はるか昔、日本にたどり着いて「土地神」となった吸血鬼のヴラドは、いくつもの出会いと別れを経験しながら成長していきます。スマホの漫画アプリで無料で読むことができるので、ぜひチェックしてみてください。
2014年から2017年まで「ガンガンONLINE」で連載されていた桜井海の作品。主人公は異国の地から日本に移り住んだ吸血鬼です。
吸血鬼のヴラドは100年前に日本にやって来て、その後「土地神」となり、人間や妖怪たちのさまざまな願いを叶えてきました。基本的には1話完結型で、不思議な哀愁ともの悲しさを感じさせる出会いと別れの物語になっています。
作者の桜井は、『おじさまと猫』で一躍有名になった漫画家。非常に美しい絵柄が特徴で、本作にも男性・女性ともに美形で魅力的なキャラクターが数多く登場します。彼らが賢明に生きる姿は儚げで魅力的。
これまで吸血鬼の物語といえば、大抵は西洋の国が舞台でした。日本の地で「神様」と呼ばれ、恐れられながらも敬われる和風吸血鬼は、その地にどのような恵みをもたらすのでしょうか。
この記事では、本作の各巻の見どころをご紹介していきます。ネタバレを含むのでご注意ください。
- 著者
- 桜井海
- 出版日
- 2015-05-22
日本の地に住み着いて百年以上になる吸血鬼のヴラド。「土地神」として、町はずれの山のふもとにある神社に住んでいました。そんな彼の神社をひとりの少年が訪れるところから物語は始まります。
友春というその少年には、くり返し見る夢がありました。彼は4歳の時に母親を亡くしていて、彼女の記憶は夢の中にしかありません。しかし夢での母親は、「置いていかないで」と泣きすがる幼い少年を「近寄るな」と罵倒しているのです。
- 著者
- 桜井海
- 出版日
- 2015-05-22
神社を訪れた友春は、ヴラドが女性を襲っているところを目撃します。とっさに攻撃をし女性を助けるのですが、なんとその女性も鬼の妖怪。結果的にヴラドに助けられることになり、少しずつ彼との親交を深めていきます。
しかし、鬼の妖怪が再び彼らを襲ってきました。やがて友春の母親にまつわる真相も明らかになり……。
「吸血鬼」というと忌み嫌われる存在として描かれることが多いですが、ヴラドは「土地神」という名のもとに人間や妖怪を守る存在として描かれています。彼らの願いを叶えることで、共存を果たしていました。
「俺はただ叶えているだけだ…人々の願いを…思いを…」
「神に選ばれたからではない…」
「それが俺の願いだからだ…」(『神と呼ばれた吸血鬼』1巻より引用)
日本という国は人間と神の距離が近く、それが時おりヴラドを苦しめることもありますが、彼は誰かのために涙を流しながら土地を守ります。彼の行動の端々に優しさを感じることができ、読んでいて穏やかな気持ちになれるでしょう。
また1巻では、色素の薄い狐のような外見をした「三神」の白蓮(はくれん)、同じく「三神」で女性好きの夜日古(やひこ)なども登場。彼らの関係性にも注目です。
2巻には、鬼と人間の愛情の物語や、38柱の土地神のなかでもっとも美しいといわれる「曽祢峯(そねみね)」を巡る物語、そしてヴラドの部下の狛犬である阿月(あづき)を主役にしたコミカルな物語など全5話が収められています。
なかでも「夏の約束」は、哀愁漂うストーリーです。
- 著者
- 桜井 海
- 出版日
- 2015-11-21
ある日ヴラドは、人間を食べようとしている妖怪の青年・宗吾と出会います。彼は記憶の一部を失っていて、記憶を奪った妖怪をおびき寄せるために2人はお祭りへ向かいました。
しかしそこで驚きの事実が明らかに。実は宗吾、先代の神である月形を殺したヴラドを許すことができず、復讐をしようとしていたらしいのです。しかし月形と約束していた「一緒にお祭りに行く」ということを、図らずもヴラドによって叶えられ、お礼の言葉を伝えます。
「今ならわかります あなたは神と呼ばれるべきだ」(『神と呼ばれた吸血鬼』2巻より引用)
こうして新たな出会いを経験したヴラドの背後で、何やら不穏な影が動いていました。「黒鳥」という謎の男が彼を狩る算段を立てていたのです。
今後どのように物語に関わってくるのでしょうか。
本作には、宗吾のように記憶を抜かれた妖怪がたびたび登場します。実は彼らの記憶を抜いていたのは、ヴラドの部下である阿月の片割れ、吽月(うんづき)でした。
しかし当の吽月も記憶をなくしていて、そのせいで大切にしてもらっていた先代の神・月形のことも忘れてしまっていたのです。
そしてある雨の夜。ヴラドの神社に「雨宿りをさせてほしい」とひとりの男性が訪れます。彼こそが2巻で登場した黒鳥で、ヴラドの記憶を抜き取ってしまうのです。黒鳥は記憶を集めて魂とし、先代の神・月形を生き返らせようとしていました。
記憶を喪失したヴラドは、かつての残忍な吸血鬼に戻ってしまいます。
- 著者
- 桜井 海
- 出版日
- 2016-04-22
黒鳥の登場により、月形とそれを取り巻く土地神たちの関係性が露わになってきます。
黒鳥はさまざまな妖怪たちから記憶を抜き取り、それを集めて魂としたものを月形の姿をした人形に入れ、蘇らせようとしていました。彼は月形に励まされた経験があり、生き返らせたいという気持ちはただただ純粋なもの。月形が土地神たちからいかに慕われていたのかもうかがい知ることができます。
