5分でわかる弥生時代!稲作など暮らしの特徴や卑弥呼をわかりやすく解説!

更新:2018.2.15 作成:2018.2.15

水稲農耕が本格的に始まった弥生時代は、居住する場所や墓地が区別されていました。貧富の差による争いやリーダーの台頭、環濠集落など、縄文時代とは少し文明が進んだ弥生時代の暮らしの特徴や卑弥呼について、関連本の紹介とともに説明します。

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弥生時代とは

弥生時代とは、日本独自の歴史的区分であり、「弥生土器」が出土した住所の名前に由来します。紀元前の3世紀ごろから紀元後3世紀ごろとされ、「農耕」が本格的に生活の中心となった時代です。まさに日本の米文化の序章といった感じですね。

中国大陸や朝鮮半島から多くの人々が渡来したため文化も一変し、稲作の発達ともに金属製の道具が広まっていきました。一方で、身分の違いや争いが増えていったのも弥生時代の特徴です。

また、土器に土をかぶせて高温で焼く方法に変わった弥生土器は、縄文土器と比べて薄手です。縄文土器より見た目はシンプルですが、成形技術は高く、きれいで均整がとれています。土器の形は3種類、壺・甕・鉢と分けられており、使用用途もきちんと分けられていました。

弥生時代の暮らしの特徴

弥生時代の生活はどのようなものだったのでしょうか。

・稲作

中国大陸や朝鮮半島での闘争に敗れ、新地開拓を求めてきた渡来人たちは日本に農耕文化を持ち込みました。水田遺跡として有名な遺跡として、福岡県の板付遺跡や静岡県の登呂遺跡があります。弥生時代の水田稲作は本格的で、用水路の整備や、矢坂・杭で補強された畔によってきちんと田んぼを仕切っていました。

稲作が生活の中心となったことで、より多くの収穫量を得るために集落内での結束が強くなっていきます。それが「ムラ」の誕生であり、皆を引っ張るリーダーが自然と生まれていきました。「ムラ」同士が争い、協力しあうなかで、大きくなったのが「クニ」です。 弥生時代の前期は木製農具、中期・後期は鉄製農具を使用しています。例えば前期は石包丁で穂首狩りを使用していましたが、中期以降は鉄鎌による根刈りが行われていました。       

・住居

住まいは縄文時代と大きな変化はなく、竪穴式住居です。縄文時代と違う点は、米を貯える場所として高床式倉庫が建てられたことです。弥生土器には高床式倉庫の絵が書かれ、当時、倉は豊作の象徴であったと推測できます。床上浸水を防ぎ、温度管理もしやすく、ねずみなどの害獣も「ネズミ返し」によって防いでいました。当時の建物にはクギは使用されておらず、木材を組み合わせて建てられています。

また、集落同士の「争い」が増えていくなかで、集落の安全のために考えられたのが、「環濠集落」です。集落の周りに堀をつくり、ほかの集落からの攻撃・襲撃から身を守りました。この環濠集落の発展形がお城の堀であるといわれています。

・食事

弥生時代は、米以外にも栽培していた小麦や粟、稗などの雑穀が主食に変わります。また、小豆や大豆、スイカやカボチャ、モモや柿などの果実も栽培していました。穀物は炊いて食べていたといわれていますが、肉や魚や木の実なども引き続き食料として食べていたそうです。

弥生土器によって焼く・煮るだけでなく蒸す調理方法も増え、さらに木製のスプーンも出土しており、食器としても土器が用いられていたことがわかります。弥生時代になり、食事は縄文時代よりもバリエーションが増えていきました。

・服装

『三国志』の一部にある『魏志倭人伝』の記録では当時は貫頭衣(かんとうい)を着ていたとされています。とくに女性が貫頭衣を着ており、男性は体に一枚の布を巻いた、巻布衣(かんぷい)を着ていました。身分の差も生地で表されており、富裕層は生地や色が庶民と違い、赤や紫など鮮やかに染められた袖付きの服を着ていました。また、ヘアスタイルも身分や年齢別で違ったそうです。

