5分で分かるアメリカ独立戦争!流れや原因を分かりやすく解説!

更新:2021.11.13

自由の国アメリカ。資本主義の第一国として経済的にも文化的にもトップを走り続ける大国です。しかし、その独立には壮絶なドラマがありました。明るいイメージの裏側で現在も続く人種差別や移民問題……。問題の根幹につながるアメリカ独立戦争の流れや原因をわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの関連本もご紹介するので、ぜひチェックしてください。

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アメリカ独立戦争とは

 

1775年に始まったアメリカ独立戦争。アメリカにあるイギリス領となっていた植民地と、イギリス本国との争いです。

もともと、アメリカはひとつの国家としてまとまっていたわけではなく、そこに暮らしているのは先住民のインディアンたちでした。

ところが1400年代なかばの大航海時代の幕開けとともに、ヨーロッパの人々が次々にアメリカ大陸に押し寄せてきたのです。幾度の争いを経て、大陸の大半を統治したのがイギリスでした。アメリカを13の植民地として支配します。

ところが当時のイギリスは、戦争には強かったものの、資金面ではかなり苦しい状況にありました。そして植民地に対してさまざまな課税を要求するようになったのです。植民地の人々は、自分たちを蚊帳の外に置いた状態で、本国の議会で増税を決められたことに不満が爆発。反発して衝突を起こし、最終的には武力による戦争となりました。

厳しい戦いのなかで、植民地側につく他国の参戦もあり、最終的にイギリスが敗戦。1783年の「パリ条約」で正式にアメリカの独立が認められることになります。

アメリカ独立戦争が起こった原因

 

資金繰りに困ったイギリスが、植民地の人々に対しておこなった税金徴収が主な引き金です。

1764年に施行された「砂糖法」は、糖蜜1ガロンあたり3ペンスの税が課されるもの。前身にあたる「糖蜜法」よりも金額的には少なくなったものの、対象がワインやコーヒー、衣類などにも広げられました。

また1765年に発表された「印紙法」は、すべての印刷物にイギリスの印紙を貼るという、とんでもないもの。当然インターネットなど無い時代で、人々の情報源は紙です。新聞やパンフレット、証書やトランプのカードなども該当します。これには植民地の人々の不満が爆発し、各地で反対デモが起きたため、撤廃に追い込まれました。

また1667年には、同じく税収増を目的とした5つの法令からなる「タウンゼンド諸法」が施行。ガラスや鉛などにも税金を課せられましたが、これも反対運動が盛り上がり、1770年に撤廃されます。

1773年には、イギリスの東インド会社に、植民地での茶の販売独占権が与えられます。これは、ボストン港に停泊していた東インド会社の船を襲撃し、茶箱を海に投げ捨てる「ボストン茶会事件」を引き起こしました。

植民地の人々が怒っていたのは、これら重要なことを取り決めるイギリス本国の議会に、参加できなかったことです。パトリック・ヘンリーの「代表なくして課税なし」という有名な格言も誕生し、両者の対立は明確になっていきました。

独立戦争の一連の流れ

 

対立していたイギリス本国と13植民地ですが、当初植民地側は和解の道を探っていました。1774年には、各植民地から代表者が参加する「大陸会議」を開き、状況の好転を探ります。

しかしイギリスは応じません。1775年、レキシントンとコンコードに植民地側の武器庫があるという情報手に入れ、それを接収しようと試みます。しかし待ち伏せていた民兵によって返り討ちに合い、多くの死者を出しました。

これを「レキシントン・コンコードの戦い」といい、本格的な独立戦争の幕開けとなります。

この直後、植民地側は「ボストン包囲戦」を決行。ボストンを包囲してイギリス軍の動きを封じ込め、ダメージを与えることに成功しました。またこれを機に植民地の住民たちの結束が強まり、数ヶ月後には軍としての総司令官が誕生します。これが初代大統領となる、ジョージ・ワシントンです。

イギリス側も抵抗をみせますがボストン包囲を解くことはできず、ついにボストン市を明け渡す旨の文書が送ることとなりました。その後他国も次々に植民地側について参戦し、13植民地軍を勝利へと導くことになります。

フランスの参入

 

常識的に考えれば、植民地側がイギリスとの戦争に勝つ可能性はかなり低かったはずです。兵士の教育、訓練、武器、経験などを鑑みても、イギリス側が圧倒的に有利。しかし彼らには思わぬ弱点がありました。

まずアメリカには、そもそもイギリスから移り住んだ人々もいるのです。同国人とも戦うことになり、侵略する際にある種の迷いが生じます。また13の植民地は、それぞれ独自に発展を遂げていて、戦法もさまざまでした。ひとつの国を相手にしている場合は本部を制圧すれば勝利宣言ができるものの、各地域で勝利をしないといけない状況だったのです。

そこに、フランスが参戦してきました。1778年に「サラトガの戦い」で植民地側が勝利したことをきっかけに、ここぞとばかりに大陸軍についたのです。同盟条約を結ぶと、翌1779年にはフランスの同盟国としてスペインも参戦。1780年にはオランダも参戦し、財政的に援助します。

フランスが植民地側についたことをきっかけにイギリスは一気に劣勢に持ち込まれ、1783年に休戦協定を結ぶこととなるのです。

物語として読むアメリカ独立戦争記

著者
友清 理士
出版日

アメリカ独立戦争が日本語で詳しく書かれている書籍はあまりありませんが、本書は戦争の発端から引き込まれる文体で綴られています。

読み物としても面白く、さまざまな国の人間模様や思惑が絡み合ったストーリーにページをめくる手が止まりません。

独立戦争の主要因となる「フレンチ・インディアン戦争」についても詳細に記されているので、13植民地が独立するまでの流れを深く理解することができるでしょう。

アメリカ独立戦争で活躍したジョージ・ワシントンの哲学

著者
兵頭 二十八
出版日
2015-05-28

強国だったイギリスと、まとまりのない植民地住民の戦いだったアメリカ独立戦争。彼らはなぜ勝利することができたのでしょうか。

そこには、緻密な頭脳戦がありました。本書は、アメリカの初代大統領となるジョージ・ワシントンの資質に迫った一冊です。

武力でまともに戦っても、武器も経験も上のイギリスに勝つことはできません。ただ植民地側は独自の宣伝力を使い、「正義」を掲げて人種の壁を超えて一致団結することに成功しました。

ジョージ・ワシントンの人を動かす統率力と実行力は、現代のビジネスシーンにも役立つ哲学ではないでしょうか。

漫画で読むアメリカ独立戦争

著者
ムロタニ ツネ象
出版日
1993-09-01

1775年に勃発したアメリカ独立戦争から、1861年に起こった南北戦争までを漫画で描いた一冊です。親しみやすいイラストのため、抵抗なく読み進めることができるでしょう。

「人民の、人民による、人民のための政治」というリンカーンの名言は、どんな意味があるのでしょうか。独立戦争からの流れを理解すると、この言葉がいかにして生まれたのかよくわかるはずです。

植民地から州となり、まとまっていくアメリカ。しかし正義の名のもとにひとつになればよかったものの、さまざまな小競り合いが生じていまうのです。

漫画でわかりやすく、大国アメリカの歴史を辿ってみましょう。

我々日本人は、人種差別や移民問題に疎いところがありますが、アメリカ独立戦争の歴史を知ると、理想論だけでは解決できない問題の根深さがわかるでしょう。同時に違う価値観を認めて人々が手を取り合うことの大切さも痛感できます。

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