花村萬月(はなむら まんげつ)はアンダーグラウンドに生きる人々が傷ついたり傷つけられたりしながらも強く生きていく姿を描いた作品が多い作家です。今回はそんな花村作品のおすすめを6作ご紹介します。
花村萬月は1955年東京都生まれの作家です。
明治生まれの父親は、母親とは30歳くらいの年齢差があり、花村に旧仮名遣いの本の読書を強制していました。父親の方針もあって小学校はあまり通わなかったようですが、学問の基礎のほとんどは父親から教わったとのことです。
どうやら問題行動の多い子どもだったらしく、小学校6年のときに児童相談所に送られ、福祉施設である東京サレジオ学園付属小平育英学院サレジオ中学校から都立高校に進学しましたが、入学3日目に喧嘩により退学する羽目になってしまいました。
京都に移住後は、ヒモ生活や肉体労働をし、ギターが弾けたのでキャバレー回りのミュージシャンとしても活動したそうです。更に、薬物中毒からアル中になってしまい入院加療。退院後、博打ばかりをしていた際に裕福な人妻と知り合って、一緒に日本中を旅したそうです。
その後、同棲していたクラブホステスにお金を出してもらって北海道旅行に行ったときのことを書き綴った日記が、旅行記のコンテストにおいて佳作を受賞したことがきっかけで、小説家を目指しはじめました。そして、『ゴッド・ブレイス物語』で小説すばる新人賞を受賞して見事デビューを果たし、1998年には『皆月』で吉川英治文学新人賞、『ゲルマニウムの夜』で芥川賞を受賞しています。
これだけでも、とても波瀾万丈の人生ですよね。きっとこれらの経験が花村の作品に生きているのでしょう。
19歳の麻倉朝子はハード・ブギをメインに演奏するバンド「ゴッド・ブレイス」のボーカルでバンド・マスター。他のメンバーはギターのヨシタケ、ドラムのカワサキ、ベースのタツミ。皆単独でもやっていけるぐらいの実力があるのに、朝子の歌に惚れこんで一緒に活動してくれている状態でした。
付き合いのある芸能事務所の社長の口車に乗せられて京都まで遠征したものの、そこでの仕事は聞いた話とまったく違っていました。しかも、ギャラはもう事務所に支払われていると言うので確認の電話をしたら、もぬけの殻で……。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
花村萬月の作風を知っていると少し驚きますが、ブルース、ヤクザ、楽器やバイクなどといった彼に欠かせないディテールも既にしっかりと含まれています。
バンドの3人の男たち、ドラマーの1人息子、バーを経営するヤクザな社長、そして朝子。それぞれが人に言えない傷や秘密を持って生きていて、そのすべてに朝子の歌が癒しとなるような物語です。彼女の歌声を想像しながら、ぜひ読んでみてください。
街で殺人を犯した朧(ろう)は、潜伏するためにかつて自分が育った修道院兼教護院に戻りますが、そこに行っても修道女を犯して神父に性奉仕をし、教護院の少年たちや動物に暴力をふるい続けます。果ては、神父に告解する形で将来犯す予定の罪の赦しを得た挙げ句「赦されたので実行します」と挑発したり、外国人シスターを誘惑して堕落させたり、「神の怒り」を試すかのようでした。
なにもかもが腐って淀んで、穢れたようなこの空間で、朧はいったいどこへむかうのか……。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
この作品は冒頭からバイオレンスなのですが、そこを乗り越えれば、素晴らしく面白い物語だとわかります。芥川賞受賞作という輝かしい形容詞を取っ払っても、ありあまるエネルギーの強さに息がつまるような感覚を味わえます。できれば元気なときに読んでいただきたい1冊です。
ちなみに、作品中の修道院兼救護院の描写には、少年時代の花村萬月がキリスト教系養護施設で経験したことなどが反映されているそうです。巻末にある小川国夫との対談によれば、キリスト教聖職者による子供への虐待については、花村自身も実際に体験したとのことなのだとか。
『ゲルマニウムの夜』は芥川賞を受賞し、2005年に実写映画化もされました。映画にて監督を務めたのは大森立嗣。彼の監督デビュー作にもなりました。大森立嗣について詳しく知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
パソコンで橋梁の力学的計算を行う設計技術者である諏訪徳雄の妻がある日、「みんな、月でした。がまんの限界です。さようなら 沙夜子」と書き置きを残し、1000万円の貯金とともに姿を消してしまいました。
