仕事のルーチン、ただ休むだけで終わってしまう休日。そんな日々とおサラバして、楽しく生きるために考えついた案が……失踪!? Webコミックサイト「コミックぜにょん」で連載されている、黒川依の作品『失踪宣言』。OLがあれこれ苦心して失踪を企む、コメディとなっています。多くの共感を呼んだ『ひとり暮らしのOLを描きました』の作者が新たに描く、コミカルで心に刺さるダウナー系日常漫画です。 今回は、そんな本作の魅力をご紹介。スマホアプリで無料で掲載されているので、興味の湧いた方はぜひお読みください。
坂本あゆみ、24歳OL。彼女は毎日、平日に出勤して仕事をしては帰宅、休日はどこにも行かないというルーチンをくり返していました。ただただ空しさだけが募っていきます。
- 著者
- 黒川依
- 出版日
- 2018-07-20
そんな時、ふと同窓会で友人達と交わした会話が、彼女の脳裏を過ぎりました。近況を報告し合って、ルーチンワークを告げた時のこと。
それって楽しい?
(『失踪宣言』1巻より引用)
趣味もなく、ただ漫然と日々を過ごす生き方。そんなことを、本当に望んでいるわけがありません。
自殺の誘惑を振り切って、楽しく生きるために、彼女は失踪を決意するのでした。
最初に少し触れましたが、本作を描いている黒川依はTwitterで話題となった1コマ漫画『ひとり暮らしのOLを描きました』の著者です。「ひとり暮らし~」はブラック企業に勤めるOLの日常と心情を、台詞のないショートショート形式で描いていました。
一方本作は、各話にゆるい時間的な繋がりがありますが、基本的には1話分で内容が完結する、短編形式の日常漫画となっています。
メインとなるOL・坂本あゆみは、「ひとり暮らし~」のOLさんに引き続き社畜気味という境遇。朝一番に誰よりも早く出社して、誰よりも仕事をこなし、最後にオフィスを出る毎日。楽しみといえば誰もいない会社で独り言を言って、解放感を味わいながら仕事するぐらいでした。
趣味らしい趣味もなく、仕事以外でやることといえば、平日の力を蓄えるために休養するだけ。抱え込む性分らしく、何かと仕事や気苦労ばかり多くて、読んでいて不憫に思えてきます。
そんな不遇を呪って破れかぶれになりかけるも、自殺を思い留まる程度の理性はあって、楽しく生きたいから現状をなんとかしたい……と思い直す前向きなところも共感出来るでしょう。
ただ、現状打破の手段として失踪を選択するのが、前向きなのか後ろ向きなのか微妙なところです。そうして的外れな目標に全力投球して空回りするところが、可愛らしく思えます。
とにもかくにも、あゆみは会社からも社会からも姿を消し、失踪することを決めました。
会社へは連絡もせず、無断欠勤。スマートフォンの電源は切って、トランクにいっぱいの荷物を詰めて、どこへともなく飛行機で高跳び――してしまうほどの非常識さを、残念なことに彼女は持ち合わせていませんでした。
実行するつもりで空港まで行ったものの、直前になって冷静さを取り戻します。そして特に気付かれることもなく、会社には午後出勤……。
彼女は失踪に失敗した原因を、冷静に分析します。失踪に必要なのは勢いではなく、具体的で長期的な展望だと考えました。そして、そのために必要なことを逐一リストアップしていくのです。
行き先を決め、当座の資金を確保し、身の回りを整理。スマートフォン、クレジットカードなどの見直し。健康管理と体調のために運動を始めて、移動手段のための免許の取得も始めるのです。ここまでくると、普通に転職と引っ越しでいいのでは、と思ってしまいますが……。
そこからさらに目的地の下見や、もしもの時の野宿の備え、肉体改造の筋トレと、無軌道なやる気を発揮していきます。
半年、もとい8ヶ月後に設定した出発日までに、彼女の失踪準備は完了するのでしょうか。
ここまで書いてきた見所などでおわかりいただけるとは思いますが、あゆみの失踪計画は、基本的に失敗します。というか、ほとんどの場合は、失踪の前段階か一歩目でつまずくのです。
高跳びしようと思えば空港で思い留まり、会社で目的地選びをすれば、なぜか同僚と旅行の話になります。テント設営で野宿の練習をすれば、予想以上に手間取った挙げ句、筋肉痛でダウンする始末。