邪馬台国を治めた卑弥呼とは

農耕が発達していく一方で、米の収穫量ごとで「ムラ」ごとにも貧富の差が生まれていきました。そのため、収穫時期を狙った襲撃があったようです。「ムラ」が集まり、それが大きくなって「クニ」になり、紀元後3世紀の日本には30もの「クニ」がありました。その中でもトップにあったのが、卑弥呼が率いる邪馬台国です。

239年に魏に使節を送り、明帝から親魏倭王という称号とともに金印を授かりました。邪馬台国にはいまだに場所の確定ができず、近畿説と北九州説の2つの説が存在しています。

邪馬台国のリーダー・卑弥呼は出生地も生年、享年すらわかっていない謎の人物です。統治方法は占いや呪術など神秘的な力を用いた「神からのお告げ」であったといわれています。当時の日本では、豊穣祈願などの祭りが重要な儀式であり、為政者と祭りを執り行う人はほぼ同じことでした。したがって、政治にも卑弥呼のようなシャーマニズムの力が重視されたのです。

占いの方法は「口寄せ」や「霊媒」など様々で、基本的には宮殿の奥からは出ず、唯一自分の弟だけ会っていたそうです。結婚もしておらず子供もいません。したがって1000人もの侍女がいたにも関わらず、身の回りの世話は弟がすべてこなしていたともいわれています。

弟に神からのお告げを伝え、弟が人々に伝えて政治を行うという統治が卑弥呼の統治スタイルでした。  

新しい弥生時代像に触れる一冊

著者
藤尾 慎一郎
出版日
2015-08-20

第一線の考古学者である著者が弥生文化を従来から500年ほど遡った「弥生時代」と「水田稲作」の研究について、根拠とともに示したボリュームたっぷりの解説書です。

自然のなかで獣や木の実を食料にして生活していた縄文時代から、農耕色が強くなっていく弥生時代を通史的に扱っており、新しい弥生時代像が感じられるでしょう。著者は、弥生時代は日本列島の住人が主体性を持ったときから始まったと分析しています。農耕文化が弥生文化は突然始まったわけではないため、時代の線引きは難しいですが、縄文から弥生、そして古墳へという時代の移り変わりがイメージしやすい一冊です。

弥生の農耕社会から日本のルーツを知る本

著者
石川 日出志
出版日
2010-10-21

日本古代史シリーズの第一弾です。弥生時代の考古学者であり、弥生時代を簡単にひとくくりにまとめることへの疑問を持つ著者が、縄文から弥生への境目の無さ、大陸との関係性弥生文化の東西での違いなど、弥生時代の全分野をまとめた1冊。一般向けではありますが、近年の遺跡発掘の調査結果や学界の流れもしっかりと書かれており、読み応え十分の濃い内容になっています。読みやすい文章で構成されており、教科書ではわからない弥生時代の奥深さを感じられるでしょう。

初心者に!手軽に歴史を復習できるまんが

著者
出版日
1998-02-24

小学館の学習まんがの歴史シリーズです。旧石器時代から邪馬台国の登場までを漫画で描き、当時の生活風俗のイメージが湧きやすいため、サラッと読めます。最初の刊行はだいぶ前ですが、新しい研究結果の情報などもしっかり反映されているため情報の古さも感じないでしょう。勉強にも最適ですし、子どもに読み聞かせるもよし、大人の復習教材としてもおすすめの一冊です。

生活が稲作中心となった弥生時代は、平和でのどかだった縄文時代と違い、身分の格差が生まれ、争いが始まった時代です。また、弥生時代後半にはあったとされる邪馬台国はいまだに九州説と近畿説があり、場所が特定されていません。今回紹介した本を手にとって、弥生時代の謎に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。