菊池寛おすすめ作品5選!歴史短編からメロドラマ長編まで

更新:2021.12.13

菊池寛といえば文壇の大御所、きっと難しい作品を書いたに違いないと敬遠していませんか?実は彼の作品はハラハラさせられるメロドラマ長編や、感動する歴史短編まで、現代に読んでもとても面白いものなのです。

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芥川賞、直木賞の創始者菊池寛

菊池寛は1888年香川県に生まれました。菊池の最大の功績といえば、文芸雑誌の代表格『文藝春秋』を立ち上げ、芥川賞、直木賞を作り出したことでしょう。

一方で太平洋戦争中には文藝銃後運動を発案し、文藝者の立場から戦争を支援する組織を作り出しました。このことで戦後に批判される事もある作家ですが、どちらにせよ、プロデューサーとして超一流であったことは事実です。作家をまとめることに才能を見せた菊池寛。では、彼自身の作品はどんなものだったのでしょう。

菊池寛の代表作がそろった短編集

まずは知名度が高い歴史系の短編10篇を収めた岩波文庫の短編集をご紹介します。テーマ主義(最初に作品のテーマを決めてから、小説の筋を率直に展開する方法)といわれる菊池寛の特徴がよくでているのがこの短編というジャンルです。

特に有名なのが「恩讐の彼方に」。主人公市九朗は、主人である旗本三郎兵衛の愛妾との不義密通の末、三郎兵衛を切り殺してしまいます。逃亡生活の中、転げるように悪党の道に染まっていきますが、ある日この醜い生活が嫌になり、その罪を懺悔するため僧になります。

懺悔のための全国行脚の途中で、通行人が何人も亡くなっているという山道に差し掛かる市九郎。彼は犠牲者を無くすために山を遮る絶壁に穴を開け、通路を開こうと計画します。絶壁は分厚く初めはその計画に見向きもしなかった人々ですが、毎日熱心に採掘を続ける市九朗に感化されて徐々に援助者が集まりだすのです。

そんな時、敵討ちに出ていた三郎兵衛の息子、実之助が市九朗を発見します。周りの人から説得され道が開くまで刀を押しとどめる実之助。貫通作業を見張る内に、採掘を手伝うようになるのですが……。

人の善性を書き出した、菊池寛の代表作です。

 

著者
菊池 寛
出版日


一方で、人の残忍さをよく表したのが同短編集に収録されている「三浦右衛門の最後」。今川氏元の寵愛を受けていた美貌の小姓三浦右衛門はあまりの寵愛ぶりに周囲からの妬みを買い、裏では今川の凋落の責が彼ひとりにあるかのように噂されていました。

織田の軍勢に攻められ、今川の館から逃げ出した右衛門は高天神の城主天野刑部を頼ります。今川に人質にされていた刑部に右衛門はよくしてやり、「この恩は忘れませぬ」といった彼の言葉を信じたのです。

しかし、織田勢有利とみた刑部は右衛門の首を織田勢に差し出そうとします。刑部は右衛門を主人を見捨てた忘恩の輩と罵って、処刑に及びます。その席で右衛門はひたすら「命ばかりは助けてくだされ」と哀願を続けるのですが……。

ここに書かれているのは潔さを本懐とする武士の姿ではありません。百姓の前で無様に土下座し、残忍な嘲笑の中で玩具のように少しずつ殺されながらそれでも「命が惜しい」という人間そのものです。そして、一方でそれを笑いながら見ることが出来る人の残酷な側面。背筋の寒くなる話ですが、人間の本質を描いた、紛れもない菊池寛の名作です。

戯曲作家としての菊池寛

次も短編集ですが、これは小説ではなく戯曲集です。「父帰る」と「屋上の狂人」は草薙剛が出演した舞台劇として2006年に公開されています。大正初期の作品ですが、現代に蘇っても古さを感じさせない作品です。

 

著者
菊池 寛
出版日
2016-10-19


「屋上の狂人」は現代に通じる深みを感じさせてくれます。舞台は瀬戸内海の島。島で屈指の財産家勝島家の長男義太郎は狂人です。いつも屋根に上っては妄想めいた話をしているので父の儀助は怒りが収まりません。なんとか引きずりおろそうと躍起になっています。きっと彼には狐でもついているのだろうということで、巫女が呼ばれて狐を退治する儀式を行うというのですが……。

