新人漫画家・ 竹良実の初連載でありながら、多くの漫画家に絶賛された異色作『辺獄のシュヴェスタ』。中世ヨーロッパを舞台にした修練女たちの脱獄物語に、一体どんな魅力があるのかを解説します。
注目の新人・竹良実(たけよし みのる)の初連載『辺獄のシュヴェスタ』が、一部の漫画家やマンガ好きの間で人気を集めています。
中世ヨーロッパの魔女狩りと修道院を下敷きにした復讐の物語は異色ですが、単に奇をてらって選んだ題材ではありません。人が何を信じて生きるのかをテーマに、綿密な下調べを行い魂を込めて描かれたことが、コマからページからビシビシ伝わってくるような漫画なのです。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2015-06-12
修道院での仇討ちという題材はおそらく、漫画史において初めてではないでしょうか。閉鎖された世界で少女たちが苦境に立ち向かいながら脱獄を目指すというストーリーから、「ジョジョ」6部を思い起こす人もいるかもしれませんが、実際、そのくらいの熱と力を持った作品です。
テーマが重くややグロテスクな描写もあるため万人向けではありませんが、ハマる人はハマります。全6巻で見事に人間としての尊厳と生きる意味について描き切った衝撃作を、ぜひ読んでみてください!
16世紀のドイツ。当時ヨーロッパ中で流行っていたのは、魔女を探し出し残酷な拷問の後、火あぶりにする“魔女狩り”。そしてそんな魔女狩りで親を失った少女たちばかりが集められる修道院がありました。それが、ライン川とドナウ川の境目“分水嶺”にそびえたつクラウストルム修道院です。
1549年、ここに連れてこられたエラ・コルヴィッツも、たったひとりの育て親を魔女裁判で殺された1人でした。知恵と勇気で多くの病人たちを救ってくれた養母アンゲリーカ。最後に人間としての尊厳を踏みにじられて殺された母のことを、エラは決して忘れません。
そう、エラは復讐のために、クラウストルム修道院を支配する総長エーデルガルドの尊厳を踏みにじり返してやるためにここに来たのです。彼女の武器は養母と同じ、知恵と勇気。神になど祈らない修練女エラの決戦の日は、唯一エーデルガルドと1対1で対峙できる誓願式! この物語は、そのときまでの3年間のエラとその“姉妹(シュヴェスタ)”たちの戦いの記録です。
第1巻ではまず、主人公のエラの波乱万丈な人生の始まりが語られます。平民の家に生まれながら、真っ先に口減らしのために売られてしまい、逃げ出した先で生まれて初めて出会えた最愛の養母を魔女裁判という冤罪で奪われ、修道院に収監。そして下手な監獄よりも厳しい生活の中で、ひたすら復讐のために生きるエラ。
そんな中でも彼女がまったく眼の光を失わないのは、人間としての尊厳があるからです。それは、知恵と勇気、そして自分で考えて決めたことを行うという心と体の自由。修道院では魔女の子たちをあの手この手で自分たちの思い通りの信者――修道女に育て上げようとします。しかしエラは決して屈することなく、かつそれを悟られることなく抵抗し続けるのです。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2015-06-12
おそらくこの物語のテーマは“人間の尊厳”。人生にはつらいこともたくさんあり、そんなときは自分で考えることを手放してしまう方が楽なこともあるけれど、それは人間の尊厳を傷つける行為だからエラは戦うのです。彼女が戦う相手は、修道院であり、そこでカリスマ的な求心力をもつ総長エーデルガルドです。
神に祈る、あるいは宗教を信じるというのは、かなりポピュラーな思考の放棄の仕方といえます。そしてクラウストルム修道院のムター(母親の意味。学校における教師のような役割の女性)たちは、修練女たちから思考を奪うためにいろんな手を用います。まさにエラの戦う相手として最適といえるでしょう。
知恵と勇気で闘い抜くエラの強さがこの物語の吸引力のひとつです。そしてもうひとつ、彼女と仲間たちとの協力関係も物語を熱くしている要素といえます。第2巻では、4人の仲間たちがそろいます。
聡明で決して挫けない強い意志を持ち、どんな苦境でも解決策を導き出すエラ・コルヴィッツ。
キリスト教で罪深いとされるロマ族に生まれ、思慮深いがあきらめ癖もあるカーヤ・ジンメル。
裕福な家で不自由なく育ったため苦境に弱いが、仲間を大切にするヒルデ・バルヒェット。
やや個人主義だが決断力があり、運動能力・農作業の知識などに優れたテア・グライナー。
この4人がともに脱獄あるいは復讐を目指すわけですが、「いつでもみんな一緒!」というような仲間ではありません。彼女たちはそれぞれの目的のために、できることをやって協力するだけ。そしてそれぞれが、自分の正しいと思うことを行うだけです。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2015-11-12
「私はあんたを背負わないし、
あんたたちが私を背負うことも望まない。
それぞれの足で行けるところまで。
そういう旅の仲間よ。」
(『辺獄のシュヴェスタ』第2巻125ページより)
このエラの言葉は、お互いを尊重し合う、つまり尊厳を侵さない仲間であるということ。お互いに尊敬しあうことで成長していく4人だからこそ、離れても折れることのない強い絆が紡がれるのです。4人が磨き合うように強くなり、目的に近づいていく姿を見届けてください!