諏訪は、妻の失踪をきっかけにしたように、妻の弟であるヤクザのアキラを頼って裏社会へとドロップアウトし、ソープランドで働く由美と知り合ってすぐに同居するような仲にもなります。
やがて、諏訪と由美とアキラの3人は、妻・沙夜子を捜す旅に出ることに……。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
- 2000-02-15
孤独な男と女が出会い、なし崩しのように結ばれ、互いの再生に向かっていく物語です。当然ながら、エロティシズムもアウトローっぽさもあるのに、どことなく優しく爽やかな雰囲気が感じられる不思議な作品。特に諏訪が有美に麦わら帽子を買ってやるシーンなどはなんともいえない可愛らしさに満ちています。花村萬月の作品の中でも、かなりおすすめです。
背中に刺青はなく、指も欠けていないし、更に色白で、極道にはとても見えないのに、徹底的に冷酷無比の極道・山崎が、出会ってまもない子持ちのフィリピン女性・マリーの鼻を殴ってつぶしたところからはじまる物語です。
やがて、山崎はこのマリーと結婚し、彼女の連れ子・パトリシアを溺愛するようになり……。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
「だからこそ、最後まで嘘をつきとおす。俺たちは宗教団体なのさ。だから、嘘に命をかける。嘘の殉教者にさえなる」と言いながら、山崎はこの疑似家族のような関係を守ろうとします。だからこそ、敵対するものに対して山﨑は苛烈で暴力的になり、家族を破壊するものに対して一切の容赦はしません。
凄惨な暴力シーンと家族関係との対比が、よりバイオレンスの色彩を濃くしていきますが、不思議といやではない作品です。「愛だよ、愛」と言いきれてしまう山崎の姿を確かめてみてください。
修道院とは形ばかりの醜悪な教護施設で育った混血児のイグナシオは、友達を事故に見せかけて殺してしまいます。偶然に現場を目撃した修道女の文子は、誰にも言わないことをイグナシオに誓い、やがてふたりは結ばれることになります。
そして、居場所を探しながら新宿歌舞伎町に辿り着いたイグナシオは……。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
前にあげた芥川賞受賞作『ゲルマニウムの夜』の原型でもある作品なのだそうです。生を「性」として描き、死を暴力と殺人という形で表現し、特殊な造形のピカレスクヒーローを彩っています。ストーリーは少しばかり強引で粗削りな部分もありますが、イグナシオが愛する3人の女性が実に鮮烈なリアルさを持っていて、素晴らしい描き方をされています。これを読むだけでも、この作品を手に取った価値はあります。
花村萬月はキャラクターだけを決めて、ストーリーはほぼ真っ白な状態で書きだしてしまうのだそうですが、それでこれだけの作品を仕上げるのですから、すごい才能の持ち主です。文章の巧さ、表現力をじっくりたっぷりと味わいつつ、『ゲルマニウムの夜』と読み比べてみるのもいいかもしれませんね。
大荒れの南シナ海を航行する、25万トンの巨大なタンカー「光栄丸」。監督する徳山は、日本刀を振り回すヤクザです。主人公村上の友人崔は、その監督下で死んでしまいます。徳山は同性愛者で、村上と崔が親しいのに嫉妬したのでした。
- 著者
- 花村 萬月
- 出版日
何やら尋常じゃない印象を受ける小説『ブルース』は、個性的なキャラクターに彩られる暴力小説です。
元ギタリストの港湾労働者である村上に、場末のライブハウスで歌うハーフの美少女綾、そして、ホモのヤクザ徳山。この3人の三角関係を軸に、物語は進みます。
徳山は村上を愛しており、綾は村上に好意を寄せています。そもそも崔が死んだのは、徳山が村上を差し向けて崔にタンカー内の危険な作業をやらせたからであり、そのことを村上は恨んでいるものの、どこかに後ろめたさがあり……。
このような人間関係のやるせなさ、悲哀が、横浜の港町を舞台に、音楽(ブルース)をからめて進展していきます。セックス、暴力、ドラッグなど、ハードボイルドによく使われる道具立てを丁寧に使いつつ、音楽がふと息抜きのように挿入されます。
過激な小説を読みたいと思う人には、手にとって見ることをおすすめします。
波瀾万丈の人生経験を反映したような濃厚な作風が多い花村萬月ですが、尖ったものばかりではありません。是非とも手にとって、その世界を楽しんでいただければと思います。