推理もので探偵キャラクターの心理描写はありますが、解決篇で明かされる以上の犯人の情報を知る機会はあまりありません。しかし本作は、犯人の視点がわかるというユニークな作品となっています。こんなトリック使えるの……?と原作を読みながら思っていた読者にとっては、本作での犯人達の嘆きは、まさに共感できるものとなっているはず。 今回はそんなちょっと変わった作品を、ネタバレ込みでご紹介していきます。
本作はミステリ漫画の金字塔、金田一一を探偵役とした『金田一少年の事件簿』シリーズのスピンオフ作品として誕生しました。原作、原案は本編の作者である天樹征丸、金成陽三郎ですが、作画を船津紳平が担当しています。
- 著者
- さとうふみや 天樹征丸 金成陽三郎 船津紳平
- 出版日
- 2017-11-17
本作の大きな特徴は、本編のエピソードを犯人視点から描いたというところ。犯人の動機や事情は解決篇で明かされるのが推理もののセオリーではありますが、トリックを仕掛けている犯人の心理をリアルタイムで知ることは、あまりありません。しかし本作では、あえてそこを取り上げているのです。
『金田一少年の事件簿』は、名探偵金田一耕助の孫である高校生・金田一一(きんだいちはじめ)が、幼馴染の七瀬美雪たちとともに難事件に巻き込まれ、推理していくという物語。1995年にドラマ化されて以来、キャストやスタッフを変えて放送されてきた人気作品です。また1996年にはアニメ映画化、翌年にはテレビアニメ化もされ、人気を集めました。
本編既読、または映像作品を見ている方はご存知かと思いますが、『金田一少年』シリーズといえば、奇抜なトリックが特徴。本作では犯人がどんな気持ちでそれらを仕掛けたのか、どんな苦労があったのかを知ることができます。
シリアスはちょっとなぁ、という方もご安心を。事件の凄惨さが嘘のようなコミカル調に変わっているので笑える部分も多く、ついツッコミを入れたくなる場面も多数。事件の裏側を笑いながら楽しむことができます。
本作の本編、『金田一少年の事件簿』は、1992年に連載が開始された推理漫画。2001年まで連載されて以降、不定期連載を経て『金田一少年の事件簿R(リターンズ)』の連載がおこなわれました。
推理漫画というジャンルの確立に貢献した、金字塔的作品です。
- 著者
- 金成 陽三郎
- 出版日
- 1993-02-17
コミックスに「中学生編」などは収録されていますが、「リターンズ」を含めた本編での主人公・金田一一は高校生探偵。横溝正史の小説に登場する名探偵・金田一耕助の孫という設定で、IQ180という天才的な頭脳と観察眼、洞察力をもって事件を解決に導きます。
決めセリフの「ジッチャンの名にかけて!」は、あまりにも有名ですね。
そんな彼が成長し、サラリーマンとなった20年後を描いた『金田一37歳の事件簿』も、本編から続くシリーズ作品。少々くたびれた感じの37歳、PR会社に勤務するサラリーマンになった名探偵が、仕事をしながら難事件に挑むという、社会の世知辛さも感じられる作品となっています。
では、ここからは『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』の注目すべき事件を見ていきましょう。犯人達の心境に、思わず共感&笑ってしまうはず。
この事件は本編連載開始時に発生し、作品の人気を決定づけた事件です。
演劇部に所属する本編のヒロイン・七瀬美雪に頼まれて、演劇部の合宿に金田一が同行。孤島のホテル「オペラ座館」で、ガストン・ルル―の小説『オペラ座の怪人』に見立てた連続殺人事件が発生してしまうという物語です。
孤島のホテルにやってきた演劇部員たちが、シャンデリアの下敷きになり、絞殺され、溺死させられるという、3つの連続殺人事件が発生します。
- 著者
- さとうふみや 天樹征丸 金成陽三郎 船津紳平
- 出版日
- 2017-11-17
「オペラ座館殺人事件」は、ヒロインを演じるはずだった演劇部員の月島冬子が、硫酸を被ったことで顔に火傷を負い、自殺してしまったという過去を原因とした事件。犯人は彼女の恋人、小道具の有森裕二だったのですが、本作では彼が事件を計画し、準備する段階の姿から描いています。
顔に包帯を巻き、正体不明の謎の男「歌月」として、演劇部員よりも先にホテルに訪れ、インパクト大の恨みのこもったメッセージを作成。部屋をズタズタにした後にゴムボートで脱出、何食わぬ顔で一向に合流してみせます。
その段階でホテルのオーナーに怪しまれたり、メッセージ作成がうまくいかなかったり、脱出用のゴムボート費用に泣いたりと、等身大の高校生らしさを垣間見せ、笑いを誘います。万全の準備をし、バレるわけがないとほくそ笑む彼を笑うかのように登場するのは、もちろん名探偵・金田一。
事件はきちんと計画通りにおこなわれるのか、犯人のハラハラ感が読者に伝わってきます。