第3巻は、精神的にダメージを与えるエピソードが続きます。
修練女の間でささやかれる「赤い夢」のうわさ。その夢の話は見た者同士でしかしてはならず、それが集団心理をあおり、結果、仲間外れを生むことに。そしてエラ達4人は、その仲間外れ側に回ってしまいます。
「死神は殺せない。
背負わされるか、
背負わせるかだ…!!」
(『辺獄のシュヴェスタ』第3巻13ページより)
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2016-04-12
必ず誰かが貧乏くじを引く構造にはいかにも女社会らしい陰湿さがあり、とてもリアルです。女性なら自分の経験と重ねてみてしまう人もいるのではないでしょうか。そんな人たちにこそエラたちによる「赤い夢」事件の打開法を見て、痛快な思いをしてほしいです。
しかし「赤い夢」事件が終息しても、さらなる試練が4人を襲います。突然「反逆者」と呼ばれ、真っ暗な独房に閉じ込められるエラ達。全員が絶望を感じる中、「4人のうち3人だけ助けてあげる」というある二位生(上級生)からの申し出が!
人間の心の弱さに漬け込む罠が巧妙さを増す第3巻。それをエラ達がどう切り抜けるかも気になりますが、その一方でエーデルガルド総長の壮大な計画のの一端も明かされます。そして最後にはエラに最大の試練が! まったく中だるみのない濃い内容は必見です!
第4巻も内容盛りだくさんで、非常に濃いです。大まかに分けると見どころは3つ。
ひとつめは、エーデルガルドが教皇庁図書館の閲覧権を手にし、さらに知識と権力を広げたことです。彼女が偉大な修道女として多くの人間の心をつかんだのは、実はまだ公に走られていない科学を利用した自作自演によるものでした。エーデルガルドは“神”を信じさせる、つまり人間から思考を奪うことで支配力を強めていたのです。図書館の書物からさらに多くの知識を得て、彼女はより強大な敵としてエラの前にたちはだかることになります……。
そしてふたつめは、エラ達それぞれの成長です。特にこれまで足手まといになることもあったヒルデが、身を挺してエラを守ったのは大きな成長といえるでしょう。また二位生への進級に伴って選ばれる“監督生”の座を狙って、エラだけでなくカーヤも戦います。
そして最後のひとつは、そんな彼女たちの行く手を阻む新しい敵――エラ達と同じ一位生のクリームヒルト・レンツの登場。自分が成り上がるために人を傷つけることを何とも思わず、いつも笑みを浮かべるクリームヒルトは、上に君臨できる監督生の座を狙っています。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2016-09-12
仲間たちも成長したものの、より強大になる敵に不安を感じさせる第4巻。しかも最後に、また絶望できな状況がやってきます。しかしそんなときでも決して考えることをあきらめない名言!
「希望は、どんなに遠くを見渡しても見つからないこと。
なぜなら、それはいつも
手の中から生まれるものだからとということを。」
(『辺獄のシュヴェスタ』第4巻61ページより)
「この世にあらゆる物理にも差から言えるものがあるとすれば、
それはただひとつ、
人間の意志である。」
(『辺獄のシュヴェスタ』第4巻188ページより)
『辺獄のシュヴェスタ』には、人生の切り開き方を教える名言がたくさんあります。主にエラの生き方を語るその言葉は、まるで聖書の1節のよう。それはおそらく、人間に神を頂かせる協会側の人間たちに対抗できる、人間の尊厳の言葉なのです。
計画通り監督生になれたエラとカーヤ。それは罪のない修練女たちに厳しい罰を与える役目でもありますが、逆にその地位を利用して、無駄な血を流さないで済ませることもできます。しかし死なせていい命など彼女たちに選べるわけもなく、自分たちのためだけなら必要のなかった、多くの危ない橋を渡ることになるのでした。
しかしそれは他人のためではありません。自分の良心、ひいては尊厳のためです。エラ達はそのために他人の命すら守れるほどに成長したのです。
とはいえこの第4巻は、首の皮一枚の死の危険といつも隣り合わせです。そしてそんな中で、彼女たちがつかんだのは、クラウストルム修道院の残酷な計画でした。その計画を阻止するため、ついに4人の中から1人だけ脱走を実行することになります。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2017-02-10
第5巻で描かれたのは、「自分の良心に従って生きること」から一歩進んだ、「自分の良心に従って命をつなぐこと」ではないでしょうか。人を救うのは神ではなく、人、あるいは人々。そしてそれはときに、人が生きる意味となるのです。
今ならわかる。
理由なんてなかった。
人間は偶然生まれ、
生きた後に、
意味ができる…
去年の仲間達から引き継いだもの…
(『辺獄のシュヴェスタ』第5巻160ページより)
第6巻では、教会の計画の阻止とエラの復讐に向かって、勢いを増して物語が進みます。そしてお互いを背負ったりしないというかつてのエラの台詞どおり、4人はそれぞれ別の道をゆくことになります。しかし言葉にしなくても、心はいつもひとつ。
- 著者
- 竹良 実
- 出版日
- 2017-12-12
最後までクラウストルム修道院に残り、監督生として成果を上げてついに修道女となる5人に選ばれるエラ。彼女の目的は、誓願式で修道女候補に指輪が渡されるとき、エーデルガルド総長を殺すことです。しかし彼女は、それは正義なんかではないし敵討ちでもないことをすでに理解していました。
それはただの彼女が自分の意志で行うただの暴力なのです。その罪を背負ってでも、エラはエーデルガルドを許しておくことはできないのです。エラはそこまで覚悟しその時を待ちますが、より力を増すエーデルガルドに、彼女は勝つことができるのでしょうか。神VS人間の決着は、ぜひ自分の目で見届けてください!
打ち切りという見方も多いようですが、個人的には全6巻に凝縮されてきれいに完結した作品だと思います。最近の引き延ばしの多さこそ異常なのであって、できるならこのくらいにまとめて作品としての完成度を高めてほしいもの。青年誌の作品ですが、多くの女性に読んでほしい名作です。