今野敏おすすめ文庫作品12選!「隠蔽捜査」「ST」シリーズだけじゃない!

更新:2021.12.13

警察小説・SF・伝奇もの・バイオレンスなどあらゆるジャンルにわたって精力的に書き続けている作家・今野敏。エンターテイメント性があり、映像化されて人気シリーズとして愛されている作品も多くあります。今野敏の作品の中から選りすぐってご紹介しましょう。

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今野敏おすすめ文庫作品12選!「隠蔽捜査」「ST」シリーズだけじゃない!

今野敏は、1955年北海道生まれの人気作家です。1978年上智大学在学中に書いた『怪物が街にやってくる』で、第4回問題小説新人賞を受賞し、作家としてデビューします。

大学を卒業後、いったんは就職。会社は日本人なら誰でも聞いたことがあるであろう東芝EMI。そう、あの有名なレコード会社でした。そこで彼は、後にTM NETWORKとなる前身バンドのディレクターや、オフコース・甲斐バンドなどの宣伝を担当しました。1981年に退社してからは作家に専念しています。

今野敏は、多趣味でも知られ、射撃やダーツ、スキューバダイビング、模型製作など多岐にわたって楽しんでいますが、中でも玄人とも言えるのが空手で、なんと自分の空手塾を主宰しているほどなのです。

その影響は作品にも表現され、人気のSTシリーズ『黒いモスクワ』などで、空手や格闘技
のシーンを見事にリアルに描いています。

初期の作品では伝奇ものが多かったのですが、心理描写に定評のある警察小説も数多く生み出しています。「神南署安積班」シリーズでは刑事のチームワークを、前述したSTシリーズでは異彩を放つ個々のキャラクターの働きぶりを描いて根強いファンを獲得しています。その他にも「隠蔽捜査」シリーズなど、数々のシリーズものを描いて高い評価を得ています。

7作もの作品を同時進行で執筆することもあるほどのバイタリティの持ち主であり、2013年からは、江戸川乱歩賞を選出する日本推理作家協会の理事長を務めています。

今野敏の傑作社会派推理小説『リオ―警視庁強行犯係・樋口顕』

荻窪のアパートで年配の男性が何者かに殺害される事件が発生し、荻窪署に捜査本部が設置されます。目撃者の話では犯行が行われた部屋から1人の高校生くらいの美少女が飛び出して走り去ったとのことでした。その少女は髪が濡れていたうえソックスを履かずに手に持っていたという事から、捜査本部は女子高生と援助交際をしていた男性が何らかのトラブルが原因でその女子高生に殺されたのではないかと推測するのですが、本庁から派遣された強行犯第三係の樋口警部補は、その推測に違和感を覚えます。

その後新たな殺人事件が起こり、またしても被害者は年配の男性で現場から逃げ去る美少女が目撃されたことから前回の事件と同一人物の犯行と推定されます。

さらに捜査の結果、現場から逃げた女子高生は「飯島理央」と判明しますが、類まれな美貌を持つ理央に樋口は強く魅かれてしまうのでした。

著者
今野 敏
出版日
2007-06-28

本作には樋口から見た警察内部の人間関係や年齢差による世代感などが随所に描かれていますが、実はこの世代感が事件の大きな鍵となっています。

実直で堅実に仕事をこなす樋口は周囲の人間からの信頼が厚い人物ですが、本人は警察官の大多数が持つ体育会系的な性格が苦手なうえ、人の顔色が気になって仕方がない性格の自分に自信を持てずにいました。

樋口より少し年配の警察官らは全共闘時代に学生たちと戦って制圧してきた世代です。そして樋口が大学生の頃は先輩たちが学生運動により学校の機能を破壊し尽くした後で、自分たちの世代はひたすらその後始末に追われ、後輩たちは自分たちが片付け終わった後に無責任で自由な時代を謳歌したように思っていました。

また樋口には理央と同世代の娘がいますが、普通の高校生活を送っている自分の娘を見る限りでは、少女たちがブルセラショップで自分の下着を売り、売春や援助交際、薬物を使用している事などが実感できずにいます。

世代で一括りに人間を判断してはいけないと思いつつも樋口には前の世代への偏見があり、前世代の人々の行動が人の顔色ばかり気にする自分の性格を形成したと思い不満を持っていました。しかし前世代の結果が現在の自分であるように、自分の世代の行動も後輩たちの人間性を形成する原因となり、さらにはその結果が自分の娘の世代へも繋がっていくことに思い至った時、樋口には事件の全貌が見えてきます。

