パラダイムシフトの真っ只中。はたして、地球のように「生命を育む星」は、宇宙にありふれているのか、いないのか?「生命の星」の条件とはいかに!?
1995年の太陽系外惑星の発見以来、摩訶不思議な惑星が次々と見つかっている。本書評執筆時、その数は5287個にのぼり(http://www.exoplanets.org/)、「『水金地火木土天海』の8つの惑星からなる我々の太陽系は、あまねく存在する多種多様な惑星系の一形態にすぎない」という自然観の大転換が起こっている。その一方で、生命は地球でしか見つかっておらず、太陽系第3惑星「地球」は、惑星達の中では異質な存在でもある。母なる星「地球」の誕生と進化は、普遍的なのか、偶発的なのか?
- 著者
- 阿部 豊
- 出版日
- 2015-08-26
「水」、「プレート」、「大陸」、「酸素」、「海惑星と陸惑星」、「巨大衝突」「大気と水の保持」、「軌道と自転」という惑星形成論の著者ならではの切り口で、読者の好奇心や疑問を引き出しながら、「謎解き」のごとく、エレガントに「生命の星の条件」を解説していく構成は圧巻である。これまで数多くの「宇宙における生命の存在」について論じた本を読んできたが、彼の解説は鮮やかで、面白さ/明快さで群を抜いている。
例えば、生命活動に欠かせない「水」。惑星が液体の「水」を持てるか否かは太陽からの距離で決まる(金星は太陽に近すぎて水蒸気、火星は遠すぎて氷になってしまう)。距離がちょうど良いと「液体の水」を持ちうるが、形態的には「海惑星」と、ほとんどが陸地でところどころに湖があるような「陸惑星」の2つ種類に分けられる。地球の場合は、表面の約70%が海であるが、質量的には地球全体の0.023%しか水はなく、「湿った泥団子」よりも乾いている。ではもし、地球の水の量が現在の10分の1しかない「陸惑星」だったら生命は存在できるのだろうか?
直感に反して、そうした「陸惑星」の方が生命が存在できる期間は長いらしい。逆に、これまで数十億年にわたって比較的温暖湿潤の環境であった「海惑星」の地球は、あと10億年で「多量の水が仇」となって暴走温室状態になり、気温は1000度を超え生命の住めない環境になるという。惑星科学(分析)が専門の私であるが、惑星形成の第一人者(理論屋)の洗練された論理展開に、どきどきわくわくと魅了されてしまった。
実験室における物理法則や化学反応、地上における地質現象を宇宙における普遍則へと拡張した「宇宙物理学」、「宇宙化学」、「地球惑星科学」が自然科学の潮流となって久しい。生命生存に必要な「材料物質(有機物)」、「エネルギー」、「液体の水」の3拍子が揃った天体がいくつも見つかっている昨今、最後の基礎学問分野である生物学が、宇宙における普遍性を問う「宇宙生物学」へと変貌するのかしないのか。本書はそんな現代の指南書になるだろう。
基礎科学データは未来永劫変わらない、などと思うことなかれ。現代科学は日進月歩。人類の最先端研究の「粋(すい)と動向」がぎっしり詰まって1400円!これは大変お買い得!
理科年表は1925年創刊の古くて新しいデータ集。誤字脱字は絶対に許されないという宿命のもと、各分野の第一線の研究者が日進月歩の最新データを吟味・推敲し、毎年毎年、丹念に改訂を行っている。
例えば、高校物理の基本中の基本で、アイザック・ニュートン(1642-1727年)の時代から使われている重力定数Gは1979-2010年度版の理科年表では6.672×10-11 m3 kg−1 s−2だったのが、2011年以降は精度があがり6.67428×10-11 m3 kg−1 s−2に変更。
- 著者
- 出版日
- 2017-11-21
また毎日毎日、70億人もの人が見上げている「太陽」の炭素、酸素、窒素などの濃度も、2016年には従来の値よりも30~40%も(!)下方修正が行われた。研究者生活約30年の私でも、本を開くたびに新発見のあるデータ集なのである。
読者の皆さんは「無味乾燥の「数字」がちょっと変わったくらいで、なに?」と思われるかもしれない。しかし、その1つ1つのデータは、分析装置や観測装置の性能向上や、モデル計算の高度化など、科学者のたゆまぬ努力の結晶なのである。また本書の性格上、掲載されるデータは世界で一番信頼のおけるデータだけ。2番ではダメなのだ。なので、掲載されたデータの陰に日の目を見ない死屍累々のデータがあることを想像してやまない、味わい深い本なのである。
またあまり知られていないかもしれないが、理科年表は「科学」読み物としても充実している。毎年毎年、最新のトピックスが加筆され、例えば平成29年度版では、「重力波の初観測と重力波天文学の幕開け」、「重力波とマルチメッセンジャー天文学」、「新元素 ニホニウムの発見」、平成30年度版では「火星の大接近と小接近」、「M型矮星周りの地球型惑星の発見(プロキシマb)」、「太陽系の氷衛星の地下の海(エンケラドス、エウロパ)」などなど。その年、その年の自然科学の動向や息吹をつぶさに感じ取れる科学情報誌代物でもある。
さらに、過去の約90冊を通読すると、科学の「営み」の諸行無常を読み解くこともできる。たとえば、冥王星が発見されたのは、理科年表の初版(1925年)よりあとの1930年。理科年表には1935年度版にプルートーとして初登場し、以後約70年間9番目の惑星として君臨するのだが、2005年に冥王星よりも大きい天体(Eris)が見つかったことがきっかけに「準惑星」に分類され、2008年度版の理科年表の惑星表からは「冥王星」の文字は抹消されてしまう。
日本の物理学の祖である寺田寅彦先生は「科学者とあたま」の中で、「科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である」と述べた。理科年表とは、そんな科学者たちの汗と涙の戦いの記録書なのである。