作者の世界に引き込まれ、読み終えた時、余韻が残る忘れられない漫画作品はたくさんあります。ここでは文学にも共通する永遠のテーマ「家族とは?」「自分の本当の姿とは?」を描いて秀逸な作品をご紹介します。
構成比:爽やかさ20%、親子の葛藤・愛情20%、余韻20%、ロマンティック10%、ユーモア10%、ファンタジー10%、苦み5%、ノスタルジー5%
萩尾望都は、ロマンティックなものからSFまで幅広いジャンルの作品を世に送り出している作家です。繊細でいてダイナミックな描写で、少年少女から大人まで年齢性別を問わない熱狂的ファンを持ちます。その萩尾望都の私小説ともいえる本作は、人間の良心のもとに生まれたイグアナの姿かたちをした少女、青島リカを主人公に幕を開けます。
リカの父は生まれた娘がイグアナであるにもかかわらず、リカそのものを愛し、認め、褒めてくれますが、リカの母親は自分が産んだ娘がイグアナであることを認められず、リカを愛せません。リカを絶えず否定し、妹のマミ(人間の姿)を溺愛します。そんな母親にリカは傷つき、人間関係にクールで臆病な少女になっていくのですが、同級生もリカに恋をする少年もリカのイグアナの姿かたちに重きを置いているようでもなくリカを愛してくれるのです。母親だけがリカがイグアナであることを非難し続け、リカは家を出るために留学を決意します。そして母親とリカはある事件をきっかけにお互いを認め合うのですが……。
あどけない少女から大人になり、思春期の中で家族との葛藤が生まれ溶けていくさまが萩尾望都ワールドの中でドラマティックに描かれます。
- 著者
- 萩尾 望都
- 出版日
幸せな結婚をして幸せな妊娠をして可愛い元気な赤ちゃんを見た時、何かががらがらと音を立てて崩れていった母の苦悩と、何をしても認められず、愛されない娘の苦しみをユーモラスに苦みを添えて鋭くえぐりだす萩尾望都ならではのファンタジーワールドです。
母親との葛藤を経験した人もしない人も、イグアナのリカの絶望感に胸が痛むのではないでしょうか。そして、リカの母の秘密が描かれ、すとんと胸の内に納得するときがきます。母との和解のシーンは爽やかな余韻を残し、読み返すほどに心の奥に沈んでいる隠された記憶を掘り出され、そして癒される1冊です。
構成比:人情味30%、親子の葛藤20%、ユーモア20%、笑い20%、涙10%
親は時に子の心を残酷に傷つけることがあります。しかし、心ばかりか子どもの肉体までも傷つけてしまう親もいます。愛を求めて差し伸べる手を、痛めつけ傷つけられたら子どもはどうしたらよいのでしょう。
歌川たいじは、ゲイのカップルの日常を明るく描いたブログ「♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です」で1日10万アクセスを誇る人気ブロガーです。オープンリーゲイである彼は私小説漫画ブログや漫画『じりラヴ』を通して性別を超えた「ひと」同士の愛を教えてくれました。
その彼が自分の中で消化しきれなかった母との関係を赤裸々に漫画にした本作は、華やかで強い性格の女性と、その母を愛し、愛されたかったけれど認められず肉体的にも虐待されていた子どものお話です。暗くて重いテーマなのに、歌川たいじは軽々とポップに描き、いつの間にか読者はその子どもが大好きになっているのです。
たいじの選んだ道はとことん母に憧れ、母を愛し続けることでした。子どものたいじを愛し、守ってくれた他人の”ばあちゃん”、工場の人びとがそこにいてくれたから……。
- 著者
- 歌川たいじ
- 出版日
- 2013-02-28
読み終えた時、子どもの歌川たいじをぎゅっと抱きしめたくなる明るくて爽やかな読後感の1冊です。孤独な子どもを救ったのは何か?血のつながりとは何か?血のつながりを超え、家族を超えた愛について考えさせられる1冊です。
構成比:衝撃30%、親子の葛藤・愛情30%、まったり感20%、余韻20%
愛が結実して子どもが生まれると信じていた青春時代に、こんなに悲しい現実があると知ってしまったら……。
主人公は高校3年、准看護学科の女子高生、X華(ばっか)。夏休みに母が見つけて勝手に申し込んだ産婦人科でのんきにアルバイトを始めます。読者はX華と一緒に未知の産婦人科病棟の扉を開けるのですが、そこは望んだ子ども達が生まれてくる嬉しさに満ち溢れた場所、ばかりでは無いことを知るのです。
院長から「90年代の日本の三大死亡率って知ってる?」と問題を出され、X華は、「え~と3位心疾患、2位脳血管疾患、1位悪性新生物」とのんきに答え、院長に「ブー」とダメ出しされます。
