「日本人は戦争の被害者である」という言葉に疑問を抱いたことはあるだろうか。日本は世界で唯一の被爆国であり、もちろん戦争の被害国だ。しかし、「戦争をしない国」として世界に平和を訴えていく以上、日本は戦争の加害国でもあるという事実も忘れてはならない。この記事では、「文庫X」の作者で知られる清水潔の『「南京事件」を調査せよ』とともに、南京事件の真実に迫っていく。
日中戦争さなかの1937年(昭和12)12月から翌年1月にかけて,南京を占領した日本軍が中国人に対して行なった大規模な暴行略奪虐殺事件。
このとき殺された中国人の数は,極東軍事裁判では二〇万人以上とされる。(『三省堂 大辞林』より引用)
この事件についてはさまざまな説があり、中国側と日本側の主張には異なるところがある。また国内でも肯定派と否定派が対立しており、ネット上で激しい論争がくり広げられることもある。
大きな論点のひとつが被害者人数で、数人から数十万人まで幅広い。名称に関しても「南京事件」「南京大虐殺」「南京虐殺」など複数ある。
午後1時我が段列より20名は残兵掃蕩の目的にて馬風山方面に向かう、二、三日前捕虜せし支那兵の一部5000名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃を以て射殺す、其の後銃剣にて思う存分突刺す、自分も此の時ばかりと憎き支那兵を30人も突刺した事であろう。山となって居る死人の上をあがって突刺す気持ちは鬼をもひしがん勇気が出て力いっぱいに突き刺したり、ウーンゝとうめく支那兵の声、年寄りも居れば子供も居る、一人残らず殺す、刀を借りて首をも切ってみた、こんな事は今まで中にない珍らしい出来事であった……帰りし時は午後8時となり腕は相当つかれて居た。(『「南京事件」を調査せよ』より引用)
これは、日中戦争の勃発により招集され、山砲兵十九聯隊に配属していた黒須上等兵の日記の一部だ。
この日記には、新品の軍服を着て軍人になった日から、日々過酷さを増す戦況、南京市民に対する略奪や虐殺に至るまでの様子が克明に記されている。
本書では他の兵士の日記も数冊取り上げてられていて、黒須上等兵が上記を書いた12月16日の出来事については、他の多くの兵士たちもおのおのの日記で触れている。
なかには、「一生忘るゝ事の出来ざる光景」「実に惨たる様」などと書き残している者もいた。
この他に、大量の死体の処理に苦労する様子が書かれた日記もある。本書ではさらに、当時の兵士たちに取材がおこなわれた際の映像の内容や、殺害された捕虜たちが写された白黒写真「うつ伏せで倒れし人々」なども生々しく描かれている。この事件について詳しく知りたい方には必読の一冊だ。
- 著者
- 清水 潔
- 出版日
- 2017-12-05
中国側は、日本軍が南京を占領した後、6週間以内に30万人以上の中国人を虐殺したと主張している。
また中国には南京大虐殺記念館があり、中国が主張する被害者数である「300000」という数字が、中庭から階段の踊り場など建物の随所に示されているそうだ。
2015年、中国の申請により、南京事件がユネスコの世界記憶遺産に登録された。日本はユネスコが政治利用されることへの懸念をくり返し表明し、外務省は「一方的な主張に基づき申請されたもので、中立公平であるべき国際機関の行動として問題であり、極めて遺憾だ」という報道官談話を出している。
日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。(外務省ホームページ、歴史問題Q &Aより引用)
南京事件の否定派からは南京の人口は20万人ほどであり、「30万人はありえない」という主張が多く見られる。しかし、そのような主張は30万人という数字を否定しているのであり、虐殺の存在自体は否定できないという批判もある。
また20万人というのは南京の安全区の人口であり、周辺も含めると人口は100万人程度いたという主張もあるようだ。
日本と中国以外の国々はこの事件をどのように報じていたのだろうか。ニューヨークタイムズは1937年12月、支那事変の南京戦で南京大虐殺があったと報じている。またワシントンポストでも報道された。
また上述したように南京事件はユネスコの世界記憶遺産に登録されたが、日本はユネスコに対し分担金の支払いを留保した。この件について海外メディアは、「日本はユネスコを脅迫している」という批判をしている。
教科書検定では、南京事件の被害者数の記載が毎回問題となっている。人数を具体的に表記した教科書は、「通説がない」旨を明示するよう求められる。
なかには、被害者数を「20万人」と明記したところ「おびただしい数」にするよう修正を求められたケースもあるようだ。
実教出版の「日本史A」では、南京事件の見開き特集が大きな問題となった。「シーメンス」という企業の南京駐在人を務めていたドイツ人、ジョン・ラーベの報告書や東京裁判の判決文から、事件が起こった理由・犠牲者数を考えさせる問題などが載っていた。
同誌は文部科学省の指摘を受けて、該当の資料を削除した。日本の教科書で南京事件を取り扱う際には厳重なチェックが課されているといえるだろう。
戦争と聞くと、沖縄戦、硫黄島の戦い、東京大空襲、長崎・広島への原爆投下など、日本でくり広げられた凄惨な戦いを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
たしかに日本は世界で唯一の被爆国だ。しかし、原爆投下に繋がった真珠湾攻撃の原因について詳しく説明できる人はどのくらいいるだろう。真珠湾攻撃に至った主な理由はアメリカからの経済制裁である。ではなぜ経済制裁を受けるようになったのか?それは日本のたび重なる侵略戦争が原因だ。
私たちは戦争の被害者であり、同時に加害者であるということを決して忘れてはならない。清水潔は『「南京事件」を調査せよ』のなかで、加害者側と被害者側双方の立場から調査をおこない、事件を生々しく描く。
丹念で地道な取材を重ねる様子からは、ただ感情に流されて事件を論じているのではないことが伝わってくる。一方で、まるでひとつの小説を読んでいるかのような読みやすさ、臨場感がありサクサク読める。
「日本人がこんなことをするなんて」とショックを受ける方もいるかもしれないが、知らないで生き続けることはもっと恐ろしいと思わせてくれる一冊だ。