物語の舞台は、宇宙開発の進んだ近未来。決して完璧ではない登場人物たちが、ある時は喜びある時は苦しみながら、必死で生きていきます。この記事では、テレビアニメ化もされ話題になった本作の魅力を紹介していきます。
宇宙開発の進む近未来を舞台に、宇宙とは何か、生命とは何かという大きなテーマを描いたSF漫画です。
1999年から「モーニング」で不定期連載された幸村誠のデビュー作で、同時に代表作にもなりました。2003年にはテレビアニメも放送されたので、そちらを見て知っている方もいるのではないでしょうか。原作、アニメともにいまでも熱烈なファンが多くいます。
この記事では、そんな本作の魅力をいくつかのテーマに沿ってご紹介していきます。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
ところで、タイトルの『プラネテス』とは何を意味しているのでしょうか?
表紙に描かれている文字は古代ギリシャ語。「プラネテス」は、「惑星」という意味をもつ言葉ですが、元々は「惑い人」を意味しているのだとか。惑星も、宇宙空間で惑う人々も、どちらも本作の主題となっています。
時は2070年代、宇宙と人類の関係はいまよりも少し身近になり、火星には実験居住施設も建設されています。
しかし宇宙開発が進む一方で、それにともなう「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の増加が社会問題になっていました。主なものは、機能しなくなった人工衛星やロケットの破片などで、小さなものでも航行中の宇宙船にぶつかると大惨事になる可能性があるため、これを回収する専門の業者が存在しています。
主人公の星野八郎太(ほしのはちろうた:通称ハチマキ)もそのひとり。将来は自分の宇宙船を持つことを目指しています。
しかしやがて宇宙への想いが強くなりすぎ、精神的に追い詰められていってしまうのです。苦しみながらも、より遠くの宇宙を目指すハチマキが見出すものとは何なのでしょうか。
また、デブリ屋のフィー・カーマイケル、ユーリ・ミハイロコフ、田名部愛、ハチマキの父で宇宙船員の五郎とその妻のハルコなど、それぞれの人生が交錯しながらドラマが紡がれていきます。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
- 2001-10-20
デブリ屋でハチマキの同僚であるユーリ・ミハイロコフは、航空機とデブリが衝突した「高高度旅客機事故」で妻を亡くした悲しい過去を持っています。宇宙空間でデブリを回収するなかで、偶然にも妻の形見のコンパスを見つけ、以来大切に持っていました。
しかしハチマキの弟・九太郎のロケット打ち上げに付き合ったため、その大事なコンパスが壊れてしまいます。
その時、ユーリは怒るどころか、「コンパスこわしてくれてありがとうね」と言うのです。
彼にとっては、デブリ屋の仕事をしてまで見つけたかった思い出のもの。しかし見つけた時点で、気持ちの整理がついていたのでしょう。そしてコンパスが壊れたことで、本当に妻を弔うことができたのかもしれません。
また2巻からは、ハチマキがデブリ屋として働く現状に満足できず、より上の世界を目指そうとするあまり自分を見失っていきます。後輩にきちんと仕事を教えず、テロで人が死んでも痛みを感じません。
夢を追い求めることは、時には他人を犠牲にしなくてはならない残酷な一面があり、それは後に取り返しのつかない過ちを犯すことに繋がってしまうのですが……。時代は変わっても、人の欲というものは変わらず、時に盲目になってしまうことがわかります。
そんなハチマキの父親は、凄腕の宇宙船機関士。母親は専業主婦で、いつも夫の帰りを家で待っていました。ハチマキの同僚が木星往還船のメンバーから外されて落ち込んでいることを受けて、「そこまで悲観するような事なのかしらね」という発言をしました。
彼女にとってのよい宇宙船員の条件とは「必ず生きて帰ってくること」。
世の中には危険な職業がさまざまありますが、待っている家族にとっては、これがもっとも大切なことなのでしょう。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
- 2003-01-21