事件の推理の醍醐味もありながら登場人物の人間性を通して現代の社会や人としての生き方についても考えさせてくれる、社会派推理小説の傑作です。

誘拐事件の被害者は3人!緊迫する心理戦!『TOKAGE 特殊遊撃捜査隊』

警視庁捜査1課に置かれ、迅速に行動する必要のある時に大型バイクを操って密かに、そして確実に犯人に迫る特殊部隊トカゲ。トカゲ達は、バイクを転がすだけではなく交渉術や突入訓練など特殊犯罪に対応するべく連日の厳しい訓練を欠かしません。

銀行の行員3人が1度にさらわれ、10億円の身代金が要求されるという前代未聞の誘拐事件が勃発、トカゲからは新米の上野と先輩の涼子が特捜本部に待機します。

この上野と、新聞記者の湯浅の2人の目線で語られる話になります。特捜本部と、銀行内部に設置された前線本部の2箇所で繰り広げられる心理戦は、犯人と警察だけではなく、警察内部での心理戦でもあるのです。

やけに銀行の内部事情を熟知していて、ネットに詳しい犯人の様子に、当初、バブル崩壊後の生き残りを図った銀行の貸し渋りによって苦しめられた者の恨みとみられていたのですが、次第に違った様相を呈してきます。真相やいかに?
 

著者
今野 敏
出版日
2009-12-04


捜査本部の高部係長と阿吽の呼吸で連携して動く涼子、前線本部で交渉に当たる加賀美など、信頼を集める刑事に憧れながら自らもトカゲとしての初めての現場でしっかりと仕事をする上野など、魅力的な人物が活躍します。

また、刑事とわずかな時間差で情報を手に入れるために奔走する記者の姿も光っています。

1つの事に対する刑事の考えがそれぞれ異なっているのが興味深く、どんな職場でも最終的に必要なのは信頼関係のもとでの連携した仕事なんだなと感じます。

誰が何を隠すのか?秘められた真実とは?『隠蔽捜査』

2005年の刊行以来、8作もの単行本を打ち出している今野敏の「隠蔽捜査」シリーズ。その第1作となる記念すべき作品が本作です。

主人公、竜崎伸也は警察庁に勤めるキャリア官僚。私利私欲とは無縁で、周囲の視線もどこ吹く風で日々職務をまっとうしています。

そんなある日、足立区で暴力団員の殺人事件が発生します。直ちに事件解決へと取り掛かる竜崎。捜査を進めて行く中、事件に警察官が関わっている疑惑が浮上し、竜崎達は困難なかじ取りを迫られる羽目になります。

さらに竜崎の息子、邦彦が薬物をやっていたという事実まで発覚。竜崎は親の情と警察官としての矜持、そして積み重ねてきたキャリアの三重苦に苦しみます。

果たして事件は無事解決することができるのか、竜崎は息子の罪をいかにして裁くのか、そして誰が何を「隠蔽」しようというのか……。

著者
今野 敏
出版日
2008-01-29

本作において、やはり1番注目すべきは主人公である竜崎伸也でしょう。警察という「公」の為、家族や欲求といった「私」を殺し、いかなる時でも職務へ忠実に望む優等生。「変人」「組織の犬」とこき下ろされながらも、あくまで持論を展開し貫こうとする姿は、時として読者は違和感を覚えるかもしれません。

そんな彼が決して嫌われ者として終わらない理由、それは根っこの部分で感じさせる人間性にあります。

下らない理由で犯罪という一線を越えた者を軽蔑し、被害者及びその遺族に同情する。事件が起きればいの1番に駆けつけ、早朝だろうと深夜だろうとお構いなしには職務に励む。家族に対して薄情とも取れる態度をとりながら、その実息子や娘の将来を深く案じ考えている。このように所々で見られる人間味こそが最大の魅力であり、作中における周囲からの信頼となっているのです。

また、竜崎を取り巻く周囲の人物も見逃せないところです。同じキャリア官僚仲間であり、小学校からの因縁を持つ伊丹俊太郎。直属の上司であり、薩摩隼人らしい短気さと決断力を持ち合わせた牛島陽介。そして仕事人間である竜崎を支える妻、冴子と二人の子供達。彼らと竜崎が交わす会話も、本作における見逃せない要素だと言えます。

