
夏休み最後の竹下通りではおめかしをした小学生や中学生の女の子たちが甘いものや刺繍入りブラウスや、お寿司の形のポーチなどを発見して蝉のようにはしゃぎ続けていた。
そのくらいの歳の頃、わたしは毎週土曜日にダンスレッスンに通っていたのを思い出した。
レッスンの前に早起きしてよくここへ来ては服や雑貨を眺めていたような気がするし、本当はそんなこと滅多になかったような気もする。
わたしはダンスが下手だ。リズム感が無いのと、振り覚えの悪さと、妙に体操じみて癖のあるにょろついた動きでどこへ行っても悪目立ちする。
小学生の頃から、途切れ途切れだったとしても最低3年くらいはヒップホップを習っていたのだが、とうとうダンスはうまくならなかった。 熱気のこもるダンススタジオの後ろのほうで鏡のほうを向きながら、人と人の間に映るわたしはいつも死んだ目をしていた。
ゴリゴリのBガール、ダンサー然としたダンサーの先生が「ドンツカドンツカ」とカウントするのに合わせて動きを真似する。
同い年のゆかりちゃんは、運動神経がよくて空手の大会でいっぱい勝ってて、顔が小さくて背が高くて目が大きくて、ダンスがとても上手だった。
さらっさらのポニーテールが低音を掴んでうなる。どこに売ってるのかわからない、ラインストーンのついた黒のスウェットにスケッチャーズの厚底スニーカー。
日に焼けたゆかりちゃんだけでなく、ダンスを踊っているとき、どの女の子もかっこよかった。
動きと次の動きの間に毎回空白が入り「あれ?」と思ったとき、音楽はもう何拍も先に流れている。
冷や汗をかき、口をパクパクさせながら手足をばたつかせていると、先週いなかった子がもう振りを身体に入れて「踊って」いる。
屈辱の土曜日だった。
ほんとうは、レッスンで教わった振りは家で復習しなくちゃいけなかった。けれど、終ぞわたしは家で一度も踊らなかった。
けれどそれから十年以上経ってから、わたしは夜な夜な電車に乗って音楽を聴きに行く。そのなかにはあのヒップホップもある。
怪獣の鼓動みたいな音が漏れ聴こえる重いドアを身体で押して入る。ベタベタの床でハイネケンの缶がへしゃげて、踏むと貝の割れる音がした。
熱と呼気、強い香水、胃を押すような低音。
女子トイレに入る人たちはみんな女性の声をしているけれど言葉はバラバラで、聞き取れぬ言葉のしっぽを追えば日本語だった。
知らない曲を聴いて知っているみたいに手を挙げるときのわたしは素直で軽薄だ。
知ってる曲でも知らない曲でも、知っているふうに踊る。
もちろん知っている曲がかかるとすごくすごくたのしくて、死にかけた蝉のようにゲラゲラ笑いながら腕をジタバタさせたり跳ねたりする。きっと薄暗い中で見ればダンスに見えないこともないだろう。
きっと、このハッタリをかますために毎週土曜日に通っていたのだ、屈辱が雪辱に変わった。
しき

作者 | 町屋良平 |
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出版社 | 河出書房新社 |
出版日 | 2018年07月18日 |
高校二年生の男子が動画サイトの「踊ってみた」動画と出会ってから初めての動画を投稿するまでの四季が、たんたんとした筆致で見守るように書かれている。思春期のこんがらがった身体と頭をダンスで少しずつ繋いでいく「かれ」の混乱ときらめきが詰まっている。練習嫌いのわたしは彼の直向きさがまぶしくひたすら愛おしい。

撮影:石山蓮華
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