金田一が挑む、第3の事件は吹雪が吹き荒れる極寒の大地、北海道で起きた連続殺人事件。熱を出した美雪に頼まれ、ドッキリ番組にモブとして参加することになった金田一が、村人たちに復讐する妖怪「雪夜叉」伝説の残る地で、伝説になぞらえた殺人事件に巻き込まれてしまいます。
本作ではヒロインの美雪ではなく、金田一の良き理解者となる刑事・剣持勇と、警視庁刑事部捜査一課のキャリア刑事・明智健吾が登場。明智はスピンオフ作品が描かれるほどの人気キャラクターですが、「雪夜叉伝説殺人事件」が本編での初登場となりました。
10年前に発生した飛行機事故で、母親を見殺しにされた少女が、復讐のために起こした連続殺人事件。本編では綾辻真理奈の、苦悩や強い恨みを感じる悲しい事件となりました。しかしそんな事件でも、コミカルに描いていくのが本作の魅力のひとつです。
- 著者
- 船津 紳平
- 出版日
- 2018-02-16
「雪夜叉伝説殺人事件」の見所といえば、とんでもトリックとして語り継がれている氷橋(すがばし)。
極寒の大地である北海道だからこそできるトリックで、崖に縄を張り、木の枝や飼い葉をロープの上に敷き詰めて雪をかぶせます。あとは水をかけて凍るのを待つと、何もないところに氷の橋ができて利用できるようになるというもの。事件のトリックで重要な役割を担いました。
技術的には不可能ではないらしいのですが、マイナス20度という過酷な環境。しかも女の細腕で氷橋を作るとなると、殺人事件に使うものだとわかっていても、つい応援したくなってしまいます。無謀だとハラハラしている時に、偶然に人が死んでしまうなど、行き当たりばったりのリアル感も味わえます。
犯人を偽装するため、事件の捜査を担当する刑事すらも欺こうと画策するのですが、明智や剣持を心の中で評価した言葉がとてもシュール。金田一の無意識な刺客らしさに、笑いがこみ上げます。
金田一が巻き込まれる殺人事件、「仏蘭西銀貨殺人事件」は、他の事件とは少々違った点があります。推理ものは、何らかの事件が発生した際、犯人がまったくわからない状態から情報を精査し、真犯人を探し出していく過程を楽しむものです。
しかし今回の事件は、犯人が最初からわかっているという倒錯方式で語られる事件。本編では「タロット山荘殺人事件」も同様の手法で描かれています。金田一の幼馴染であるトップモデル・高森ますみが犯人という情報が開示された状態で物語は進みますが、読者は盛大に騙されたことでしょう。
もちろん真犯人は別におり、ファッションデザイナーの烏丸奈緒子が事件の真犯人。過去の事件の隠ぺいをきっかけに、さまざまな人間の思惑が交差するなか、殺人はおこなわれたのでした。本巻では、ますみではなく、奈緒子の視点での様子が描かれています。
- 著者
- 船津 紳平
- 出版日
- 2018-06-15
「仏蘭西銀貨殺人事件」では、ますみと奈緒子が精神的な双子であるがゆえ、生い立ちや考え方、価値観が似ているというところから、ミッシングリンクを利用するという手法で事件がおこなわれていきます。そんな事件中の奈緒子の努力が、どこかいじましく、可愛らしく見えてくるのです。
事件の犯人の行動を、面白おかしく語るという前提は同じですが、少しだけ違った目線で見られるというのが本事件の特徴でしょう。言葉のセンスが独特で、つい笑ってしまうはず。ファッション業界を取り扱った話でもあるので、キラキラとしたファッション世界とともにお楽しみください。
本編『金田一少年の事件簿』で、人気のエピソードや犯人というものがありますが、2巻の発売時におこなわれた「犯人総選挙」で見事1位を獲得したのが、地獄の傀儡師でした。
その正体は、高遠遙一。彼は後に金田一の宿敵となる人物で、人の死に芸術性を見出した狂気を持っています。犯罪コーディネーターとして多くの殺意を持った人を唆し、自身で作成した完全犯罪の台本を実行させ、そのなりゆきを観察。
その過程で金田一と度々対決するため、事件ごとにキャラクターが入れ替わることが多いなか、本編で何度も登場するキャラクターでもあります。
サイコキラー風ではあるものの、独自の殺人美学を持つ高遠と金田一が、最初に対決することとなったのが「魔術列車殺人事件」。警視庁に脅迫状が届けられるところから始まった、北海道を駆ける列車「銀流星号」での連続殺人事件の解決に、金田一が挑みます。
高遠は最初ネタキャラだと思われていた、というくらい意外性のある犯人でした。それくらい、犯人らしからぬ人物だったのです。しかし犯行中の彼はどこか生き生きしており、コミカルななかにサイコキラーである本性が見え隠れします。
独自の美的感覚を持ち、またマジシャンであることから、動きはとてもオーバー。自信に満ち溢れているところに、殺人犯ながら愛嬌が感じられます。そこも人気のゆえんなのかもしれません。
本作はこちらでご紹介した事件以外も収録されており、コミカルながらどこか人間味を感じられる犯人たちの姿を楽しむことができます。「金田一少年」シリーズは巻数が多く、とても長い作品ですが、本作をきっかけに読み返してみるのも面白いかもしれません。