隠蔽か、それとも暴露か。捜査の果てに、彼らが選んだ答えは敬意無くしては読めないでしょう。

「碓氷弘一」シリーズ最高傑作!『エチュード』

「碓氷弘一」シリーズの第4作『エチュード』は、本シリーズの最高傑作と言っても過言ではない作品でしょう。

なんとも不可解な通り魔事件が連続で起こります。はじめは渋谷ハチ公前で、次には新宿で。2つの事件に共通するのは、犯人を取り押さえる時の協力者が忽然と姿を消したこと、捕まえた犯人らしき者が犯行を否認していること、何よりも不可解なのは、逮捕に協力した人の姿を、取り押さえた警察官達みんなが覚えていないことでした。

この事件の行き詰まりを打開するため、警察庁刑事局から送り込まれてきたのは、ふんわりとした美人の心理調査官、藤森紗英でした。紗英と組むことになった碓氷警部補は、妻と2人の子を持つ48歳のおじさん。

子どものことや家庭のことは妻まかせで刑事という仕事の方に重きをおいてきたためになにやら最近、家庭に居場所がなくなってきたことを密かに気にしている碓氷は、武骨な男かと思いきや、意外にも柔軟な心で紗英の能力を受け入れ、しっかりとタッグを組み、お互いの欠点を補いながらいい相棒となっていきます。
 

著者
今野 敏
出版日
2013-12-20

心理調査官である紗英は、もともと対人恐怖症だったこともあり、おどおどしていましたが何度もさりげなく碓氷のフォローを受け、自信をつけていきます。おどおどした美人というキャラクターの紗英の仕事ぶりに好感が持つ方も多いでしょう。 さて、第3の事件が近づいてきます。そのきっかけは?紗英は、碓氷は、どう立ち向かっていくのでしょうか。 明らかになっていく犯人の事情……。いよいよ紗英の活躍も本番を迎えます。 警察小説ですが、心理調査官である紗英の言葉が父親として悩む碓氷を勇気づけたり、紗英が1度は失敗してもくじけずやりぬいたりと、心がほんわかする場面のある不思議な小説でもあります。

文句なしの面白さ!彼らは組織のはみ出し者?天才集団?『ST 警視庁科学特捜班 エピソード1』

今野敏の人気警察小説STシリーズの第1作。クラブホステスが何者かに殺された現場に出動してきた警察官達の中に、異質な存在感を放つ5人がいました。初めて初動捜査に参加した彼らは、現代の多様化する犯罪に対応するために新設されたSTの面々です。

警視庁科学特捜班(Scientific Taskforce)略して“ST”とは、科学捜査のそれぞれの部門で突出した才能を持つエキスパート達を集めたという設定の架空の組織です。エキスパートなのか、はたまた組織のはみ出し者なのか?
 

著者
今野 敏
出版日
2014-05-15


個性的な5人を束ねるキャップとして配属された百合根警部は、警視庁のキャリアでありながら、STメンバーの前ではタジタジなのがとてもかわいいのです。そして、5人の中にいると、優秀な百合根がただの凡人となるのが面白い!

5人のリーダーである赤城は、法医学者です。彫りの深い顔に無精ひげ、1匹狼をきどる赤城ですが、本人の理想とは裏腹になぜか人望が厚く、人が寄ってきてしまうのが悩みという変わり者。

黒髪を後ろで束ねた武道の達人である黒崎はとにかく無口で必要なこと以外は……いや、必要なことすら話さない男ですが、彼は毒物の専門家。非常に鋭い嗅覚の持ち主なのです。

STの文書鑑定、つまり、プロファイリングやポリグラフを担当する青山は、同性もほれぼれするほどの端正な顔立ち。そして彼は、顔の美しさからは信じられないほど片付けが嫌いで、机の上はいつもごみの山のような状態という“秩序恐怖症”です。

STの紅一点、結城翠は抜群のプロポーションに挑発的なファッションでいつも署員達の目を釘付けにしますが、異常なほどの聴覚を持ち、声紋鑑定などお手の物。彼女のそばで内緒話などできません。青山と翠が2人で歩いたら誰もが振り向く美男美女なのです。

個性的なメンバーをよくぞここまで作り出したものだと思うのですが、もう1人、とびきり変わった人物がいます。名は山吹才蔵、作務衣に数珠という出で立ち、職業は僧侶!そう、僧侶でありながら警視庁の科学特捜班では薬学の専門家としても手腕を発揮している異色の人物です。設定としては異色なのですが、メンバーの中では、1番常識人でもあります。

