いがみ合う2つの国を仲裁するため、神様は言いました。「A国で一番美しい娘をB国に嫁にやり、B国で一番賢い若者をA国に婿にやりなさい」。まるでおとぎ話のような美しい世界観で、現代社会にも通ずる問題に切り込んだ壮大な作品。ぜひご一読を!
『金の国 水の国』は、『町でうわさの天狗の子』など個性的な世界観で人気の岩本ナオによる作品です。「このマンガがすごい!」2017年オンナ編第1位を獲得し、注目を集めました。
隣り合いながらもいがみ合う2つの国を舞台に、些細なすれ違いから起こる確執、政治問題や貧富の差など、現代にも通じる社会問題に触れながらも、優しくあたたかな作品となっています。
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
架空の国であるA国、B国にはしっかりとした設定が立てられ、それぞれの国民性や社会背景、生活様式、家具のひとつひとつまでもが具体的に描きこまれています。この独特の世界観は、大学で西洋史を学んでいたという作者ならでは。絵本やおとぎ話のような作品のなかに、きちんとキャラクターたちの息吹が感じられます。
昔々、隣り合う仲の悪い国がありました。毎日毎日、つまらないことでいがみあい、実にくだらない理由でとうとう戦争を始めたA国とB国。仲裁に入った神様は、2つの国の長にこう言いました。
「A国は国で一番美しい娘をB国に嫁にやり B国は国で一番賢い若者をA国に婿にやりなさい」(『金の国 水の国』より引用)
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
A国はふくよかな第93王女サーラ、B国は設計技師のナランバヤルをその役目として立てますが、二人がお見合いの場で出会うことはありませんでした。双方の長が同じ嫌がらせを企て、サーラには婿として犬を、ナランバヤルには嫁として猫を贈っていたのです。
しかし、ひょんなきっかけで二人は偶然出会い、この出会いはゆくゆく、国と国をも結ぶことになります。
物語の冒頭では、とても「一番美しい娘」と「一番賢い若者」とはいえない二人ですが、不思議と読み終えたあとには、神様の言葉どおりの二人が選ばれていたことに気付くことでしょう。二人の出会いは偶然ではなく、神様が選んだ必然だったのかもしれません。
商業大国であるA国。きらきらとした豪華な街並みに裕福な暮らし……水以外はなんでも手に入る国です。
豊かな自然をもつB国。お金はなく町もさびれた貧しい国ですが、豊富な水と緑に恵まれています。
作者岩本ナオによると「金の国」A国はイラン、トルコなどの西アジアやエジプト、「水の国」B国は中国やモンゴル、チベットやネパールのイメージをミックスしたとのことで、架空の国ながらも、それぞれの生活様式や政治背景といった設定はしっかりと作り込まれています。その具体的な描写は、まるで物語の世界に吸い込まれそうなほどです。
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
お互いにないものをもっているA国とB国ですから、いがみ合わずに持ちつ持たれつする道を選べばよいものと思うのですが、長い長いいがみ合いの歴史や王のプライドなど、さまざまなものが国交の邪魔をします。
A国への婿として差し出され、ひょんなことから王族と関わりを持つようになったナランバヤルは、かねてから夢に描いていた、A国とB国をつなぐ水路を作ること、つまり国交を開くべく動きだしました。
サーラ
A国の第93王女。婿として犬を贈られても、「何事も平和が一番」とおおごとにはせず、ルクマンと名付け可愛がっています。B国の族長が「0.1トンはありそう」と思うようにふくよかな娘ですが、ナランバヤルの父いわく、育ちの良さや気立ての良さがにじみ出ており、どんな時も優しく控えめで、王族としての心の美しさが垣間見える女性です。
ナランバヤル
B国の設計技師。嫁として猫を贈られながら、気にしている様子はなく、サーラ同様おおごとにはしませんでした。
へらへらとしているようで、しっかりと自国の現状も見極めており、戦をしたところで勝てないであろうことや、A国・B国それぞれの未来を危惧し、2つの国に水路を引き共存していくことを思い描いています。サーラとの偶然の出会いから、A国の王族と関わる機会をもち、愛する家族、そしてサーラのためにも、その計画を現実のものとすべく行動を起こすのです。
口がうまいことは本人も自覚していますが、嘘を並べるのではなく、あくまでまっすぐな彼の想いは、A国の王の心をも溶かすことになります。
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
レオポルディーネ
A国第一王女であり、サーラにとってはたいへん緊張する、少し苦手な相手。金の国であるA国を愛し、守らねばと心に誓っており、王とは対立する反戦派として、国交を開こうとするナランバヤルにもひそかに協力します。
回想シーンでは今とは違った無邪気な姿も見られ、また国交が開かれたのちにはこれまでの重厚な装いを解き、ムーンライトとほほえみながら寄り添う姿も印象的です。
ムーンライト
A国の左大臣であり、歌って踊れてトークもできるイケメン俳優として、女性たちからは人気の的。もとは北の遊牧民の出身であり、建国祭でたまたま催した戯曲が王女の目にとまり、それからはレオポルディーネをはじめとした第三王女までの共通の愛人をつとめています。
