サラリーマンのリアルを根底に置きながら、カネと女と暴力の世界を描いた『特命係長只野仁』。普段は冴えない主人公ですが、裏では会社や社員に関するトラブルを解決するために暗躍するのです。エロやアクションも楽しめる本作の魅力をたっぷりご紹介します!
『特命係長只野仁』は、1998年から2001年まで「週刊現代」で連載されていた柳沢きみおの作品。サラリーマン向け週刊誌なので、セクシーな描写とアクションをふんだんに取り入れたうえに、働く男の悲哀も織り交ぜられています。
登場人物の設定にブレがないのでストーリーがわかりやすく、主人公が務めている広告業界の現状や裏事情にも鋭く触れるなど、作りこまれた内容です。
2003年から約10年もの間テレビドラマも放送されていました。
高橋克典が主演を務めており、ここから本作を知ったと言う方も多いのではないでしょうか。
さらに映画化もされており、コミカルでセクシーなシーンが話題となりましたが、実はエロさは原作の方が上をいっています。この記事ではそのあたりも踏まえて、本作の魅力をお伝えしていきましょう。
- 著者
- 柳沢 きみお
- 出版日
- 2000-12-15
大手広告代理店・電王堂に勤めている只野仁。表向きは冴えない窓際係長ですが、裏では会長の特命を受け、社内外に関わる重大なトラブルを解決しています。ヤクザ相手でも顔色ひとつ変えない、凄腕のトラブルシューターなのです。
電王堂は社員のトラブルが多く、自らの堕落によって身を滅ぼす者や、敵対組織の陰謀で罠にはまってしまう者などが後を絶ちません。
今日も会長の特命で、只野は裏の世界で戦うのです。
- 著者
- 柳沢 きみお
- 出版日
- 2000-12-15
作中のトラブルはカネと女と暴力に関わるものがほとんどですが、それに加えて社内の派閥、恋愛、人生観などの要素が入り混じることでストーリーを濃厚なものにしています。
電王堂の専務・山地は、自分がオーナーになっている会社の社長を愛人に務めさせ、電王堂の仕事をその会社に回していました。いわゆる裏ガネづくりです。
しかしホステスのユミという女に惚れ込み、乗り換えてしまいました。元愛人はその恨みを晴らすために、ヤクザを使って山地を脅してきます。
山地は対立している派閥の人物を使って罠にはめていたので、てっきり敵方が仕掛けてきたことだと思い込み、争った挙句に階段から落ちて大怪我をして、この件が会長の耳に入ることになったのです。
只野はヤクザに拉致されたユミを救い出しますが、乱暴されて震えている彼女を見て哀れに思い、倒れているヤクザの急所をさらに攻撃して制裁を加えます……。
また会長は電王堂のトップだけに、企業側の立場から冷酷な発言をすることもあるのですが、只野は被害者はもちろん、ときには加害者にも同情することも。役員たちが何者かに次々と刺される事件が発生した時には、2人はこんな会話を交わしました。
会長「ウチが総会屋に食いモノにされずにすんでいるのは徹底的に戦ってきたからだ」
只野「総会屋に目をつけられた社員を容赦なく切ることもね」
会長「個人より組織だ 当然のことだ」(『特命係長只野仁』3巻より引用)
非情な決断を下すこともある会長に、只野は賛成できないこともあるのです。
社内外に巣食う私利私欲に走った愚かな人物を食いモノにしている、ヤクザや総会屋を懲らしめる只野ですが、人間味のある感情と正義感を時折見せるところも魅力のひとつではないでしょうか。
只野は自分の正体がバレないように、普段はダメダメな冴えないサラリーマンを演じています。髪はボサボサ、いかにもありふれたメガネ、ちょっと猫背な姿勢でスーツ姿もイマイチです。
しかし、内面がにじみ出てしまうのでしょうか。同じ部署のOL、山吹一恵からなぜか好意を持たれてしまうのでした。
それに気づいた只野は、社員食堂でわざと下品な食べ方をしてみたり、歩きながらオナラをしてみたりしますが、女の勘が働いている山吹は彼のことが気になって仕方ありません。
上司の佐川課長も、何だかんだ言いながら彼のことを気にしていて、よく一緒に飲みに行きます。飲み代を只野が出してくれるという理由もありますが、気にせずに愚痴を言ったり人生観を語ったりできる相手だということがわかるでしょう。
