漫画『よろこびのうた』は実際の心中事件が題材。衝撃作の見所をネタバレ紹介

更新:2021.12.9

実際に起きた火葬場心中事件をモチーフとして描かれた『よろこびのうた』。ショッキングなこの事件の裏には、現代社会が抱える問題が隠されていました。幸せの形を読者の胸に問いかける、珠玉の作品です。

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漫画『よろこびのうた』は実際の事件を題材にした衝撃作!見所をネタバレ紹介

実際に日本のとある県で起きた心中事件をモチーフにした作品。作者はワケあり少女との奇妙な共同生活を描いた『月光』などで知られるウチヤマユージです。

ショッキングなテーマにも関わらず、シンプルかつポップな作画は男女問わず読みやすく、全10話の1巻完結というコンパクトさも魅力でしょう。

しかしそのなかに、認知症、老老介護、児童虐待などの現代社会が抱える問題がしっかりと盛り込まれていて、深く考えさせられる作品です。

この記事では、そんな本作の魅力をいくつかのテーマに沿ってお伝えしていきます。ネタバレを含むのでご注意ください。

著者
ウチヤマ ユージ
出版日
2016-07-22
お得に読むなら

漫画『よろこびのうた』のあらすじ

漫画『よろこびのうた』のあらすじ
出典:『よろこびのうた』

 

2006年3月、北陸地方のF県で、老夫婦が火葬場で焼死しているのが見つかるというショッキングな事件が起こりました。

夫婦が遺書を遺していたことや、認知症を患う妻を夫が献身的に介護していたという近隣住民の証言から、この事件は老老介護を苦にした無理心中として大々的に報道されます。

それから半年後、週刊誌記者の伊能は、介護特集の記事のため現地取材としてF県を訪れることに。しかしそこで見つけたとある痕跡から、この事件に違和感を覚えるようになるのです。

口封じのため捕えられた伊能に住民たちが語った真相は、信じられない衝撃の内容でした……。

『よろこびのうた』の登場人物

①真実を知った週刊誌記者【伊能順一】

取材のためF県を訪れた記者。ほんの些細な痕跡から老夫婦の心中事件に違和感を覚えますが、近隣住民により口封じのために捕えられてしまいます。

自身は結婚を控えていて、序盤では結婚式の準備を急ぐ婚約者に対しどうでもいいような態度をとって怒られていました。この事件の真相を知った後には態度も変わっていったことから、夫婦のあり方について思うところがあるようです。

②最期まで妻を支えた夫【青木真】

農業をしつつ、認知症の症状が表れはじめた妻の介護と家事に追われながらも、日々穏やかに過ごしていました。

妻の和子が犯した罪を自ら被ろうとしますが、近隣住民に説得され、事件そのものを隠蔽する道を選びます。しかしその決断が、ゆくゆく和子や彼自身を苦しめていくのです。

子供はおらず、生まれ育った土地を離れることも望まず、夫婦2人で死ぬことを提案して周到に準備を進めました。心中する日を決めたのは真で、それを聞いた和子に笑われているシーンは、悲しいながらも微笑ましい夫婦の姿です。

③最期まで夫についていく妻【青木和子】

認知症になり新しいことが覚えられなくなっていましたが、自分が起こしてしまったとある事件の記憶が蘇り、罪の意識に苛まれるようになります。

足も悪くしており歩行器や車椅子を使う生活でしたが、他人が自宅に来ることを嫌がって介護サービスを好まないため、夫である真とどこへ行くにも一緒です。

彼の決断に迷わずついていくことを決め、最期の瞬間は、自分も苦しまなければ罪をあがなえないと睡眠薬を服用することを望みませんでした。

著者
ウチヤマ ユージ
出版日
2016-07-22
お得に読むなら

④悪名高いろくでなし男【赤星周一郎】

通称・赤周。先祖代々の田を売り、その金で酒と博打三昧の日々を送っています。息子の幸太郎にもろくに構わず、時には暴力を振るうことも。

ある日、幸太郎を虐待しているところを和子に見られてしまいます。そして彼女が幸太郎を助けるためにとったある行動が、大事件へと繋がっていくのです。

⑤青木夫妻が救った少年【赤星幸太郎】

赤周のひとり息子で、事件後は寺に引き取られました。

F県にやってきた伊能に声をかけられた際、思わず不審な態度をとってしまい、伊能が心中事件に違和感を抱くきっかけになりました。

⑥夫婦を守るために真実を隠した近隣住民たち【遠山、井上、先山】

青木夫妻と同じ集落に暮らす住民。2人のことをそれとなく気にかけながら生活していて、和子の犯した罪を被るという真を説得し、事件の隠蔽に尽力します。

心中事件を調べる伊能のことを口封じのために捕えますが、報道しないことを約束させたうえで真相を語り、解放しました。

『よろこびのうた』の事件はなぜ起きた?

どこへ行くにも一緒だった青木夫妻。真が運転する車で買い物に出かけたある日、近所でも評判の悪い赤星が、息子の幸太郎にひどい暴力を振るっているところを目撃しました。

幸太郎を助ける一心でおもわずある行動に出た和子は、取り返しのつかない事件を引き起こしてしまいます。

現場にいた真と、近隣住民の遠山、井上、先山により、話し合いが開かれました。和子は認知症や糖尿病が進行しており、警察の取り調べに耐えられないと判断した真は、自分が起こしたということにしてほしいと言い出しました。

しかしそれは不可能だという結論に達し、またもともと赤星の評判も悪かったことから、4人は事件そのものを隠蔽することにしてしまうのです。

その後、夫婦の生活は変わりないように見えました。しかし認知症で事件の記憶が無いはずの和子に罪の意識が残っており、夜中に悪夢を見てはうなされ、苦しむようになったのです。

さらに、これまで彼女を介護してきた真の身体にも、着実に老いが迫ってきていました。和子を残して死ぬわけにはいかず、かといって頼れる親戚もいない真は、「一緒に死んでくれないか」と切りだすのです。

そして2人は、着々と「その日」のための準備を始めました。その表情は、まるで旅行の準備をしているかのような穏やかなものでした。

『よろこびのうた』で夫婦のあり方を考える

本作の冒頭で夫婦の心中事件を伝えるマスコミは、その最期を「壮絶」「悲観」と表現します。

しかし実際に物語を最後まで読んでみると、読者の胸に浮かぶのはそのような言葉ではないかもしれません。

死ぬのならこの日にしようと決め、最後の日には好きなものを食べ、車から流れるベートーヴェンの「歓喜の歌」(よろこびのうた)を聴きながら手を繋ぎ、2人は笑顔でその時を迎えるのです。

著者
ウチヤマ ユージ
出版日
2016-07-22
お得に読むなら

「しかし……その まいったな その……少しうれしく感じてしまう 夫婦そろってこの土地に還れる これ以上のことはないようにも思えて……な」
(『よろこびのうた』より引用)

共に生きてきた2人が選んだ結末は、読者によってさまざまな受け取り方があると思います。どのような理由であれ、犯した罪を隠蔽したことは許されることではありませんし、自ら死を選ぶことも受け止められない部分があります。

しかし和子が足を悪くしても、認知症を発症しても、真は彼女を支え続けました。そして和子も、彼のそばでいつも微笑みを絶やしませんでした。

最後の最期まで一緒に手を繋いで笑顔でいられることは、夫婦にとって、このうえない幸せだったのではないでしょうか。
 

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