五月病に短歌はいかがでしょうか。小説や詩よりもさらりと読めて、意味すらわからなくていい素敵な文学です。
歌人になりたいと思っていた時期があった。
しかし、いつのまにか歌手になった。
この事実を何となく気に入っている。
現代短歌は年々盛り上がってきているように思う。その大きな一因となるのがTwitterの存在だろう。ハッシュタグ「#tanka」や「#短歌」をつけて投稿されたツイートを見てみると、たくさんの歌に出逢うことができる。ついには自動短歌生成装置「犬猿」(あらかじめ登録された語をランダムに組み合わせてそれらしい短歌を生成するプログラム)によって作られた歌を詠む架空のTwitter歌人、「星野しずる」という存在まで出現した。
五・七・五・七・七の31文字。短文でのコミュニケーションが望まれる現代に短歌はマッチしているのかもしれない。たとえばLINEのやり取りでも多くの人には短文の方が好まれる。親しくなればなるほど絵文字の数が少なくなり、句読点も助詞も省くようになり、支離滅裂な文脈でも意思疎通が図れるようになった経験がないだろうか。とてもリリカルな現象だと思う。またTwitterの上限文字数は140字なので、ハッシュタグや歌人名を入れたとしてもひとつのツイートにひとつの作品は収まる。Instagramで増えてきているテキスト自体を画像にした投稿も、31字であれば必死に目を凝らすこともなく読める。短歌はソーシャルメディアに適しているといえるのではないだろうか。
今回は、Twitterで出逢ったひとりの歌人と一冊の歌集をご紹介する。
- 著者
- 初谷 むい
- 出版日
- 2018-04-16
誰かがRTした彼女のツイートを見たとき、Twitterを惰性的に流し読みする目とiPhoneの画面をスワイプする指が止まった。ぽかぽかとした春の陽気のようなやわらかさと、そこはかとなく淫靡な雰囲気を醸し出す彼女の言葉にはっとし、それが短歌だと気づくまでに少し時間が掛かった。それほど強く、そして自然に言葉の魅力に惹きこまれたのだ。
すぐさま彼女のTwitterのプロフィールに書いてあったメールアドレスに連絡し、『春の愛してるスペシャル』という自主制作の歌集を購入した。本体価格200円に送料180円、合計金額380円。申し訳ないくらいお安い…。数日後に届いた小さな歌集は、みずみずしい短歌がいくつも収録された素敵な作品だった。そしてこの春、全国流通の歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』が発売された(『春の愛してるスペシャル』も収録されている)。わたしはまたしてもすぐさま購入した。届いたのは水色とピンクとグレーの淡い装丁が素敵な一冊の歌集だった。その中から特に好きな歌を厳選してご紹介する。
“猥談の春はうつくしひらがなのなかでは「な」と「む」がちょっとえろいね”
まるで彼女の言葉自身を詠ったような短歌である。実際、彼女は短歌でも散文でもTwitterでもひらがなを多用する。彼女の遣うひらがなは若い肉体の曲線をイメージさせる。健やかでいて、卑猥だ。そのふたつはなにひとつ矛盾しない。むしろ互いが互いの一部を担うように存在しているのだ。
“最初からお手もお座りもできたけどあなたに教えてもらいたかった”
自分の知っていることを、好きな人の解釈と言葉でわざわざ教えてもらうのは楽しい。それにしても、お手もお座りもというのが超良い。嗜虐心を甘く刺激されるようだ。
“ふるえれば夜の裂けめのような月 あなたが特別にしたんだぜんぶ”
日々必ず訪れる夜。それを特別にするのは、やはり恋か。「あなたが特別にしたんだ」という言葉には幸福と、そして少しの絶望が含まれているように思う。出逢わなければ、胸が張り裂けそうな想いを抱いて過ごす夜もないのだろう。
“忘れやすいこころですので安心してばかにしたり傷つけたりしていいです”
この短歌、とってもキュート。余程変わった趣味を持った人でない限り自ら進んでばかにされたり傷つけられたりしたい人はいない。しかし些細な一言でばかにされたような気分になったり傷ついたりする覚悟を決めなければいけないときもある。それも、やはり恋か。この歌は恋をする覚悟を決めた歌なのかもしれない。キュートで、そして強かだ。
と、ここまで好きな歌を勝手な解釈でご紹介してきたが、ご本人は全くそのつもりで書いたつもりのない的外れな見解かもしれない。しかし自由な感性で書かれた作品であるほど、こちらも自由な感性で解釈したいというものだ。ご本人の意図から飛躍していても、それはそれで楽しい。何より、むいさんご自身も笑って喜んでくれそうだ。これも勝手な想像でしかないが。
短歌を好きになったきっかけはよく覚えている。図書館に並んでいた一冊の歌集に衝撃を受けたのだ。穂村弘さんの『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』。その一冊でわたしは穂村弘さんに恋をした。今でも、いつかお逢いしたいなあと思っている人のひとりだ。でも実際何を話していいかわからない。最近好きなコンビニのお菓子はお訊きしたい。グミが好きかどうかも気になる。
本と音楽
バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。