血生臭い事件よりも「日常の謎」を描く名手・加納朋子。その世界の中に住む人々への優しさに満ちた物語は、切ない展開でも前向きな気持ちにさせてくれるものばかりです。 闘病を越えてなお名作を紡ぎ続ける加納朋子のおすすめ作品を6作ご紹介します。
加納朋子は福岡県北九州市生まれの小説家です。文教大学女子短期大学部文芸科を卒業し、化学メーカー勤務中に執筆した『ななつのこ』で鮎川哲也賞を受賞してデビューしました。
ジャンルは推理小説ですが、血生臭い殺人事件などはあまり起きず、「日常の謎」を解くストーリーが特徴的です。短編連作集が多く、各短編での伏線が重なり、全体の謎につながるという仕掛けは本格的ミステリーテイストでもあります。ファンタジー風の作品はもちろん、ミステリーもやわらかい読後感を残します。
加納朋子は、急性白血病の告知を受け、緊急入院、抗がん剤治療、骨髄移植を経て寛解した経験を持ち、その闘病日記を『無菌室より愛をこめて』として発表しています。
その帯に書かれた「愛している人たちがいるから、死なないように頑張ろう」という言葉に全作品を通して感じる彼女のひたむきな強さが現れているような気がします。
加納朋子の世界観、空気感が既にうかがえるデビュー作。短編連作集です。
短大生の入江駒子が表紙に惹かれて手にした本「ななつのこ」。すっかり惚れこんだ駒子はファンレターを書こうと思い立ち、町を騒がせたスカイジュース事件のことを交えて、長い手紙を綴ります。すると、事件の解決編ともいうべき返事が舞い込んできて……。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
手紙というありふれた小道具を通して、日常の謎がやわらかく解かれていく秀作シリーズです。言葉選び、展開が繊細で温かく、登場人物それぞれの立場や考え方がしっかりと描かれているため、読む手が止まらなくなります。
表紙装丁が作品のイメージにぴったりで、そこも含めて完成された世界観が構築されています。
この作品は駒子シリーズとして刊行されており、『ななつのこ』『魔法飛行』『スペース』の3冊と、絵本『ななつのこものがたり』があります。どこから読んでも楽しめますが、加納朋子のスタート作品ですので、順を追って読み進めることをオススメします。
このシリーズは『螺旋階段のアリス』『虹の家のアリス』の2冊が刊行されており、文庫は本来の装丁のものとライトノベル風イラストで彩られたものの2パターンが存在しています。ライトノベル風のイラストのカバーはなかなか可憐でおすすめです。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
- 2016-09-02
大企業のサラリーマンから私立探偵に転身したものの、憧れのハードボイルドな事件依頼は皆無で事務所で暇を持て余していた仁木順平。そんな彼のもとへ真っ白の猫を抱いた美少女・安梨沙が迷い込んできました。探偵助手志願の彼女とコンビを組むことになった仁木のもとにはさまざまな事件の調査が舞い込むようになり……。
おませでお洒落で聡明な美少女と、しがない青年探偵という漫画やアニメ的なキャラクターが「日常の謎」を解いていくシリーズものです。全編に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』のキャラクターの引用もある、まさにアリス・オマージュの作品です。ルイス・キャロルのアリスと並べて読んでみたら、作品に秘められた想いが見つかるかもしれません。
アリスシリーズは明るい優しさと切なさに満ちたお話ばかり、ぜひ手にとってみてくださいね。
ささらさや』『てるてるあした』の2冊が刊行されている傑作シリーズです。
事故で夫を失ったサヤが、赤ちゃんのユウ坊とともに佐佐良の街へ移住し、そこでは不思議な事件がつぎつぎに起こります。そしてそのたびに、亡き夫が他人の姿を借りて助けにきてくれるのです。そんなとき、義姉がユウ坊を養子にしたいと圧力をかけてきて……。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
ゴーストの夫とサヤが永遠の別れを迎えるまでの優しくて、切なくて、愛しい日々を描く連作ミステリーです。大切な誰かといっしょに生きることの大切さ、それが当たり前でも普通でもないことを改めて感じられる作品です。
ドラマや映画、漫画化されていますので、加納朋子の繊細な文章で綴られる原作の世界と比べてみるという楽しみ方もオススメです。文章なのに際立った世界観を持つ加納朋子の魅力を改めて実感できると思います。
涼し気な声の女バーテンダーが切り回すバー「エッグ・スタンド」は、カクテルリストが充実した小粋な店です。謎めいた話を聞かせてくれるカップル、なにもかもをすっかりお見通しといわんばかりの風情の紳士と、いつも常連が並んでいて、今宵も「奇談」がはじまります。
狂言誘拐を企んだ昔ばなしやマンションの一室が消えてしまうなど……バーでの会話からはじまる連作短編集です。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
主人公は冬城圭介と彼女、若いカップルです。多くの部分が圭介こと「僕」が語り手となり、都会風のしゃれた出会い、ほろ苦い恋愛のスリリングさも描かれています。
「自分に何か大切なものが欠けているのではないかという思いは、子供の頃からつきまとって離れなかった」という圭介の想い、「エッグ・スタンド」というバーの名前に込められた想い、メインテーマである「掌の中の小鳥」が、鮮やかに織りなす展開は実に見事です。
周囲の雑音に嫌気がさして、引っ越しの準備をはじめた堀井千波が、ひっくり返した荷物の中に偶然見つけたのが『いちばん初めにあった海』でした。読んだ覚えのない本の間からは、未開封の手紙が出てきました。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
差出人はYUKI。千波には心あたりのない名前でしたが、手紙を開いてみると「私も人を殺したことがあるから」と書かれていました。YUKIの正体や、本に手紙がはさまれていた理由といった謎を追いかけながら、千波は過去の記憶をたどりはじめます……。
デビュー作の『ななつのこ』同様に、本と手紙をきっかけに、心に傷を負ったふたりの女性の絆と再生がしっとりと切なく描かれる感動のミステリーです。読み進めるうちに自分によく似た誰かを見つけるかもしれませんよ。
通り魔に襲われて死んだ美しく聡明な17歳の女子高生・安藤麻衣子。満ち足りて幸せそうに見えていた彼女の心の闇をきっかけにした連作ミステリーです。
同級生の父親、彼女の通っていた学校の養護教諭や担任など、安藤麻衣子の周囲のひとびとの視点で事件にまつわることや、それぞれの心の内が語られていく形式になっています。一見、麻衣子の事件とは関係がなさそうに思える話が、最後に見事に繋がっていきます。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
- 1997-08-25
「ありふれた悩みなんて、ないんだから。特別な悩みなんてものがないみたいに」という文章に現れているように、不安定な年頃でもある少女たちの心の震えが息苦しいくらいに響き、いろいろと考えらせられてもしまいます。繊細で美しい文章と、温かくて優しく、それでいて悲しく切ない名作です。
彼女たちと同年代にはもちろん、かつて少年少女だった大人たちにもぜひ読んでほしいと思います。
優しく切ない、繊細な文章で「日常の謎」を紡ぎ続ける加納朋子。短編連作ばかりですが、大きな流れがあって、ひとつの真相に結びつくので、短編と短編の間はあまり開けずに読みたくなるものばかりです。