本作はアメリカの作家、ダニエル・キイスの作品です。知的障害者チャーリイが臨床試験で急激に知能を高め、周囲との関係性がめまぐるしく変化していく様子を描いたSF小説。日記体で綴られていることから、フィクションとは思えないほど真に迫った内容です。また、海外では4度映画化され、日本でも2度ドラマ化されるなど長きにわたって愛されている作品でもあります。 この記事では、そんな名作SFをわかりやすく読み解いていきたいと思います。
元々1959年に雑誌に発表された中編小説でした。1960年にはヒューゴー賞(SFのアカデミー賞のようなもの)を受賞。その6年後、長編小説としてあらためて出版されました。こちらの長編小説版もヒューゴー賞と対になる、ネビュラ賞に輝いています。
今回ご紹介するのは長編小説の方です。中編版とは多少細部が異なるのでご了承ください。
- 著者
- ダニエル・キイス
- 出版日
- 2015-03-13
主人公の名前はチャーリイ・ゴードン。年齢は32歳ですが、知的障害のため6歳児程度の思考力しかありません。彼はパン屋で地道に働きながら、障害者向け学習クラスに通っていました。
ある時、学習クラスの担任アリスは、大学のつてでニーマー教授、ストラウス博士を彼に紹介します。2人は知能発達の研究をしており、チャーリイは臨床試験被験者に選ばれたのでした。
動物実験によって賢くなったハツカネズミ「アルジャーノン」に感動した彼は、脳手術を承諾。実験によって彼はみるみる頭が良くなり、後天的天才になるのですが……。
彼は自身にコンプレックスを抱いており、賢くなればそれが解決すると思っていました。実験の成果により、その願いは叶います。ところが実験がもたらしたのは、よいことばかりではありませんでした。
本作は非常に示唆的な物語です。人生において大切なことを、彼の身に降りかかることから示しているように思えます。
本作は作者ダニエル・キイスの創作小説です。冒頭で少し触れたように、日記の体裁で書かれています。具体的には、「実験にともなうレポートをチャーリイ本人が書き起こしている」という体で書かれているのです。ただし、中盤からはほぼ一人称の文体に変化します。
この特徴から世界中の多くの読者のうち、少なくない人がノンフィクション、あるいは事実を元にしたフィクションだと思ったほどです。これに対し、ダニエル・キイスは長編版の序文で「わたしはチャーリイ・ゴードンです」と、完全に自身の創作であることを明言しました。
ただし作中の脳手術については、かつて精神疾患の治療としておこなわれていたロボトミー出術が元ネタではないか、と考えられています。
以下では、そんな実在していそうなほどリアルな主人公を中心に、本作の登場人物たちを紹介していきます。
『アルジャーノンに花束を』の特異な唯一性は、日記体の本文にあります。
基本的に、本文はチャーリイがその日に見聞きした出来事を一人称で描写しています。しかし、ただの一人称ではなく、一人称視点の日記というのがポイントです。この文体自体が1つの演出になっているのです。
チャーリイが知的障害者であることは先述しました。それを表現するために、当初のレポートはひらがなが多く、時制や語尾などがおかしい稚拙な文章になっています。小学校低学年が書く「あのね帳」をイメージすれば、おおむねおわかりいただけるでしょう。
それが術後の経過に従って、非常に読みやすい文章に変化していくのです。これで彼の知能の上昇具合が感覚的に把握出来る仕掛けとなっています。
知能の向上は、チャーリィにとって驚きの連続です。どんどん学習にのめり込み、32年の人生で体験しなかったことを学んでいきます。
そして急激に成長する彼は、女性を意識するようにもなります。具体的にはヒロインのアリスに恋心を芽生えさせるのです。先生への淡い初恋が、大人の恋愛感情に発展していくのも見どころといえるでしょう。
そんなチャーリィに、やがて数々の悲劇が起こります。
彼は手術がおこなわれるまで、周囲とはうまくやっていると思っていました。しかし、実際には彼はいじめられており、当初はそれを認識できていなかったのです。そして、さらに自分は、健常者の妹ノーマが産まれたことで、母親に捨てられたことを知ってしまいます。
しかも、彼は知能が高くなったにもかかわらず、感情面では幼いままでした。そのせいで協調性がなく、しだいに彼の周りから人が離れていくように……。そこで、彼は初めて、孤独を感じるようになるのです。
そこへ追い打ちをかけるように、アルジャーノンに異変が起こります。なんと、知能の退行現象が起こったのです。脳手術は完全ではありませんでした。これまで学んだことが失われ、全て元に戻るのです。
そして、アルジャーノンと同じ手術を受けた彼もまた、同じ運命をたどることとなるのです。
本作は古典的名作なだけあって、何度も映像化が試みられました。有名なのは1968年の映画『まごころを君に』でしょう。タイトルが違いますが、ストーリーと登場人物はほとんど同じです。
日本でも2002年のユースケ・サンタマリア主演、2015年に山下智久主演で、2度のテレビドラマ化がおこなわれました。大筋は変わらないものの、舞台が現代日本ということで、登場人物が日本人名になっています。また同時に役柄と関係性にも手が加えられており、職業なども若干違います。
映像化作品では、概ね原作よりも障害者差別の点が強調される傾向があるようです。その反面、ラストでは主人公の救済がおこなわれるパターンが多く見受けられます。より明暗が強調される形に演出されているわけです。
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- 著者
- ダニエル・キイス
- 出版日
- 2015-03-13
チャーリイは日に日に知能が低下していくのを感じていました。さまざまな手を尽くしましたが、打開策は見つかりません。やがて彼のレポートの文章にもその兆候が現れてきます。この部分を読めば、彼の知能に当初とは反対の変化が訪れていることを実感するでしょう。
全てが失われていくなかで、彼は最後に1つのメッセージを残しました。それがどんなメッセージかは実際にご覧頂きたいので、あえてご紹介しません。
「勉強をして良い大学を出れば幸せ」という考え方は今も根強く残っています。
しかし、天才になった彼が直面した現実を思い返すと、必ずしもそうではないことがわかるでしょう。
そして最後のメッセージからは、人生において大切なのは人間性であることが読み取れるのです。本作の根底には、一貫して倫理観の重要さが隠されています。
『アルジャーノンに花束を』は、人間にとって大事なものは何か、幸せとはなにかを考えさせられるお話です。その体裁のために少し癖はありますが、間違いなく面白いので1度読んでみてください。