架空の人物でありながら、まるで実在したかのように様々な謎や正体にその想像をめぐらせてしまう大怪盗「怪人二十面相」。彼はいったい何者でどんな人物だったのでしょうか。「怪人二十面相」が起こした事件や敵でありライバルであった明智小五郎との関係などから考察し、その謎に満ちた正体に迫ってみたいと思います。
まずはあまりにも有名な『怪人二十面相』の書き出しをご紹介します。
「そのころ、東京中の町という町、家という家では、
二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、
怪人二十面相のうわさをしていました」
(『怪人二十面相』より引用)
読者は人々と同じ視点で「怪人二十面相」のうわさを読み、無類の大怪盗の存在を知ることになります。どんな怪盗でどんなふうに盗みをはたらくのかこの時はまだわかっていないのです。 そして事件は起こります。
羽柴家という富豪が所持しているダイアモンドをいただくという予告状が「怪人二十面相」から届きます。皆が見守っていたにも関わらずあまりにも奇抜な方法で盗まれそうになりますが、羽柴家の二男である少年の奇計によりダイアモンドを守ることができました。しかし怒った「二十面相」は少年を誘拐し、別の宝を要求します。
困った羽柴氏は名探偵の「明智小五郎」のところに駆けこむのですが、あいにく明智探偵は出張中。代わりに乗り出すのが助手の小林少年です。まだ子供の小林少年に皆は不安を覚えますが、奇想天外な方法で小林少年は二十面相と対決することになります。
『怪人二十面相』は前半と後半の二つの違う事件によって構成されています。羽柴家の事件が前半であり、明智探偵は登場していません。後半の事件は修善寺で起こる名画収集家の身に降りかかるものなのですが、こちらで初めて明智探偵と二十面相が対峙することになります。
前半の小林少年の活躍に胸躍らせた読者は、明智探偵ならばもっとすごい手腕を発揮して宝を守るに違いないと期待します。しかし敵もそれほど生やさしいものではありませんでした……。
明智探偵は勝てるのか、二十面相はいったい誰に化けているのでしょうか……。
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
- 2015-09-19
「江戸川乱歩」は大正から昭和にかけて活躍した推理小説家です。ペンネームはアメリカの小説家「エドガー・アラン・ポー」に由来しているのは有名ですね。
初期は『D坂の殺人』などの本格物、『人間椅子』などの怪奇物を執筆し、独特の世界観が評判を呼びました。作家活動の他評論活動も行い、少年物も手掛けることになります。『怪人二十面相』はこの頃発表されました。
しかし太平洋戦争の勃発により執筆活動は制限されてしまいます。終戦とともに『怪人二十面相』は復活しその活躍は子供たちの心を躍らせます。この頃乱歩はすでに50歳を超えていました。その後数十年にわたり二十面相は乱歩とともに読者を楽しませますが、乱歩の遺作『超人ニコラ』とともに姿を消します。
江戸川乱歩は小説執筆の傍ら、翻訳や評論活動、新人の発掘に尽くすなど、生涯をかけてミステリーの世界に尽力しました。
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
- 1996-01-21
二十面相は血を見るのが嫌で殺人はしないというのをポリシーとしています。シリーズの対象年齢が小学生から中学生の少年物ということもあってのことだと思われます。
しかしその中の『大暗室』という物語ではその人格が一変するのです。平気で殺人をおかし非道の限りを尽くします。これはいったいどういうことなのでしょうか。二十面相はどうかしてしまったのでしょうか。
その理由はもともと少年物でなかった『大暗室』を当時リライトを担当していた武田武彦による書き換えで無理やり少年シリーズに組み込んでしまったからです。登場人物がただの殺人鬼であるよりも人気者である二十面相にした方がウケると考えたのでしょう。
同じような少年向けへのリライトは何作も行われていましたが、二十面相の変貌ぶりに子供たちは戸惑いを覚えたようです。
