「おカイコさま」と敬称を付けて呼ばれることもある蚕。実は日本の歴史にも大きく関わっています。この記事ではそんな彼らの生態や、卵から成虫までの一生、飼育法、絹糸をとる方法などをわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するので、ぜひご覧ください。
チョウ目カイコガ科に分類される昆虫で、成虫の正式名称をカイコガといいます。
東アジアに生息していたクワコという虫を品種改良し、5000年以上前に中国で家畜化されたそうです。野生種はおらず、養蚕もしくは研究のために家畜化されたものしか存在しません。
かつて存在した種もあわせると日本では600もの種類が誕生しました。一般的に知られる純白の繭を作る蚕のほかに、黄色い繭を作るものや体色が黒いものなどさまざまな種類がいます。
養蚕に使われる種類は、絹糸がたくさんとれるよう、病気に強く糸を吐く量が多い個体を掛け合わせて品種改良が進められています。絹糸をとるという目的に特化して改良されているため、成虫は口吻が退化していて餌を食べることができず、また翅が小さいため飛ぶこともできません。
幼虫も成虫も動きが非常に遅く攻撃手段ももたないため、仮に野生に放たれたとしても生き残ることは困難でしょう。産まれてから死ぬまで人間とともに生活しています。
卵は幅1mm、長さ1.3mm、厚さ0.5mmほどの楕円形をしていて、メスは一晩に500個もの卵を産みます。原種であるクワコは幼虫の餌となる桑の葉に産卵しますが、蚕はあまり動けないので近くにある物に産み付けるそうです。
孵化したばかりの幼虫は全身が黒く、体長は3mm程度です。体毛があるため「毛蚕(けご)」とも呼ばれます。幼虫は桑の葉を餌にしてどんどん太り、生後4日で1回目の脱皮をして白い体になります。
その後、生後1週間で2回目の脱皮、生後12日で3回目の脱皮、生後17日で4回目の脱皮をした後に繭を作ります。
繭を作る直前の幼虫は体長7cmにまで成長し、体重は孵化直後のおよそ1万倍にまでなるそうです。絹糸を作る絹糸腺も16万倍に増えます。糸を吐いて自分の体を包んでいき、約半日で丸い形ができあがります。1日経つと外から中が見えないほどの厚さとなり、およそ2日かけて完成するそうです。
繭の中で幼虫は蛹になり、12日ほど経過すると羽化して成虫になります。ただ養蚕の現場では繁殖用の数匹を除いて絹糸をとるために加熱されるので、大半の蛹は孵ることなく一生を終えます。
蚕の幼虫はあまり動かないため、空になった菓子箱などボール紙でできた箱で飼育をすることが可能です。毛蚕から2回目の脱皮を終えた3令の幼虫までは、食べやすいように刻んだ桑の葉を与えましょう。細かい葉は乾燥しやすいため、飼育箱には蓋があると便利です。葉は1日に2~3回取り替えます。
4令、5令の幼虫には、桑の葉を刻まずそのまま与えてかまいません。5令の幼虫が餌を食べなくなってきたら、繭作りをする合図です。
飼育箱の長さにあわせた厚紙を複数枚用意し、切れ目を入れて組みあわせ、小さな部屋を作ってあげましょう。各部屋に幼虫を1匹ずつ入れ、糸を吐きやすい環境にします。
糸を吐き始めててから2日ほど経つと、繭の完成です。絹糸をとる場合は、沸騰しない程度のお湯に繭をつけます。40~50分ほど煮ると、糸にお湯がしみこんでほぐれてくるでしょう。ほぐれてきたら、1度お湯を捨て、繭を水もしくはぬるま湯につけます。糸口を探して巻き取っていきましょう。ボール紙などに巻き付けると便利です。
繭を加熱せずに羽化を待てば成虫を飼育することができますが、食事ができないため1週間程度しか生きることができません。
中国ではなんと、紀元前25世紀には蚕を使った絹糸作りがおこなわれていたそうです。古代三皇の最初の皇帝の時代には絹糸で織物を作ったという記録があり、五帝の最初の帝である黄帝の時代には養蚕の方法を編み出したという記録が残っています。
秦や漢の時代になると、絹織物がユーラシア大陸へ輸出されるようになりました。長安からローマまでの交易路は、19世紀にドイツの地理学者リヒトホーフェンが「ザイデンシュトラーセン(絹の道)」と呼び始めました。
日本で養蚕が始まったのは1世紀から2世紀の間だと考えられていますが、本格的な技術が確立したのは、大化の改新以降だそうです。税のひとつに絹織物が挙げられ、平安時代になるとその技術は全国に広がっていきました。
江戸時代になると絹織物の使用禁制が発布され、一時生産は途絶えますが、明治時代に再び盛んになり、1872年には世界遺産にも登録されている富岡製糸場が完成しました。ここで経験を積んだ技術者が各地で製糸工場を興すようになります。
20世紀初頭には中国を抜いて世界一の絹糸輸出国となり、独自に改良した蚕も多く輸出しています。
- 著者
- 岸田 功
- 出版日
- 2005-03-01
さまざまな生物について、専門的な知識も子どもにわかりやすいように紹介している「科学のアルバム」シリーズのうちの1冊。本書では、蚕の生態や養蚕について学ぶことができます。
繭の断面写真や羽化を追った写真、交尾の写真など、飼育書ではなかなか見ることのできない珍しい姿を多数掲載しています。写真はどれも美しく、眺めているだけでも楽しめるでしょう。
蚕が糸を吐く仕組みなどの詳しい解説もあり、しっかりと知識もつく1冊です。
- 著者
- 畑中 章宏
- 出版日
- 2015-12-11
近代日本を支えた一大産業である養蚕の歴史を、民俗学者の視点から紐解いていくノンフィクションです。人間の生活や文化との関係性を描いています。
『日本書紀』に記された常世信仰、『古事記』に記されたオオゲツヒメノカミの話など、蚕がもとになっている可能性がある信仰や伝承はさまざまな時代に点在しているそうです。
また養蚕は女性の社会進出にも大きく関わっています。富岡製糸場では創業当初、印象を良くするために良家の娘が中心となって働いていました。
かつては輸出の大半を占めていた絹糸。日本の歴史を語るうえで、蚕は欠かせない存在だったということがわかるでしょう。