コンビを組まされたたたき上げの刑事・菊川からいやみを言われながらも百合根は、マイペースなSTメンバー達をまとめていこうとひたむきに頑張ります。

STシリーズはたくさん出ていますが、メンバーの初めての仕事から読みたい方は、まずはこの作品から読みましょう。

心霊現象か狐憑きか!?真相に迫る美青年・青山『ST警視庁科学特捜班 青の調査ファイル』

STシリーズは、活躍する人物の名前についた色によって作品のタイトルがつけられています。この作品は、プロファイル担当の美青年・青山が活躍します。

田舎から出てきて大学を卒業したもののテレビ番組のADという仕事に意義が見出せないままに仕事をしている戸川や、戸川の1年先輩で要領のいい上原、霊能者の安達、旬を過ぎたタレントの水木優子達が、幽霊が出ると噂されているマンションでの何日かにわたる撮影中に殺人事件が発生します。被害者は、ディレクターの千葉と普段から仕事で衝突気味だった細田。

単純な事故死で処理しようとする検死官の判定に、STメンバーが立ち上がります。
 

著者
今野 敏
出版日
2006-05-16


細田を手に掛けたのはいったい誰なのか、STの力の見せ所です。心霊現象におびえる登場人物たちの中で、青山がいきついた結論とは?

まるで漫画を読んでいるかのようにさらさらと読み進んでいくことができます。

犯人が誰なのか、読者も自分なりの推理を楽しみながら最後まで飽きることなくSTの世界にはまることでしょう。

秘められた赤城の過去が明らかに!『ST警視庁科学特捜班 赤の調査ファイル』

OA機器のメーカーの営業をしている武藤は、このところ近づくリストラの予感におびえながら、仕事でも家庭でもストレスを募らせていました。体調が悪くて熱が出ても、妻からは子どもにうつさないでと言われる始末で、情けない気持ちの中で病院を受診し、その後容態が激変し、亡くなってしまいます。こんなやるせないことから幕を開けるストーリー。

いつもは淡々と仕事をこなしている、STの法医学者・赤城が感情を露わにします。助けることができた1人の患者の命が消えてしまったことに憤りを感じて動く赤城はとても人間くさいです。

また、今まで見ることのなかった、赤城のかわいい面も見ることができるのです。赤城のファンには必読の書といえます!
 

著者
今野 敏
出版日
2006-08-12


今回は、なぜ赤城が大学病院を辞めて警察での仕事を選んだのかが明らかにされます。患者は待つ時間の方が長くて診察はすぐに終わり、たっぷりの薬を処方され、研修医は長時間勤務やアルバイトをこなしながら慢性的な睡眠不足の中を薄給に耐えて仕事をしている、そんな日本の大学病院の問題について考えさせられる作品です。読者も、多くの方が感じたことのある診療体勢の矛盾を鮮やかに描いています。

回を進める毎にSTメンバーへの信頼を強めていく百合根警部の成長も読みどころの1つです。また、初回で百合根やSTに好感を持っていなかった菊川もどんどんSTのメンバーの能力を認めるようになっていくのも、気持ちいいですね。

さて、医療訴訟となったこの事案に箝口令をしく病院側とSTがどうやって対峙するのか、その実力をとくとご覧下さい!

今野敏による警察小説の金字塔『同期』

宇田川亮太は本庁の刑事部捜査1課に配属されて1年目になりますが、同期の蘇我和彦は2年前から本庁の公安課に配属されています。

蘇我と宇田川は気が合い、所轄時代は仲良く一緒に飲みに行ったのですが、最近では顔を見ることも少なくなり、幹部の目に留まって公安に引き抜かれたという蘇我の噂に宇田川は嫉妬を覚えていました。

ある日、宇田川たちが暴力団の事務所に家宅捜査に入った際、1人の暴力団員の男が逃走し、追いかけた宇田川に男は発砲しますが、現場付近に居合わせた蘇我に助けられたお陰で無事でした。しかしその数日後、蘇我は懲戒免職になり行方不明になってしまいます。

さらに数日後、宇田川を撃った暴力団員が何者かに殺害されますが、警察内では暴力団同士の抗争に限定して捜査を進めようとします。何かが腑に落ちない宇田川は暴力団員殺害事件を調査しつつ蘇我の行方を探すのですが、警察の上層部から蘇我を調べるのを止めるよう圧力をかけられるのでした。

