ストーリーの設定によっては、だらだらと長期化するよりも、むしろ短期間や読み切りだけで終わらせた方が素晴らしい作品になるものもあります。今回はそんな作品を紹介します。
- 著者
- 柏木 ハルコ
- 出版日
- 2013-05-08
男と女の情念を描くとトップレベルの漫画家・柏木ハルコの短編集です。タイトルの通り、様々なシチュエーションによる「失恋」が描かれています。今回は「別れる」という作品をご紹介します。
ストーカー対策として、恋愛感情を抑える薬がある近未来のストーリーです。主人公の猪狩は、この薬を使おうとしています。それまで猪狩は冷静だという自覚のもと生きてきました。今の彼に出会うまでは。好きだったらお互い100%理解できるはずだという考えを強要するようになってしまいます。
無視され始めると言うことが支離滅裂になり、電話を1日に50回かけたり、彼氏の家へ不法侵入の一歩手前までやってしまったりとストーカー的な行動をするようになってしまいます。そんな自分がいやで、恋愛感情抑制の薬を飲むから最後に会って欲しいと頼み、彼の前で薬を飲み…。
男と女の一筋縄ではいかない心の移り変わりに、複雑になってしまった関係性の難しさを感じます。読み応えがあり、読後感は考えさせられるようなちょっとビターな作品です。
- 著者
- 羽海野チカ
- 出版日
- 2011-07-20
『はちみつとクローバー』や『3月のライオン』で有名な羽海野チカの初期の短編集です。どの作品も、読み終わりには心が暖かくなり、人に優しくなれそうな気になります。今回は『スピカ』を紹介しましょう。
高校3年の夏、進路に不安をもつ少年少女たちの物語です。バレエを続けている女子高生・美園と、ベスト4を目標に頑張る野球部員の高崎はひょんなところから出会います。そして学校のテストのため、美園は高崎が教えている野球部の勉強会に参加することになります。
「応援に行ってやるんだからベスト4ぐらい行ってくれ」
勉強中に外から聞こえた声に、なぜか美園が涙を流し、教室を飛び出してしまいます。実は美園は母親からバレエを辞めて受験に専念するように言われているのです。なんとか母に認めてもらおうと頑張る美園ですが、恐怖心とぴ列車ーから上手く動けなくなっていたのでした。
「何かを好きになるって、そんなに悪いことなのかなぁ。笑われるほど?」
美園は好きという気持ちだけでやっていけるほど甘い世界じゃないのは知っているけれど、あっさり辞められる程簡単でもない自分の気持ちをつぶやきます。
「泣いてもやめられないほど好きなものがあるってのはさ、きっとすごいことなんだぜ」
高崎は美園のために、何のために続けているのかという原点を振り返らせます。他の作品も微笑ましく、可愛らしい作品が多いので、優しい気持ちになりたい方におすすめです!
- 著者
- ヤマシタ トモコ
- 出版日
- 2010-07-09
表紙の絵に騙されてはいけません。下ネタギャグ漫画です。
両親の不手際で、父の知人の家に居候することになってしまった女子高生たえ子は、その家から出てきた男に戸惑います。父の知人という彼、升田は裸族(変態?)で、玄関のドアを開ける時も裸で出迎えてきたのです。
裸で出てきた升田に対し、冷静に「私処女なので男性器を初めて見るのですが」と言うたえ子もそうですが、初対面から下ネタ全開な升田が強烈です。そして、漫画の技法をフルに活用しています。家に入った瞬間から男性器が見えないように小物を配置したり、某割れやすい仮面漫画のオマージュの白目など、作者の遊び心も感じられるキャラの動きが秀逸です。
もうひとつの作品はシリアスモノなので、ハイテンションとしっとり、一度で二度おいしい作品となっています。
- 著者
- 谷川 史子
- 出版日
- 2009-09-18
ドイツ語の翻訳の仕事をしている33歳独身の伊勢一三子は仕事が楽しくて仕方がありません。仕事のリフレッシュを兼ねて図書館に行き、そこで草市という少年に出会います。マイペースな草市と接するようになり、母からの結婚へのプレッシャーもあり過去の恋人ともし結婚していたら……ともうひとつの可能性に思いを馳せる一三子ですが……。