「空間喪失症」になってしまったことをきっかけに、ハチマキは荒んだ世界に引き込まれてしまい、いつしか目的のためなら手段を選ばない非情さを身に付けつつありました。木星往還船の乗組員の同僚であるハキムが、テログループ「宇宙防衛戦線」のリーダーだとわかると、無情にも射殺しようとします。
それを止めたのは、同じく同僚の田名部愛(通称・タナベ)の存在でした。彼女は突然ハチマキに、ハグとキスをしたのです。
彼はそれまで、なんでもひとりで解決しようとするきらいがあり、ひとりで生きてひとりで死ぬことこそ完成された宇宙船員だと考えていました。
一方のタナベは、「何もかも愛している」という博愛精神の持ち主。彼女の行為は、ハチマキのすさんだ心に人の温もりを思い出させ、不安定な精神状態から抜け出すきっかけを作るのです。
宇宙という特別な空間で、内に内に心を閉ざしていったハチマキを救ったのは「愛」であり、後に2人は結婚することになります。
3巻で初登場する少女ノノは、月面の病院にかれこれ12年も入院していました。ハチマキは彼女と病院で出会います。「12年もここにいる」という彼女に、うかつに病名を聞いてはいけないなと思い、結局詳しく聞かないままハチマキは退院。その後、偶然彼女に再会します。
その際、詳しく聞いた話によると、彼女はたった4人しか存在しない「ルナリアン」のうちの一人でした。ルナリアンとは、月面で生まれた人類のこと。月で生まれたため、低重力障害を持っていて、生まれつき体が弱くなってしまいました。地球の重力には耐えられないため、生まれてからずっと月で暮らしているのです。
見た目はハチマキと変わらない大人でしたが、まだたったの12歳。月で生まれた特性で、身長が伸びるためでした。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
- 2004-02-23
そんな彼女の夢は、地球の海を見ること。そんな彼女は、月面の砂漠の上、架空の海で遊びます。ただの砂漠だけど……と苦笑するハチマキでしたが、無邪気にはしゃぐノノを見ているうちに、それが本物の海で遊ぶ少女に見えてくるのでした。
その時、彼は宇宙でどう過ごすかは自分次第で変えられるのだ、と気づくのです。
ハチマキの他にも、無邪気なノノの振る舞いに動かされる人物が登場します。続きは本作でご確認くださいね。
「宇宙はお前を愛してはくれないが許してはくれる」(『プラネテス』1巻より引用)
デブリ作業中の事故によって「空間喪失症」を患ったハチマキに対し、「もう一人の自分」が 言った言葉。文字だけで見ると優しいものに感じますが、実際は「夢を諦めろ」という意味が含まれています。
ハチマキの心の弱さや苦悩が自分自身に発しているのですが、この後、そんな弱い自分を否定するかのように彼は優しさを捨て、孤独と強さを求めるようになっていきました。
「神が愛だと言うのなら 我々は神になるべきだ さもなくば…我々人間は これから先も永久に…真の愛を知らないままだ」(『プラネテス』4巻より引用)
木星往還船開発計画の責任者であるウェルナー・ロックスミスが、最終話で元科学者の恩師に語った言葉です。
ロックスミスはエンジン事故によって多くの技術者を失っても動揺せず、計画の成功だけを目指していたため、周囲からは冷酷な男として見られていました。
しかし彼は「愛」についての揺るぎない哲学を持っていて、苦しみながらも自分の信じるものを守りながら生きていたのです。
- 著者
- 幸村 誠
- 出版日
アニメ版も漫画と同じく26話あり、見ごたえたっぷり。オリジナルのエピソードやキャラクターも登場するので、どちらも楽しんでもらいたいところです。
特にデブリ屋については、細かい設定が加えられました。宇宙企業の「テクノーラ」に「デブリ課」が設置され、大企業の一事業(しかも赤字を垂れ流す低評価の仕事)になっているのです。
また漫画では2巻から登場した田名部愛ですが、アニメでは最初から登場し準主役級の扱い。ハチマキとの恋愛もより詳しく描かれています。
アニメはその最大の特徴であるアクションとしての「動き」を楽しめ、漫画では登場人物たちの内面の 「動き」が重視されています。ぜひどちらも楽しんでみてください。
ただのSFではなく、人生や哲学に重きをおいた人間ドラマが描かれる『プラネテス』。なによりハチマキの鬼気迫る心理描写には目を見張るものがあります。宇宙という未知の世界で、変わらない人間たちを感じてみてください。