【第8回】耳から妊娠した話

便器に頬ずりしているとき、小学生の頃に何度も読んだ『女子高校生ゴリコ』の“ボエー”が浮かんできた。人一倍繊細なところのあるゴリコは何かあるとすぐゲロを吐いてしまう。笑って読んでいた小学生の頃の呑気さが水に乗って流れてゆく。

当時の私は、これはもう、想像妊娠だと確信した。想像妊娠。そういえば知人のところで飼われているトイプードルもなっていた。妊娠していると思い込むことで妊娠したときのような身体の変化が起こるらしい。

どうなっちまったんだ。耳から妊娠、片耳から一人ずつで双子がうまれる。

あたしならあたらしい神々を産めるんじゃないか。

仏陀は右脇から生まれ、イエスキリストは処女懐妊で生まれ、わたしは普通に母から出てきた。それなのに。女子大生、耳で懐妊。

妖怪のようなこの特殊技能をもっと伸ばせば私は日本の少子化をひっくり返せるかもしれない。メガネ男子がさりげなく耳に触れるたび、私の両耳からぽろぽろと生まれる子どもたちは一日で何年分も成長し、世界を耳から生まれたもののために変え始める。

母親のお腹から生まれた生き物たちはどんどん絶滅の危惧に追いやられるのかと思うが、耳から生まれたものはとかく人の心の機微に敏感でおおむね優しい。また、心と耳がえらく繊細で何かあるとすぐゲロを吐く。ボエー。そこらじゅうが酸っぱい。どうにも集団生活と社会生活に向いていないところがあるけれど大丈夫、七転び八起き。どうにかなる。

そして時は2040年、新人類は皆耳にパンツを履いている――。

結果からいうと、長めの二日酔いだった。

それで結局、そのメガネ男子とは、どうにもならなかった。相手には彼女がいた。私が好きになる人には恋人か、そうでなくともわたしではない誰かのことを好きなことが往々にしてある。というか生まれてこのかたそんなことばっかりな気もする。

『(500)日のサマー』でいうと俄然トムに感情移入するし、これまでのさまざまな醜態を思い出してジタバタする。

ふと、好きになった人に好きな人がいることに慣れそうになる。

私という妖怪の棲むこの星はこういうふうに回っているのだと。

いやそうじゃない、あなたは誰かの一番になれなくとも、誰のことを好きでなくともいい。けれど次元が違っていたって、人でなくたって、好きなものがあると人生は本当に華やぐ。

そこで私事ですが「ご報告」です(芸能人が結婚・出産をブログに書くときのあれです)。

耳から子どもを産むことには失敗したけれど、この度、石山蓮華は愛を形にいたしました。いい電線の同人誌を作ったのです。

その名も『電線礼讃』。タイトルは谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』へのリスペクトが込められております。

著者
谷崎 潤一郎
出版日
2014-09-25

『陰翳礼讃』は本当にかっこいい。大好きな本だ。好きなものへの愛がバッシバシに込められ美しく書かれている。文章のバイブスがすごい。陰翳を礼讃する谷崎と一緒になって暗がりの美しさにうっとり魅入られ、うす明かりを頼りに羊羹が食べたくなる(と言うのはなぜなのか、ぜひ読んでみてください)。

私の愛こと電線礼讃は、冬コミで頒布する。

まだ刷り上がった本と対面していない、おそらくコミケ直前になるだろう。けれどきっとかっこいい本になってくれているはず。だって私は電線のことが大好きだから。

自分の本以外にも冬コミの会場いっぱいにむせ返りそうなくらいの愛が薄い本になって並んでいるのだと思うと本当にワクワクする。好きはたのしい。

著者
藤野可織
出版日
2017-11-13

今回はもう一冊ご紹介します。

短編集のうちの表題作「ドレス」は、異形のイヤリングから始まります。主人公のなかでずっと吞み込めない違和感として存在するアクセサリー。

その違和感は読後も私たちの中に残り、目の前の世界を少しずらしてゆきます。ずらされた先にあるものは何なのでしょう。ぼうっとしがちな正月休みにこの短編集で、知っている世界から幻想の世界へはしごをかけて、さらにぼうっとしてみるのはいかがでしょうか。

撮影:石山蓮華

この記事が含まれる特集

  • 電線読書

    趣味は電線、配線の写真を撮ること。そんな女優・石山蓮華が、徒然と考えることを綴るコラムです。石山蓮華は、日本テレビ「ZIP!」にレポーターとして出演中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」「転校生」、ラジオ「能町みね子のTOO MUCH LOVER」テレビ「ナカイの窓」など。

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