本巻では黒鳥とヴラドの因縁に決着がつくのですが、決して命を奪いあうわけではありません。たとえ悪であっても、お互いの感情と意思を尊重した戦いに注目してみてください。
また後半では、ヴラドと人間たちの交流も。人間に姿を変えて温泉を楽しむ姿を堪能することができますよ。
ヴラドの住む神社の裏山には、現世と常世を繋ぐ「妖道」というものがあります。最近よく開くそうで、それが人間に害を及ぼしたり災害を発生させたりするのを防ぐため、和多津(わたつ)という土地神が動いていました。
彼はお祭りや集会には顔を出しませんが、その実力は確かなものだそう。ヴラドも1度会ってみたいと思っていたところ、その機会が訪れました。
和多津は常世に行こうと「妖道」に入るものの、これまで49回チャレンジしても辿りつくことができません。50回目の挑戦の際、ヴラドが案内役を務めることになったのです。
- 著者
- 桜井 海
- 出版日
- 2016-09-21
和多津を常世まで案内することになったヴラドたち。しかしその途中で、なぜか和多津が攻撃してきます。その衝撃で常世に入り込んだヴラドは、妖怪の統領を探すことになりました。
和多津は三神のひとりで、強いうえに謎多き神様。かなりの美形なのですが、かなりの方向音痴。また思ったことをハッキリと口に出す性格をしています。厠に案内してもらったと思えば30分経っても戻ってこず、なぜか屋根の上にいるというなかなかの不思議キャラでもあります。
また、妖怪に対して無慈悲な言動をみせるので、彼らの関係性にも注目したいですね。
終盤では、ヴラドがかつて犯した「神殺し」の罪が示唆されてました。
「ヴラドは一度神を殺しています」(『神と呼ばれた吸血鬼』4巻より引用)
次巻からは、彼の過去が本格的に描かれるようになります。いったいどのような経緯で日本の土地神になったのか、先代の神・月形との関係はどのようなものだったのか……いよいよ物語の核心に迫っていく展開です。
かつてヴラドは流れ着いた異国の村で、住民たちを「家畜」と称して閉じ込め、餌場として傍若無人に振る舞っていました。それを阻止したのが、月形。彼はヴラドを殺すのではなく助けてくれ、さらには自分の元で働かせようとします。
ヴラドにとって月形と過ごす時間は退屈なものでしたが、月形はそれでいいと思っていました。
「神の出る幕はない方がいい」
「こうして人々の笑い声を聞いているときが一番幸せだ」(『神と呼ばれた吸血鬼』5巻より引用)
しかしヴラドは、ここにいれば自分は自分ではなくなり、弱い人間に戻ってしまうと考えていました。平穏な日々を嫌悪し、この生活から逃れるべく、月形の殺害を企てます。
- 著者
- 桜井 海
- 出版日
- 2017-04-22
ある日ヴラドは、強力な妖怪に深手を負わされて帰ってきた月形を見て斬りかかります。しかし彼の体はまったく斬ることができません。
「お前が俺を弱くした」と糾弾するヴラドに対し、月形はこう言いました。
「何があっても……私はヴラドの味方だよ」(『神と呼ばれた吸血鬼』5巻より引用)
かつて弱小国の王に形だけのし上げられ、ひとり戦っていたヴラド。もう誰にも裏切られたくないという思いを抱えていました。自分の心の内を吐露し、受け止めてもらったことで、しだいに月形と打ち解けていきます。
よく働き揉めごとも起こさなくなった一方で、今度は月形を失うことを恐れるようになってしまいました。そんな時、嵐を起こす龍神と遭遇し……。
元は残忍な吸血鬼だったヴラド。彼の心の動きには人間くささを感じるでしょう。
月形の死の真相も明らかになり、彼を慕い、彼への恩を忘れなかったことがヴラドを「よい神」に成しえたということがわかりました。
最終巻となる6巻は、久しぶりに明るい雰囲気で幕を開けます。ヴラドの住む神社に、好きな男の子と両想いになりたい少女がお参りにやってきました。それを知ったヴラドは人間に化けて書店に行き、縁結びの本を買い求めます。何とか少女の願いをかなえようと奔走するのでした。
その一方で、白蓮と夜日古の体が入れ替わってしまうエピソードも。神として生まれ、弱い存在であることを許されなかった白蓮。そして才能、人格、人望に恵まれ、常に周囲の賞賛の的だった夜日古。入れ替わりを通じて2人が相手を受けいれていきます。
- 著者
- 桜井 海
- 出版日
- 2017-04-22
本巻は、主要キャラクターの心情を掘り下げたエピソードが多く収録されています。たとえば、最近月形でなくヴラドのことばかり考えてしまうようになった阿月の葛藤や、黒鳥と和多津の心の交流など、短いながらも彼らの魅力を引き立てる物語が満載です。
そしてヴラドは、とある学校に住まう邪悪な妖怪との戦いを通して、自分の中の月形の存在を再認識していました。月形のやりたかったことを引き継ぐ決意をし、「土地神」だという自覚を強くしていくのです。
いまやヴラドの元には、日々多くの土地神が集まりるようになりました。自分を頼ってくる者たちを救うことで、自身も救われるようになった彼の心の中には、間違いなく月形がいるようです。
「人の願いを聞くのが好きだ」
「けして全ての願いを叶えられるわけじゃないけど」
「全部受け止めているよ」(『神と呼ばれた吸血鬼』6巻より引用)
残虐な吸血鬼だった主人公のヴラドが「よい神」になっていく物語。少しだけ切なく、でも心に温かい感情を残してくれる本作をぜひ読んでみてください。