レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』偏愛レビュー【高尾苑子】

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』偏愛レビュー【高尾苑子】

更新:2021.11.13

皆さん、こんにちは。Chubbinessの高尾苑子です。私は小さい頃から本が大好きで、いろんな本をたくさん読んできましたが、どの本が何のジャンルなのか……。というような詳しいことは未だあまり分かっていません。けれどずっとなんかかっこいいなあと思っているジャンルの本があって、今回はそのジャンルの本を読んでみました。

ブックカルテ リンク

「ハードボイルド小説」って聞いたことはありますか? 私はタバコをくわえたかっこいいおじさんが主人公のお話だ!というイメージがありましたが、ハードボイルドというのは、文学的に暴力的、反道徳的な内容を、批判を加えず客観的に記述する手法のことらしいです。そして最近定着している用語としては、従来の思想型の探偵に対して、行動的でハードボイルドな性格の探偵が主人公の小説のことを指すそうです。今回読んだこの小説は「ザ・ハードボイルド」という感じで、こんな小説が好きな方にはとってもおすすめの内容でした。かっこいい、渋い、そしてある種の美しい喪失。主人公にも登場人物にもまったく共感できないから、わからないものに惹かれるみたいな感じで夢中になっちゃう本です。

ロング・グッドバイ

著者
レイモンド・チャンドラー
出版日
2010-09-09

私立探偵のフィリップ・マーロウは“ダンサーズ”のテラスで、酔いつぶれたテリー・レノックスに初めて会う。大金持ちでありながらどこか影のあるレノックスはマーロウを引き付け、ふたりはそれからもたまにあって飲むような間柄になる。しかしあるとき、レノックスが妻を殺した容疑をかけられ自殺してしまう。

客観的な視点で物語が進むのでわりと集中して読まないと、主人公の気持ちや登場人物の意味もあっさりすりぬけていきそうな小説です。さらっと描いてあるものが奥深く、主人公はずっとかっこつけていて、語り手なのに読者にさえ本音で話してくれません。この小説を読むとき、かっこいいマーロウの生き方を眺めて楽しみつつ、マーロウは、本当はこんな気持ちだったのじゃないのかって推測しながら読むと、ずいぶん感想も変わってくるように思いました。

渋くてかっこいい、でもどこか切ないマーロウの魅力。今回はそんなハードボイルド小説について語りたいと思います。

フィリップ・マーロウ。私立探偵の彼は探偵の依頼を受けると、いろんな場所へ自分の足で向かい事件を解いていきます。探偵ものと聞いて私が思い浮かべるのは名探偵コナンやアガサ・クリスティー、シャーロック・ホームズシリーズなどですが、やっぱりそれらとは違います。物語の終わりが、すっきりした解決ではなく余韻が残るような。それにマーロウも勧善懲悪な人間であるとは言えません。騙されたりもするし、怒ってあまりよくないことをしたりもします。

そんな彼が魅力的なのは、人間味とかっこつけのバランスがちょうどよくとれていて、大人の男の人が憧れそうな感じの振る舞いが似合うからかもしれません。そしてそれを際立たせている文章。この本の文章は本当に一つひとつにセンスがあって、分かりやすくてきれい。無駄がなくて、お洒落で、自分では(少なくとも私は)思いつくことのない表現方法のいろんな文章がちりばめられています。たとえば“人生は所詮大仕掛けな見世物に過ぎない”“アルコールは偽装された一つの表現に過ぎない”など。ハードボイルドな名台詞がたくさんあります。皮肉の効いた表現がスパイスのように、この本をよりかっこよくしているようなイメージです。きつい皮肉のきいたセリフも物語にうまく合っているので嫌みがなくて淡々と感じられるところがますますかっこいい!

私はキッチンに行ってコーヒーを作った。大量のコーヒーを。深く強く、火傷しそうなほど熱くて苦く、情けを知らず、心のねじくれたコーヒーを。それはくたびれた男の血液となる。

物語は進み、ある人気作家と美しい奥さんがマーロウを翻弄します。事件のあらましに何か納得のいかないマーロウに、テリー・レノックスの大金持ちの奥さんのお姉さんや、その父親までが登場し、マーロウに事件から手を引け、関わるなと忠告していきます。テリー・レノックスが妻殺しをするはずないと確信しているマーロウですが、事態は思っていなかった方向へと進んでゆきました。

マーロウは友人であるレノックスが死んだと聞かされたとき、彼の遺言に従って彼のコーヒーを淹れて、彼の煙草を付けます。そんなロマンチックなマーロウが最後に期待した彼への思いは遂げられず、最後にはもっと悲しい別れが待っていました。そんななかでもゆるぎないマーロウの芯というか、単に虚勢なのかもしれませんが、切ないさよならが印象的です。

“さよならは言いたくない。さよならは、まだ心が通っていたときにすでに口にした。それは哀しく、孤独で、さきのないさよならだった”

最後のさよならは、マーロウにとっては彼の死よりつらいものだったかもしれません。裏切られ、利用され、罪のない人間を犠牲にした。変わっていくものを止めておく術はないし、自分では動かせないものへの憤りや、それでも動かしたくない自分自身の正義とか。そんなものへの感傷を誘うようなラストが美しかったです。

ハードボイルド小説のなかでも人気の高いこの一冊。ページ数は多いし、登場人物は多いし、事件も複雑ですが、文章の力なのかすらすら読めます。寝る前に少しずつ読むとかっこいい本だと思います! 気になった方、ぜひ読んでみてください!

『ロング・グッドバイ』に関連したおすすめ本

著者
青山 剛昌
出版日

黒ずくめの男に飲まされた薬によって、幼児の姿にされてしまった高校生探偵、工藤新一。彼は黒ずくめの男の情報を得るため、父親が探偵をやっている幼馴染の毛利蘭の家に「コナン」として居候を始めます。今、長年の謎だった黒ずくめの男の正体にどんどん近づいてきていて目が離せないマンガです。

著者
近藤 史恵
出版日
2014-04-28

ちいさなビストロで起こる、ちいさな不可解な事件。フレンチのビストロである「パ・マル」では今日もおいしい料理とともに、いろんな人のいろんな事件が、シェフによって解き明かされています。読むだけでもおいしそうなメニューに、些細な、でも深刻な事件がくっついているのが面白い。くいしんぼうさんにおすすめの、心あたたまる一冊です。

この記事が含まれる特集

  • 本とアイドル

    アイドルが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、詩集に写真集に絵本。幅広い本と出会えます。インタビューも。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る