2019年春に実写映画化が決定している、熟年夫婦の恋物語。本作は『娚の一生』『姉の結婚』などで知られる、西炯子(にし けいこ)の作品です。長年連れ添った夫婦ならではの心情が描かれるとともに、ふたりの娘の恋にも注目の作品となっています。 今回はそんな、まさに今注目『お父さん、チビがいなくなりました』の見所を考察!ネタバレを含みますので、ご注意ください。
本作の作者は『娚の一生』など、多数の人気作品を発表している西炯子。アラサー・アラフォーの微妙な心の機微を描くことに定評があります。そんな作者が今回描く熟年夫婦の恋物語は、2019年春に実写映画化が決定しています。
キャストは、亭主関白な父・勝に藤竜也、人言えず寂しさを抱え込んで過ごしてきた妻・有喜子に倍賞千恵子、そして2人の娘・菜穂子に市川実日子が名を連ねる豪華さ。
その他にも、有喜子が大好きな韓流ドラマの登場人物のヨンギと、その彼にそっくりなペット探偵・笹原を佐藤流司が1人2役で演じるなど、映画化作品も要注目です。
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- 著者
- 西 炯子
- 出版日
- 2015-09-10
寡黙な夫と、彼のためによく働く妻に、熟年離婚の危機が訪れます。飼い猫チビの失踪や娘の恋も入り混ざって展開していく、2人の物語の結末は……!?
人を想うこと、想いを伝えることの大切さを教えてくれる本作の魅力をご紹介。ネタバレを含みますのでご注意ください。
あなたは奥さん、旦那さんを大切にできていますか?
勝と有喜子は、結婚生活44年の熟年夫婦。
静かな老後がずっと続くと思いきや、ある日、有喜子は「お父さんと離婚する」と言い出します。そんな矢先、飼い猫のチビが失踪。有喜子は懸命にチビを探すものの、なかなか見つかりません。そして、勝からの「諦めろ」という言葉に心を痛めるのです。
一方、娘の菜穂子は、会社の後輩・山崎からアプローチを受けます。ひねくれたアプローチに反発する菜穂子と、余裕ありげな態度の山崎の恋の行方は……?
勝と有喜子、菜穂子と山崎、そしてチビはどうなるのでしょうか。
「熟年離婚」という言葉が珍しくない昨今。勝と有喜子も例外ではありません。長年連れ添った夫婦でも、小さなすれ違いの積み重ねが、大きな歪みを生むこともあるのです。
勝は寡黙な夫。用事があるときは、いつでも「おーい」の一言です。一方の有喜子は、彼が言いたいことを察しないといけません。2人には会話らしい会話がないよう。有喜子が勝に一方的に話しかけて、勝は返事もしないというのが当たり前になっています。
そんな彼の反応に、有喜子は寂しさと不安を覚えます。友達夫婦は手を繋いで夫婦仲よく出かけるのに、彼女はいつも1人で出かけ、外で勝を見つけて手を振っても知らん顔をされるのです。
彼女がどれだけ寂しい思いをしているか、勝は考えてもいません。それどころか彼は、有喜子に内緒である女性と会っています。しかも、有喜子はそれに気づいているのです。
チビがいたころはチビに話しかけて気を紛らわせていた有喜子ですが、チビが失踪してからは、勝に対して心の距離を広げていきます。
そして2人はとうとう、喧嘩をしてしまうのです。チビのことから始まった口論は、やがて2人の問題に発展し、ついに有喜子はある決定的な言葉を口にするのでした。
2人の問題はありふれており、誰にでも起こりうる出来事です。読者にそのリアルさをまざまざと感じさせるところに、作者の力量が発揮されています。登場人物の、繊細な心の機微を感じながら読んでみてください。
本作では、猫のチビが物語のカギとなっています。ここではチビが表す意味を考察してみましょう。
武井家の飼い猫・チビは、菜穂子が雨の日に拾ってきて以来、彼らの家族になりました。青い目の黒猫で、13歳のメスです。いなくなった日、直前まで魚のカレイを元気よく食べていたのに、勝と有喜子が気づいたときには姿を消していました。
チビを心配して探す有喜子に対し、勝は放っておけと冷たい様子。彼女は、さらに夫に不満を募らせていきます。なかなか見つからないチビを見つけようと、娘の菜穂子から聞いたペット探偵を雇った有喜子。
やって来た探偵の笹原を見て、彼女は勝の前で思わず舞い上がります。大好きな韓流スター・ユン様にそっくりだったからです。
彼女の態度と、笹原を雇った10万円という金額に、勝はヘソを曲げます。有喜子に強引に押し切られたものの納得していません。彼は、笹原に連絡をとる有喜子に何も言わないものの、自分よりも彼を頼りにしている様子を見て、内心穏やかではいられない様子です。
そして、彼は仕事の帰り道、有喜子に内緒である女性と会います。その女性は有喜子もよく知る人で、実は妻は、その密会に気づいています。