「教科書だったら正解だけどそうじゃないんだな。大事なことだから覚えるように。本当の第一位はアウス(人工妊娠中絶)だから」
X華は火葬業者に渡す胎児を瓶に入れ、蓋をし、誰にも弔われない胎児に、こっそりとお別れの儀式をするのでした。
- 著者
- 沖田 ×華
- 出版日
- 2015-05-13
名作映画『禁じられた遊び』を彷彿とさせる、X華たったひとりのお弔いのシーンは、乾いて透明で光あふれる光景が胸に残ります。
少女への虐待、不倫、突然死、生と死の交錯する職場でX華と読者はショッキングな現実と向き合いますが、読んでいて不快にはなりません。
知ることができてよかったとエピソードごとに余韻が残るのは、主人公のX華が、今どきの高校生らしいクールさに隠した温かい心情をポロリと見せてくれるからでしょう。小学校の授業についていけず、いじめられっ子だったX華はまっすぐに現実と向き合い、母となる人、なりそこなった人や被害者の心情に寄り添おうとします。人間て?母性って?父性って?読むほどに考えさせられるシリーズです。
構成比:破壊力30%、わくわく感30%、笑い20%、爽快感10%、ブラック10%
この破壊力に満ちたシリーズはスクエアな人は嫌いかもしれません。作者の内田春菊が破壊しようとするのは女性に降りかかる枷。少女たちが大人になっていくときに与えられる枷は、娘を想いすぎるあまりだったり、世間から押し付けられた硬直したものだったりもしますが、時として想像を超えた残酷な傷に一生苦しむこともあります。
作者は中学生の時に養父からレイプされ、実母はそれを黙認していたといいます。内田春菊のすごいところは、逆境をばねに、そしてネタにしてオープンに自らを語り続けることです。この『私たちは繁殖している』でも妊娠、出産といった女性にとって、大きな出来事をさらりと自然に描き、マタニティ・バイブルとして多くの女性から支持されています。
- 著者
- 内田 春菊
- 出版日
- 1994-05-25
男に捨てられるのを恐れ、娘を差し出していた母。そんな過酷な少女時代に、養父と母から逃げ出した娘が母になる時、葛藤や不安に押しつぶされそうになるのではないでしょうか。
内田春菊のこの作品にはそんな湿っぽさはみじんもありません。人間が人間を生み出すことの不思議さにワクワクしている、自分の中から自分とは異なる人間が生まれてくることを祝福している、そんなすっぽ抜けた明るさが、初めての出産を控えた女性たちに支持されるゆえんでしょう。
構成比:ときめき20%、哀しみ20%、親子の葛藤・愛情20%、余韻20%、ロマンティック10%、ノスタルジー10%
最後は少女漫画の王道、ラブストーリーですが、作者が吉田秋生ならば、ただのラブストーリーでは終わりません。
2006年から発表された名作『海街diary』から遡ること5年、1995年から1996年にかけて発表された同じ鎌倉を舞台にした、思春期のただなかにある高校生男女6人の物語です。登場する人物がのちの『海街dairy』にも登場するとなれば、海街ファンなら外せない1作です。
主人公のひとり高校3年の藤井朋章はイケメンで金持ち、女子の憧れの的ですが、とかく悪い噂が絶えず、そこがまたクールで女の子を惹きつけるという少女漫画のお約束男子。同級生の川奈里伽子は小学生のころに教師にいたずらをされ、それがトラウマになり、言い寄る男にNOといえないことで自分を追い込んでいる、こちらもまた何かと噂のある女子。早朝の鎌倉の海辺でふたりが出逢うところから物語はスタートします。
- 著者
- 吉田 秋生
- 出版日
6人の高校生たちの日常にひそむ光と影を美しい描写で描くオムニバス作品。大人の目から見たら問題行動を起こしているとしか見えない主人公たちの背負うトラウマや家庭環境を吉田秋生は丁寧に描き出します。
思春期の中で出逢うひとときの恋心は、同性に向けられたものも異性に向けられたものも淡く甘く哀しい。まだ大人ではない彼らに背負わされた家庭の問題は他人には見えにくく辛く痛い。ヌーヴェル・バーグのフランス映画の監督フランソワ・トリュフォーの『大人は分かってくれない』や日本映画の監督、大島渚の『青春残酷物語』を彷彿とさせる、子ども時代や青春の時間のやるせなさを切り取った薫り高い1作です。
いかがでしたか?読み終えると名画劇場で5本立ての映画を見るような、家族をめぐる愛と葛藤の物語たち。心に残り、何度も読み直した作品を集めてみました。きっと、あなたの心の奥に隠した哀しみを癒してくれるはず。お気に入りの作品があれば幸いです。