義太郎の弟末次郎のいう「兄さんのように毎日喜んでおられる人が日本中に一人でもありますか」というセリフが感慨深いです。一体世間的にまともであることがどれだけ本質的な幸せに繋がるというのでしょうか。考えさせらる作品です。

スタンダードかつマニアックな菊池寛作品集

筑摩書房より編まれた文庫形式文学全集の一冊です。代表作「父帰る」や「恩讐の彼方に」も収録しつつ、隠れた名品も発見できる短編集となっています。

 

著者
菊池 寛
出版日
2008-11-10


例えば「勝負事」はあまりメジャーではない作品ですが心温まる作品になっています。昔は庄屋で大金持ちだった主人公の家がひどい貧乏をしているのは、祖父の博打狂いが原因でした。祖母は死ぬ間際、祖父に今後の賭博一切を辞めることを誓わせます。死んだ妻との約束を守り、その後一切の賭博から身を引いた祖父。しかしある日母は祖父の「今度は、俺が勝ちだ」という声を聞きます。さてはまた賭け事に手を出したのかと慌てて覗いてみると……。

また「話の屑籠」「私の日常道徳」といったエッセイも同時収録。「他人にご馳走になるときには、できるだけたくさん喰べる」など、ちょっと笑えて視野が広くなる、短いながらもなかなか面白い随筆です。

まさに昼ドラ!女同士の愛憎劇

今まで紹介した短編集は読みやすいですが、文学の格調高さを感じさせる作品が収録されていました。しかしこの『貞操問答』は違います。その内容はまさしく昼ドラ。実際に2005年にTBSで昼ドラ化されています。1935年に映画化もされている娯楽作品として楽しめる長編小説です。

 

著者
菊池 寛
出版日


物語の舞台は昭和初期。主人公の南條新子は姉圭子、妹美和子を持つ三人姉妹の次女。父親が亡くなっている南條家ですが、姉は演劇にかまけ、妹はわがまま。家計を支えるため、新子は家庭教師として勤めに出ることになります。

新子の生徒の前川小太郎の父、準之助は綾子という妻を持つ恐妻家。富豪ですが入り婿で肩身の狭い準之助は新子に癒しを求めます。

しかしそれを感じ取った綾子は凄まじい嫉妬から新子をいじめぬきます。さらに妹美和子が、頑張っている姉をしり目に新子の恋人美沢を誘惑するなど、女の嫉妬と愛憎ドロドロがこれでもかと繰り広げられるストーリー。本当にあの「三浦右衛門の最後」を書いたのと同じ作者か?と疑いたくなるほどテンプレなお話。健気なヒロインにわかりやすい敵役、それでも続きが気になって仕方ない楽しめるエンタメ小説です。

男を翻弄する美女の悲哀を書いたメロドラマ

こちらも菊池寛のメロドラマ長編。何度も映画化、ドラマ化された人気作品です。

成り上がりの富豪壮田勝平は、園遊会で子爵の息子杉野直也とその恋人で男爵令嬢の唐沢瑠璃子に侮辱されます。この恨みを晴らすため勝平は瑠璃子の父を経済的に追い込んだうえ、彼女に結婚を迫ります。瑠璃子は勝平との結婚を決意しますが、それは復讐のためでした。

 

著者
菊池 寛
出版日


結婚してからも瑠璃子はなんだかんだと理由をつけ、うまく勝平をあしらい、体を許そうとしません。そのうえ、勝平の息子の勝彦も手玉に取ってしまい、勝平から身を守る手段にしてしまいます。ところがある嵐の夜に悲劇が……。

主人公の唐沢瑠璃子は男を手玉に取る妖艶な悪女ですが、一方で純愛を貫く、母性豊かな愛情深い女性でもあります。この矛盾をはらんだヒロインが魅力的で、『真珠婦人』連載時には大変な評判をとったそうです。

菊池寛の作品はバラエティに富んでおり、いろいろなジャンルがありますが、どれも読み始めたら止まらない魅力にあふれています。一流のストーリーテラーの作品を楽しんでください。

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