そうやって失踪未遂に終わっても、言いようのない達成感、あるいは非日常感を覚えてちょっとスッキリする彼女が面白いところです。
他にも、失踪を決めた原因は会社のやりがいのなさ、虚無感だったにもかかわらず、失踪計画を練り始めてから、なぜか社内で注目され始めてしまうのも見所。前より会話が増えて親しくなって、頼られて、どんどん失踪しづらい雰囲気になっていくのです。
会社の同僚などは縁を切りたい筆頭なのに、彼女の思惑とは裏腹にどんどん仲が深まっていきます。空回りとは、まさにこのことでしょう。
コミュ力があって人と繋がり、仕事もそつなくこなす。同僚達に当たり前に出来ているそんな普通のことが、彼女にはこれまで出来ませんでした。
誰からも評価されず、いるのにいないかのような扱いをされる疎外感。その日常からの脱却を図る失踪計画中に、人と繋がりが出来てしまうのは皮肉な話です。
日々のルーチンを抜け出し、楽しく生きるために失踪を決意したあゆみ。発作的な高跳びに失敗した彼女は、長期的な計画を練ることにしました。
- 著者
- 黒川依
- 出版日
- 2018-07-20
まず大事なのは行き先です。彼女はそういったことを調べるための、情報収集を始めました。希望は、なるべく遠くのいい場所。
気が付けばインターネットで旅行関係の情報を読み漁り、交通費の算段を始めていました。そのさまは、どこからどう見ても失踪計画ではなく、旅行計画にしか見えません。
案の定、旅慣れした同僚に見付かって、国外のリゾート地について話の花が咲きます。その結果、心はもはや失踪先の選定ではなく、旅行一色。
そんな自分を戒めつつ、彼女は失踪計画を練り直します。失踪してからの新しい生活基盤とするのですから、候補地の情報は最重要といっても過言ではありません。気候は?物価は?さらには仕事はあるのか、どれくらい過ごしやすいのかなども細かく見ていくのです。
彼女はあらためて、候補地選定のための下見を思い付きました。彼女にとってそれは失踪計画の大きな第一歩でしたが、リゾート地への下見がただの旅行に過ぎない、という事実に気付いていません。
こういった見当外れの行動が度々続いていきます。果たして彼女は、本当に失踪できるのでしょうか。
同僚からも「坂っち」と呼ばれて、そこそこ親しくなってしまったあゆみ。
彼女は失踪の下見のため、とある旅館に宿泊していました。そして大満喫して、みんなへのお土産を買って帰るのでした。あれ?でも風邪で有給取ってるのに、お土産買ってどうするの?と彼女は我に返るのです。
こんな調子で、彼女は失踪を実現させることができるのでしょうか。気になる最終巻です。
- 著者
- 黒川依
- 出版日
- 2019-01-19
あゆみは、女性社員・山田と連絡先を交換することになります。彼女は仕事について気にかけてくれたり、体調を心配してくれたりと、何かと声をかけてくれるのです。あゆみはそんな彼女を疎ましく思う反面、心の底では嬉しく感じてしまうのでした。
このままでは失踪の決意が揺らぎそう!と思った彼女は、意を決して会社へ退職届を提出。それはあゆみもびっくりするくらいアッサリと上司の手に渡り、彼女は有給消化を勧められるのです。
これは望んだこと……なのに彼女の顔は、なんともいえない顔をしていて――彼女はこのまま失踪してしまうのでしょうか。
すべてに嫌気が差して失踪を計画したはずなのに、そう決めた途端に環境が変わっていくという皮肉な展開が続きます。今ままで人との接触を持たなかったあゆみが山田と交流を深める場面は、読んでいてつい胸が熱くなるでしょう。
本作の最終回は、思わず自分の人生を振り返り、幸せについて考えてしまうようなものとなっています。失踪を計画していたあゆみが選んだ、最後の選択。その結末は、ぜひご自身の目でお確かめください。
いかがでしたか?主人公の悩みにいちいち共感しつつ、応援したいのに、失踪の失敗にどこかほっとする、不思議な作品です。
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