時代を問わず全国的な人気者になった「怪人二十面相」は、様々な小説や漫画などに登場します。 名前は違っても相似形であったり、原作と同じ設定であったりと、数えきれないほど存在します。ここでは有名作品について軽く説明してみましょう。
人気作品にもよく登場していることからも怪人二十面相の人気が分かりますね。
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
- 2005-02-01
二十面相が初めてこの世に登場した『怪人二十面相』、そして二十面相がこの世に登場する最後の作品となったのが『黄金の怪獣(超人ニコラ)』です。 子供のための本なのですから、泥棒に勝利をもたらせて終わるわけにはいきません。ということでこの作品含めシリーズの結末は、みな二十面相が負けて終わることになっています。
しかしこのシリーズの面白いところは、すべての作品において二十面相そのものの正体は謎のまま明かされていないのです。変装を見破られても二十面相は二十面相のまま。最後の『黄金の怪獣(超人ニコラ))』に至るまでそれは変わりません。実質、『黄金の怪獣(超人ニコラ))』は乱歩の遺作となったため二十面相の正体は永遠の謎となったことになります。
だからよけいに様々な想像や妄想が湧き出してくるのですね。実際シリーズの中に、二十面相の名前を明かし、その生い立ちまで綴ったストーリーもあるのですが、それすらも本物の二十面相ではないんじゃないの?という意見も出たりしています。
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
- 2005-02-01
上記のように二十面相はシリーズ中の作品『サーカスの怪人』の中で正体を明かされているのです。「遠藤平吉」というのが本名の元サーカス団員ということになっています。事件を起こした動機も昔の復讐ということなのですが、これがどうもしっくりこないという意見が多いのが事実。
確かに今までの二十面相の華々しさからはかけ離れている事件であり「遠藤平吉」も今までの二十面相を思い描くと魅力にかける人物かもしれません。
そういうところから「遠藤平吉」は『サーカスの怪人』限定の二十面相であったのではないか、という考えが出てきます。つまりここから二十面相は1人ではなかったのではないか、という複数説が浮上することになります。以下二十面相の正体にまつわるいろいろな推察です。
乱歩が残した様々な謎と矛盾が生み出す二十面相の正体の楽しい謎解きは尽きることがありません。
- 著者
- トマス・W. ハンシュー
- 出版日
海外の作品にも通じていた乱歩ですが、二十面相という名前は、イギリスのミステリー作家「トマス・ハンシュ-」の『四十面相クリークの事件簿』という短編集から由来していると言われています。
二十面相はシリーズの途中で二十よりももっと多くの顔を持っているということで「四十面相」に改名するのですが、二十面相という名前があまりに深く世間に浸透していたため「四十面相」は広がらず、結局また二十面相に戻しています。
- 著者
- 江戸川 乱歩
- 出版日
二十面相の名言は、正体を現してからということで意外と少ないもの。しかしなかなかの減らず口を残して逃げていきます。そのかっこいいセリフをいくつかご紹介しましょう。
正体を現した二十面相が驚いている人に向かってのひとこと。
「むりもないよ。おれにはきまった顔というものがないんだからね。
おれ自身でさへ、ほんとうの自分が、どんな顔なのか、忘れてしまったほどだからねえ」(『怪人二十面相』より引用)
危機一髪の状態から逃げてきた二十面相のひとり言
「二十面相はどんなことがあったって、へこたれはしないぞ。
敵が五と出せばこちらは十だ。十と出せば二十だ」
(『少年探偵団』より引用)
つかみどころのない性格ですが、こんな一面も。
「いけないッ、小林を助けなければ…」
(『怪奇四十面相』より引用)
これは二階に小林少年を閉じ込めていた二十面相が、二階から煙が出ているのを見て慌てて飛び込んでいくところです。二十面相は人を傷つけることが嫌いな怪盗でしたから。
二十面相が跋扈した時代は戦前戦後です。現在から見るともはや歴史といってもいいくらいの時代になっています。子供たちを夢中にさせた二十面相に、私たちが一番忘れてはいけないあの時代を案内してもらってはいかがでしょうか。