高校生なのにまるでおじさんのような老け顔で、ひとり机に向かって物語を書いている姿から、「文豪」というあだ名をつけられていた八熊。『文豪アクト』は、彼が演劇部の勧誘に巻き込まれ、諦めていた青春を取り戻していく物語です。
巻き込まれる形で仲間になった「文豪」こと八熊と、彼を巻き込んだ張本人の翔子、そして彼女と志を同じくするユカ、凪子の4人で始めた新たな演劇部。
『文豪アクト』は、彼らと既存の演劇部員の関係性を描き、演劇自体の素晴らしさや大変さを伝えてくれます。
この記事ではそんな本作の魅力を、エピソードをとおして紹介していきましょう。
- 著者
- 真崎福太郎
- 出版日
- 2016-08-20
主人公の八熊は、高校生とは思えないほどの老け顔のせいで、クラスメイトから距離を置かれていました。休み時間は趣味の脚本をひとり執筆しているため、「文豪」と陰で噂されています。
仲間と楽しく過ごす学生生活は諦めていましたが、翔子たちの演劇にかける熱い想いや、青春を謳歌しようとする姿に心動かされ、自分が変わるきっかけとして演劇部への入部を決意しました。
初めはセリフを口にするのも恥ずかしがり、ただただ与えられた役をこなすだけの彼でしたが、実際に脚本を書いて演じ、演技力のある翔子と共演することで、観客に見てもらうための作品、自分だからこそ書ける脚本というものにたどり着きます。
自分のつくったものを誰かが見てくれる喜び、仲間と一緒に舞台をつくりあげていく喜びを知り、八熊はひとりで机に向かっていた頃とは違う、新たな自分へと変わっていくのです。
主人公の八熊太平(やぐまたいへい)が所属することになったのは、学校公認の正式な演劇部を追い出された「元」演劇部の2年生が集まってつくった、2つ目の演劇部。
部を追い出されても演じることを続けたいと思った翔子は、3年生の佐織が率いる公認演劇部と対立する道を選び、そしてなぜか八熊に目をつけたのです。
舞台に立ち、セリフを話すことに抵抗のあった彼に、翔子はある試練を言いわたしました。
- 著者
- 真崎福太郎
- 出版日
- 2017-01-20
「今度の土曜日 栄でナンパするの 女の子とプリクラ撮るのがミッションね」(『文豪アクト』1巻より引用)
老け顔ゆえに怪しまれ警備員に声をかけられるなど、ナンパ以前の問題があった八熊ですが、小中の同級生だった女子に出会って話をすることで、何とかミッションをこなそうとします。
しかし、ある勘違いからその子が彼氏から叩かれてしまい、八熊は恥を捨てて彼女を笑わそうとするのです。その行動は周りの人から見れば奇怪なものでしたが、彼女だけは笑ってくれました。
翔子に出されたミッションを達成することはできませんでしたが、なりふり構わず彼女を助けようとした八熊の男気が感じられます。
ゴツゴツと骨ばった輪郭に眉間のシワ、口角の下がった口元と、決してカッコいい部類に入る顔ではありませんが、その優しさと心意気こそが彼の持つ魅力なのでしょう。
一方の翔子も、無茶ぶりをするスパルタな性格をしていますが、八熊を含め仲間を否定するようなことは一切言いません。彼が演劇部のために初めて書いた脚本も、至らない部分を自分の演技で気づかせようとしました。
すべてを教えるわけでも、ダメ出しをするわけでもなく、自分で気づくチャンスを与えてくれる彼女は、既存の演劇部で独裁体制を続けている佐織にもあることを気づかせようとしています。
そもそも翔子が演劇部を追い出されたのは、彼女が病気になってしまったため、佐織の夢であった全国大会への出場ができなくなったことがきっかけでした。その演目で翔子は主役だったので、棄権せざるを得なかったのです。
その時佐織は、自分の夢を他人に託すことの愚かさを知り、脚本・演出・主演、すべてをひとりでおこなうことに決めたのです。自分の指示に素直に従わない人を排除し、独裁体制の演劇部をつくりあげました。
仲間と一緒に成長していく翔子たちの新しい演劇部と、佐織の采配ひとつですべてが決まってしまう演劇部は相いれず、対立していきます。
しかし翔子にとっては佐織も「演劇部の仲間」。自分たちの劇を彼女に見せることで、演劇はひとりでできるものではないと気づかせたかったのです。
佐織に翔子たちのメッセージが伝わるのか、確執を無くしまた一緒に活動できる日がくるのか、気になるところです。
本作の見どころは、八熊の成長や心境の変化、佐織との関係などたくさんありますが、1番はやはり高校生たちが真剣に演劇に打ち込む姿ではないでしょうか。ひとつのことにここまで一生懸命になれるのは、学生特有のものかもしれません。
また、ずっとひとりきりの世界に閉じこもっていた八熊が、自分を変えるために人前に出て、これまでと180度違う姿をさらけ出す場面や、けっして恵まれた環境ではないなかでベストな舞台をつくろうと奮闘するユカや凪子の姿にも、胸打たれるものがあります。
ユカは以前翔子の演技を見て、自らが演者として舞台に立つことを諦め裏方にまわりました。しかし、裏で舞台を支えることは、役者と一緒に舞台に立っていることと同じだと気づき、その役割の大切さを知ります。
また翔子自身は癌という大病に罹り、1度は演劇から離れましたが、病気を克服して舞台に戻ってきました。
彼女たちの人生は順風満帆なものではなく、多くの障害がありますが、挫折を味わっても再び立ちあがることができる人間の強さを垣間見ることができます。短い学生生活のなかにギュっと熱量が詰まっていて、読者も何かに挑戦する勇気をもらえるはずです。
作中では、実在する物語や戯曲も登場し、脚本というものにスポットが当たります。演出や脚本の本質というものを、八熊の成長に合わせて丁寧に説明してくれるので、読者も一緒に学ぶことができるでしょう。
他にも、裏方である音響や照明などにも焦点が当てられ、彼らがいかに演技を引き立て、欠かせない存在であるかがわかります。
いざ幕が上がるまでに、見えないところで多くの人が関わって舞台をつくりあげているかが描かれているので、演劇の表面的なことだけでなく、裏側も知ることができます。
- 著者
- 真崎福太郎
- 出版日
- 2016-08-20
高校生たちの演劇に対する熱い想いを形にした『文豪アクト』。2巻で完結しましたが、物語は非常に濃く、短くても読者の心を動かすことができる熱量をもった作品です。
演劇に興味のある方はもちろん、そうでない方も高校生たちの真っすぐな姿に心打たれること間違いなし!
純粋にひとつのことに打ち込む高校生たちの姿は胸を打つものがあります。佐織の成長と気づきにも注目したいところですね。