公安は国家の安全を第一として殺人事件すら軽視するような発言をし、上層部は下の階級の者には真相を明かさず、ただ指示に従うことだけを要求します。

宇田川は警察内部に対して激しい反発を覚えつつも警察官として真実を知るべく奔走し、蘇我の失踪と暴力団事件の双方に国家規模の犯罪が絡んでいる事を知るのです。

著者
今野 敏
出版日
2012-07-13

物語が進むにつれ小さな謎が大きな事件へとつながり、遂には個人では到底立ち向かえない巨悪に辿り着く展開は緊張と興奮の連続です。

リアリティ溢れる筆致は現実の警察の内部そのものを描いているようで空恐ろしい気持ちにさせられますが、宇田川の同期の蘇我を思う心や窮地に立たされる毎に成長していく姿、その姿を認めて評価してくれる存在が増えていく事に救いを見いだす事ができます。

警察を舞台にした作品を数多く手がける名手が描いた、本格的警察小説の金字塔とも言える作品です。

ヤクザが出版社をV字回復!?『任侠書房』

日村誠司は阿岐本組のナンバー2である代貸をつとめています。といっても阿岐本組は頭を含めて6人の小所帯の組に過ぎないのですが。

そんな阿岐本組は今時珍しい任侠道の組であり、いわゆる暴力団とは違います。自分たちのシマのシノギで毎日を送っているのです。

そんな阿岐本組組長の阿岐本は、ひょんなことから倒産した出版社の社長に就任します。そして日村は役員です。やくざ者を役員に迎えて入れた出版社の社員たちは戸惑いつつも、変わらず目の前の締め切りに毎日追われています。

出版社では社長の阿岐本の強引かつ実際的な人事配置や発想を転換した編集長たちの工夫により業績は持ち直し……。

著者
今野 敏
出版日
2015-09-01

物語のなかには、やくざ者の話題や口調を含めたエピソードが頻繁に出てきます。それよりもやくざ者がもつ普遍的な考え方が出版社の活動に活かされていくのが爽快です。日陰者として裏の道を歩んできた者たちが、表の世界に認められる、あるいはその行動が表の世界を動かしていきます。そのようなやくざものの振る舞いに現代の閉塞感をうちやぶる何かが光っているように思うのです。

出版社の役員でもあり阿岐本組の代貸でもある日村は、社長でもあり親分でもある阿岐本の無茶ぶりになんとか食らいつくことで、両方の世界の難題を解決していきます。難しく考えすぎることの多い日村ですが、最後はいつもしっかりと締めていきます。

今野敏の簡潔で読みやすい文体で気持ちよく読み進められる『任侠書房』で、爽快感な読後感を味わってみてください。

今野敏が描く、男たちの復活の物語『曙光の街』

曙光とは夜明けに東の空にさしてくる太陽の光であり、転じて暗い状況に見え始めた明るい兆しを意味します。『曙光の街』は今野敏の極道小説と思いきや、KGBを舞台にした国際スパイ小説でもあり、男たちの復活の物語を描いたハードボイルド小説でもあるのです。

ヴィクトル・タケオビッチ・オキタは日系の元KGBの特殊部隊要員であり、日本でのスパイ活動の経験もあります。しかし今は人生に意味を見出せず、その日暮らしの毎日を送っているのです。

兵頭猛は元プロ野球選手ですが、ゆえあって極道に身をやつしています。武闘派を自任してはいますが実際にはチンピラ相手に虚勢を張っているだけと自覚しており、今後の展望を描けていないのです。

倉島達夫は警視庁公安部外事一課所属のノンキャリ警部補。外事課の事務処理の多さに辟易しており、公安業務にやる気を見いだせないでいます。

ヴィクトルが兵頭の親分である津久茂組長の暗殺を請け負ったことから物語は始まり、3人それぞれがお互いに絡み合っていく過程で、生きる意味やプロとしての目標を見出していくのです。

著者
今野 敏
出版日
2005-09-02

『曙光の街』は、やくざの暗殺にとどまらず、ソ連と日本のスパイ事情、やくざ社会の変化、プロの暗殺家の活動、と幅広い話題をしっかりと関係づけ、読者を飽きさせません。しかも、一度人生の意味ややる気を失った男たちに光を当て、再び彼らの人生を取り戻すという人間ドラマもしっかりと組み込んでいるため、物語に厚みが出ているのです。