そんなことが積み重なり、2人はとうとう喧嘩をしてしまうのです。チビのことから自分たちの関係にまで話がおよび、ついに有喜子はある言葉を口にするのでした。
夫婦仲がよいときはチビがいて、2人がすれ違い始めるとチビはいなくなりました。そして、チビが姿を消している間、2人の仲は最悪な状況に。チビの存在は、2人の夫婦仲を意味するのではないでしょうか。
チビは戻ってくるのでしょうか。そして、そのとき勝と有喜子の関係は戻っているのでしょうか。その答えは、ぜひ本作を手に取って確認してみてください。
長年連れ添った夫婦でも、お互いのことを完全にわかり切ることはありません。ですが、長年連れ添ってきた2人には、お互いに歩み寄る気持ちが備わっています。
勝は、思っていることを口に出しません。お風呂に入るときでも、バスタオルがなければ「おーい」と有喜子を呼び、下着を持って入るのを忘れたことに気づけばまた「おーい」です。会話らしい会話はありません。
有喜子は、彼が女性と密会していることを知りながら、知らないふりをしています。また、友達夫婦が仲よく手を繋いで出かけることを羨ましく思っています。彼女は、たくさんの言葉を我慢しているのです。
一方、勝は夫婦で旅行に行きたいという有喜子に何も返事をしないものの、こっそり旅行券を用意していたり、チビがいなくなったときも「放っておけ」といいながら、こっそり探していたりします。
そして、有喜子がチビを探すためにペット探偵を雇ったときも、10万円という大金を支払ったことに文句を言いつつ、彼女の好きにさせるのです。
言いたいことは山ほどある。けれど、いちいち言っていては、夫婦の間柄は成り立たないことがわかっています。だからこそ、2人はできるだけ相手に歩み寄った行動を取って、夫婦関係を成り立たせているのではないでしょうか。
彼らが長年連れ添ってこられたのは、お互いを思いやる気持ちと努力があるからこそだと、その姿から考えさせられるでしょう。
勝と有喜子には、3人の子供がいます。そのなかで末っ子の菜穂子の恋愛も、本作の大きな見所です。
彼女は37歳、企業に勤めるキャリアウーマンです。仕事は順調で、その若さで課長に昇進しますが、恋愛は順調ではありません。昇進したことで社内恋愛をしていた彼氏が部下になり、彼女が上司という状況に耐えられなくなった彼からフラれてしまうのです。今度こそ結婚できると思っていた彼女は落ち込みます。
そんな彼女に何かと絡んでくるのが、後輩の山崎です。菜穂子より一回りほど年下の彼は、社内であまりしゃべらず、菜穂子もほとんどしゃべったことがありません。
そんな彼が、菜穂子の昇進祝いの席でお酒を注ぎに来たときのこと。彼は何を思ったのか、家を買った菜穂子に、自ら婚期を逃していると馬鹿にしたように話し出しました。頭にきた彼女は、思わず持っていたグラスで彼を殴ってしまいます。
その後も彼女が指を切れば絆創膏を投げて寄こし、お昼ご飯を食べていれば野菜ジュースを渡してきたりと、何かと絡んでくるのです。そして、いつも余計なことを言って彼女を怒らせてしまいます。彼なりのアプローチなのでしょうが、かなり不器用といえるでしょう。
そんな彼が菜穂子をものにせんと、勝に近づきます。将棋仲間になり、妻との関係の相談に乗るのです。ストーカーのような彼に驚く菜穂子ですが、彼はどんなことをしても菜穂子が欲しいと告白するのでした。
この後の2人の甘いシーン、不器用な彼らの恋の結末は、ぜひあなたの目で見届けてください。
最終話では、いなくなったチビの行方、菜穂子と山崎の恋、そして勝と有喜子の気持ちが明らかになります。
勝は、有喜子を大事に想ってきたつもりでした。しかし、ある女性と密会していたことが有喜子を傷つけていたのではないかと思い至ります。そして有喜子は、その女性が原因で勝が自分と結婚したのではないかと思っていたのでした。
- 著者
- 西 炯子
- 出版日
- 2015-09-10
有喜子は、勝に長い間思っていた想いをぶつけます。すると、彼から返ってきたのは、彼女が思いもしなかった、それでいて1番大切に感じる言葉だったのです。
このときの彼の言葉には思わず胸がジーンとなり、涙が出ることでしょう。みなさんに、ぜひ見ていただきたいラストです。
本作は、恋する男と女に年齢は関係ないことを教えてくれます。また、長く一緒にいてお互いのことをどんなにわかっているとしても、大切なことは言葉にして伝えることがとても大事なのだと、気づかせてくれるのです。
読んだ後は、きっと心があたたかくなることでしょう。人を想う気持ちと、気持ちを伝えることの大切さを教えてくれる本作。その結末は、ぜひご自身の目でお確かめください。
物語のなかで、時代によって絵柄が違っているところにもご注目ください。若い頃の有喜子がとても可愛いです。