社内ではモテやデキる男のイメージとはほど遠い只野ですが、会長の特命を受ける際は別人。メガネをはずして前髪をオールバックにし、美しい女性たちと大人の関係を持ちます。
またヨレヨレのスーツを脱げば鍛え上げた肉体があり、そこからくり出すアクションからも目が離せません。
普段の姿からは想像できない俊敏な身のこなしで、悪党どもを倒していくのです。
俳優の高橋克典主演でテレビドラマ化および映画化された本作。シリーズとなり人気を博しています。AV女優を起用したセクシーシーンでも話題になりましたが、実は原作の漫画版の方がエロ要素は強め。
只野にとってセックスは任務遂行のためのひとつのツールなので、物語を展開するうえで必要不可欠なものになっているのです。
作者の柳沢きみおが描く女性はむちっとしていて生々しく、テレビでは放送できないような過激な表現も出てきます。
ドラマではビジュアル重視のコミカルなセクシーシーンが目玉でしたが、漫画ではリアルな作画のエロ描写とセリフで、読者のハートをしっかり掴むのです。
- 著者
- 柳沢 きみお
- 出版日
- 2001-06-16
本作は全9巻ですが、後半では派手なアクションシーンが減り、人間ドラマが色濃くなっていきます。
作者自身が年齢を重ねることによって得た人生観も反映され、「週刊現代」の読者層も共感できるような内容が増えていくのです。
4巻では、飲んだ勢いで生きてることを嘆く佐川課長に、只野がこう言いました。
「体が疲れたら眠るように人生に疲れたら死ぬ それでいいんですよ」(『特命係長只野仁』4巻より引用)
佐川は「オマエと話しているとグチも言えなくなるわい」と呆れ顔。彼は課長止まりで出世も期待できず、家では妻子に邪見にされています。一瞬できた愛人ともすぐに別れることになり、これが関係しているかはわかりませんが妻子は実家に帰ってしまい、アパートで一人暮らしをすることになってしまうのです。
最終章の「茫然」は、電王堂の部長である君津の話。やはり中年サラリーマンの悲哀と願望、そして純愛を描いたエピソードです。
51歳の君津は只野と酒を飲みながら、最近、自分の人生の先が見えて茫然とすることがあると語ります。毎日満員電車で通勤し、会社に貢献するため必死に働き、マイホームは建てることはできたが家庭に安らぎは感じられない……。
中年サラリーマンにありがちなそんな思いから、君津は安アパートを借りて自分だけのささやかな時間と居場所を得るのです。
そこからは夢のような展開が待っていて、同じアパートに住むリョーコという美しい女性と仲良くなり、ついには肉体関係まで持つように。そして彼女が銀座のホステスだとわかると店にまで熱心に通うようになります。
こうなると必要なのは、やはりカネ。下請けの制作会社からのリベート話に乗ってしまうのです。
只野は少なからずも君津に同情しており、会長への報告をためらって様子を見るのでした。それとなく早期退職を促すも、君津にその気のない様子をみて、ついに上に話を持っていかなければならないと思うのですが、そんな時、君津とリョーコの関係に新たなる展開が起こります……。
ここでの只野は脇役に徹し、大人の純愛を見守る役割を果たしていました。ラストを飾るこのエピソードでは、これまでのストーリー展開を活かしながらも変化球を投げる作者の演出が効いています。
「“欲望”というものがあるかぎり 俺の特命はなくならないだろう」(『特命係長只野仁』9巻より引用)
只野はこのような心の声を残し、物語は幕を閉じます。この言葉は全話に共通しているもので、本作の締めくくりにピッタリのセリフでしょう。
そしてこの言葉とおり、彼の物語はこれで終わらず、『新・特命係長 只野仁』『特命係長 只野仁 ファイナル』『特命係長 只野仁 ルーキー編』と続きます。
漫画『特命係長 只野仁』は現代のサラリーマンの心を掴むだけのエンタメ要素が存分に詰まっています。原作の漫画ならではの、物語の重さや味のある作画がをご堪能ください。