今野敏は出版書籍も多く、幅広い著作ジャンルがあります。やくざ・極道小説もそのうちの一つではありますが、そのストーリーは軽めの任侠シリーズから本作品のようなしっかりしたハードボイルドタッチまで拡がりをみせているのです。それら物語の芯には、プロとしてあるいは普遍的な人として忘れてはならないものは何か?という問いかけがいつも据えられています。

『曙光の街』を読んで、人生に再び差し込んだ光をどのようにつかんでいくのか、登場人物の行く末に思いを寄せるのもよいかもしれません。

不良社員が主人公の報道ミステリー短編集『スクープ』

今野敏の『スクープ』はテレビニュース記者、布施京一が活躍する報道ミステリーの短編集です。どの事件も、布施と警察の連携で不思議とうまく片付き、スクープになります。短編一つ一つがきちんと完結するのでスッキリ爽快感を味わうことができるでしょう。

布施京一はTBNテレビ報道局の看板番組「二ユース・イレブン」の遊軍記者です。どちらかというと不良社員で、いつも会議に遅れてくる上に、真面目に参加することはなく、会議は上の空です。そして取材といいつつ、実際は六本木や新宿、渋谷でプラプラと飲み歩いています。布施はどこの店でもそこそこ人気があるのです。

著者
今野 敏
出版日
2009-02-20

布施の取材姿勢、というか行動姿勢は実は一貫しています。ネタをさがしているわけではなく真にプラプラと遊んでいるのです。しかし、ただプラプラと遊んでいるわけではなく、さりげなく問題を見つけています。実はニュースソースとしてではなく、困っている人のことを気にしているのです。ですから真の姿が見えてくるのかもしれません。マスコミはとかくスクープに躍起になりますが、スクープに躍起になると目がくらんできます。

今野敏は「スクープなんてどうでもいい。事件に関わっている人のことが気になるんだ。」と布施に『スクープ』の中で語らせます。この小説が面白いのは、事件そのものよりも、事件に関わる「人」にフォーカスしているためです。そして、布施のようなプラプラした記者が実は爽快に活躍するという水戸黄門的な分かりやすい展開がそこに加わります。

そうそうこの展開!という、分かりやすい中にも結果的に事件を解決していくスッキリ感を味わいたければ、ぜひ今野敏の『スクープ』を読んでみてください。

警察小説初心者におすすめな今野敏作品『二重標的(ダブルターゲット)―東京ベイエリア分署』

安積警部補が所属するベイエリア分署は、湾岸地帯に東京湾臨海署が正式にできるまでの仮設置なので建物は粗末で人数も多くありません。ベイエリア分署の花形は湾岸高速道路網を颯爽と疾駆する交通機動隊で、他の係はまったく目立たない存在です。しかし東京湾岸一帯で事件が起こるたびに応援に駆り出されるため、署員一同は超多忙な毎日を送っていました。

そんなある日、JR品川駅付近の埋立地にできたライブハウス「ラビリンス」で、藤井幸子という35歳の女性が青酸カリによって死亡する事件が発生します。「ライブハウス殺人事件」として高輪署に捜査本部が設置され、ベイエリア分署からも人員を出すよう要請が下るのでした。

目撃者がないことから、被害者が偶然毒を飲まされた無差別殺人か被害者個人を狙った計画的殺人かで意見が分かれ、捜査本部内は対立し分裂します。

安積は、事件当日のほぼ同時刻に荻窪のマンションで池波昌三という45歳の男性が殺害されていることから2件の事件が関連している可能性を探り始め、池波の勤める会社の女性社員が事件当日ラビリンスに来ていたことを突き止めるのでした。

著者
今野 敏
出版日
2006-04-01

安積は日頃から部下を思いやり、それぞれの適性や組む相手との相性を考えたり、出向した部下が仕事しやすいよう先方に頭を下げたりするなど職場では理想的な上司ですが、仕事優先で家庭での時間を持てなかったせいで妻とは離婚、娘と面会する権利は確保したもの、家に帰れば孤独な生活を送っています。

それでも仕事に誇りと熱意を持ち妥協を許さない安積の姿に周りの人間も共感していき、捜査本部で対立していた人々も含め全員が一丸となり犯人を追い詰めていくクライマックスは感動的です。

本作の好評を受け、「ベイエリア分署」シリーズとして続編が出ています。

骨太な警察小説であり、登場人物たちが何とも言えず個性的で親しみを感じさせてくれる本作は、警察小説好きにはもちろん警察小説初心者にもおすすめの作品です。

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