人間は生きていると必ず目の前に選択肢が現れますよね。選択しなかった方の未来には行けませんが、つい「あの時にあっちの方を選んでたら…」という思いはどれだけ幸せでも夢想してしまうものです。人によっては後悔の念で振り返ることもあるでしょうが、この作品は違います。
過去の出会いや分岐点に思いを馳せることが最終的に今の自分を認めるため、誇りを持つために繋がっていきます。その過程の描き方が細かく、つながりを大切にしたくなるハートフルな作品です。
- 著者
- 渡辺 ペコ
- 出版日
- 2010-02-08
渡辺ペコのデビュー作を含む8作品を収録した短編集です。
何の変哲もない微妙な兄妹関係や、妻子ある男性を好きになってしまった恋心といった、登場人物たちの日常的な人間模様、そして様々な感情を描きだしたストーリーを収録しています。
ゆるっとしたタッチで描かれる女の子たちがとても可愛らしく、表紙などのカラーも淡い色合いが美しいです。これだけで惹きつけられてしまう女性も多いことでしょう。
登場する女性像が等身大でリアルな点もポイントです。大恋愛とかそんなものじゃない、いかにも漫画らしい劇的なハッピーエンドな結末ばかりでもない。登場人物のありのままの姿や感情、情景を描いているのです。
また、どうしても紙面で細かなことを伝えるには文字数が増える等、説明臭ささがでてしまうことが多いですが、渡辺ペコの作品は短編の短いストーリーの中でも、登場人物たちの感情が伝わってくる表現力があります。表情、ふとした瞬間の何気ない風景や背景から、雰囲気を感じさせてくれます。
初めて渡辺ペコの作品を読む方にもおすすめの1作です。
- 著者
- きら
- 出版日
- 2010-04-23
主人公は手のタレント、いわゆる手タレと言われる仕事をしている大学生・シンゴです。女性が嫌いという訳ではないですが合コンにも気乗りでず、大学の女の子たちから手を見せて欲しいと催促されても取り合いません。
シンゴが手タレの仕事を続けるのはある過去に起因します。その過去から、胸に残っている思いをくすぶらせ続けているのです。大切な人に手を差し出すということ。きらのじんわりと静かにしみていくような雰囲気がマッチしたテーマになっています。
そして同時収録『H…』は、社会性の強い作品で、タイトルに核心が隠されています。彼氏ができたばかりの女子高生とかは他人事ではないと思って読んで欲しい、問題提起作品でどちらもメッセージ性の強い読み込める作品が詰められています。
- 著者
- いがわ うみこ
- 出版日
- 2015-02-24
この作品の主人公は、須田春義という男子高校生ですが、ストーリーは彼を取り巻く11人の視点で展開されます。11人のほとんどが女性で、色々な女性の視点からの彼の姿が見えてきます。
彼との接点がほぼない脳内お花畑女子高生や、須田の伯母である救世主おばさんなどが語ります。須田の父親が再婚した相手はとんでもない継母で、継母と血が繋がっていない須田は虐待にあいます。父はどうすることも出来ずに自殺してしまいます。
コミカルだけど重いテーマで、でもすっきりして…と話の展開などが非常に斬新です。まさに1巻分の長さによって過不足なく物語が収められた心に残る作品です。
- 著者
- 穂積
- 出版日
- 2012-09-10
2010年代にデビューした少女漫画家の中で新人王的な存在と言っていい穂積のデビュー作。はじめの短編「式の前日」を読めば凄さがわかります。
日差しが差し込むいい天気、縁側でゴロゴロしている男。それに話しかける女性、明日が結婚式です。明日のことを色々と心配する女性ですが、男の反応は薄く張り合いがありません。しかし、彼は風呂で一人涙を流します。
淡々と時間が過ぎていく日常のシーン、丁寧に描かれた絵と余白によって二人の心情が空気を通して伝わってきます。2人の絆の深さと秘密が美しい、ありふれた時間の記録です。
最小のページ数で鮮やかに決められるどんでん返し。本作を読んだら、少女漫画をバカにできなくなるでしょう。
全て各話の中に仕掛けられた設定のおかげで短い話ながらも読みごたえがある一冊となっています。短編集は長さ上どうしても入り込めずに軽いものになってしまいがちですが、この6作は作者の個性とストーリーの高い完成度が際立ったものとなっている、読む価値のあるものばかりです。