その経歴からか自分のことを「お飾りの大臣」と言い、一見へらへらとしていますが、ナランバヤルの想いを聞き、左大臣として出来るかぎりの力を尽くし水路建設に協力します。
ライララ
黒い布で全身を包み、目だけをのぞかせる正体不明の存在。ナランバヤルに協力的な姿勢をみせます。なんらか王族と関わる存在……王族のお付きの者であろうことは推測できますが、暗殺部隊かと聞かれ否定はせず、立ち回りも見事なものです。
ナランバヤルがA国を「金の国」と称した際には、目じりを下げ、嬉しそうな表情が見てとれることから、国を愛するひとりであることが分かります。
ひょんなことから二人は出会い、互いに見合いの相手とは知らぬまま、あることで困っていたサーラのためにナランバヤルはA国にやってくることになります。
ある日、ナランバヤルの猫を追って、彼の故郷B国へと迷い込んだサーラ。偶然彼の家を訪れることになったB国族長に、A国から来た嫁として挨拶をすることになりました。
「本当の嫁がわけあって人前に出られない」という言葉を聞き、まさかその嫁が猫とは知らないサーラは、ナランバヤルに妻がいるのだと勘違いをしてしまいます。
その時、心から「嫌だ」と思ったことで彼への恋心を自覚することになるのです。
それでも彼の名誉のため、族長の前では凛として振る舞い、ワインの飲み比べ勝負まで受けて立つサーラ。
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
傷心の帰り道、月明かりが照らす橋の上で、ナランバヤルと鉢合わせたサーラ。
自分の容姿や、妻をもつナランバヤルに恋をしていたこと、様々な想いから思わず涙をこぼすサーラを、ナランバヤルは抱きしめます。
ナランバヤルは、美しい心をもつサーラにとっくに恋をしていました。
サーラへの想いをはっきりと言葉にはせず、彼女のためにあることを誓うのですが、誤解をしたままのサーラは、まるで別れの言葉のような台詞でナランバヤルを見送ります。
彼のために身を引こうとするサーラ。
お互いがお互いをこんなにも想っているのに、ほんのささいなすれ違いでうまくいかない二人がもどかしいです。
サーラに誓った約束を果たすため、巨大水路建設のためさらに尽力するナランバヤルでしたが、それはすなわちA国王にそむく行為であり、彼は命を狙われることになります。
そこへとっさに助けに来たサーラでしたが、二人は絶体絶命の危機に。
無事に助かるのか、そしてすれ違ったままの恋の結末はどうなるのか……。
物語を読み終えたとき、誰もがサーラを「国で一番美しい娘」、ナランバヤルを「国で一番賢い若者」だと感じること、それがこの作品のすごさのひとつだと思います。
当初は、その形容にはほど遠いような二人に見えますから。
最初から最後まで読んでこそ分かることではあるのですが、今回はいくつかの名言とともに二人の魅力、そしてこの作品の名場面をお伝えしたいと思います。
たとえば、ナランバヤルが恋に落ちるシーン。
出会った日、お人よしなサーラに、自分が悪い奴だったらどうするのかとナランバヤルが聞くと、彼女はこう答えます。
「家族に オドンチメグ(星の輝き)なんて名前を付ける方に悪い人はいませんわ」(『金の国 水の国』より引用)
サーラの迷いのない言葉、無垢ななかにも確かな意思をもった表情に、ナランバヤルが恋に落ちた瞬間は、誰もがキュンとする名シーンといえるでしょう。
- 著者
- 岩本 ナオ
- 出版日
- 2016-07-08
初めてサーラに想いを伝えるシーンも素敵です。
「俺はあと何十年かかるかわかんねえが B国からA国に水路をひいて
お嬢さんが生きてる間にA国を水に困らない国にしてえんだ」(『金の国 水の国』より引用)
いがみ合うA国、B国の未来をきわめて冷静に、建設的に考え国交を開こうとするナランバヤルは、とても堅実な若者であるといえます。
そして、好き、愛しているという言葉ではなく、サーラの幸せな未来を願うナランバヤルの大きな愛……。
月明かりに照らされた橋の上で抱き合う二人の姿は、まるでおとぎ話のよう。このときサーラの胸には、ナランバヤルを諦めなければという想いがあり、そのすれ違いも切ない名場面です。
クライマックスで、国交を開くことに最後まで反対するA国の王が、剣をふるい二人に迫るシーン。
一歩でも足を踏み外せば、高層からまっさかさまに落ちてしまうという絶体絶命の局面で、王はナランバヤルにある難問を投げかけました。
「いいですかお嬢さん あんたがA国に連れてきた男は 金もねえ 仕事もねえ 腕っぷしもからっきしだ
でも唯一 口だけは達者なんですぜ」(『金の国 水の国』より引用)
「B国で一番賢い若者」ナランバヤルのある見事な返答で、自らの危険を回避するばかりか、サーラの誤解も解かれ、そして長く凝り固まった王の心までも溶かしました。ようやく国交への道が開かれることとなったのです。
物語は、めでたしめでたしの大団円を迎えます。まるで映画を観たような、大満足の読後感を得られることでしょう。
美しくファンタジックな物語を、ぜひご一読してみてください。
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