5分でわかる国家総動員法!制定された理由、内容、問題点をわかりやすく解説

更新:2018.10.12 作成:2018.10.12

日中戦争の勃発後、急速に戦時体制が強化されていった日本。1938年に制定された「国家総動員法」はその象徴だといえるでしょう。この記事では、同法の制定された理由や内容、問題点、それによって国民の生活はどのように変わったのかを解説していきます。あわせて、もっと理解を深めることができるおすすめの関連本も紹介するので、ぜひご覧ください。

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国家総動員法とは。概要を簡単に解説

 

1938年4月に公布された法律である「国家総動員法」。前年から始まった日中戦争の長期化に対応するために、政府が戦時体制の構築を図ろうと制定されました。戦争にすべての国力を投入できるよう、ヒトやモノなどの資源を政府が管理することを目指したのです。

国家総動員法が制定されると、労働者を軍需品工場などで働かせる「国民徴用令」や、商品の価格を国が決定する「価格等統制令」など、さまざまな法令が発せられました。政府はこれらを通じて、段階的に総力戦体制を構築していったのです。

条文では、政府の管理下に置かれる物資や、労働者を徴用できる業務などが規定されています。またこれらは議会の承認を得ずとも「勅令」という形で発することができると定められていました。

1941年3月の改正で対象の拡大や罰則などが強化され、やがて突入した太平洋戦争中も、戦争遂行を支える役割を果たしていくこととなります。

さらに国家総動員法は、議会の権限や国民の自由を奪っただけでなく、言論弾圧を招くなどの問題を生み出しました。そのため現在では、日本の戦時下における苦しい生活を象徴する法律として知られているのです。

日本が太平洋戦争に敗戦した後、1945年12月に効力を失い、1946年4月に正式に廃止されることとなりました。

国家総動員法が制定された理由や目的、条文の内容を解説

 

国家総動員法が制定された最大の理由は、長期化する戦争です。

1937年7月、北京に駐屯していた日本軍と中国軍が衝突する「盧溝橋事件」が発生。これをきっかけに「日中戦争」が勃発しました。日本軍は上海や南京を占領したものの、当初の予想に反して戦いは長期化の様相を呈していきます。

国力のすべてを戦争につぎ込む「総力戦」を遂行するためには、国内の労働力や物資、さらには国民の生活を管理する必要がありました。そこで当時の内閣総理大臣だった近衛文麿は、国民を戦争に協力させるため展開していた「国民精神総動員運動」と並行して、「国家総動員法」の制定に踏み切ったのです。

第1条には

「国防目的達成ノ為、国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様、人的及物的資源ヲ統制運用スル」

と記されているとおり、国家総動員法の目的は国防のために国力のすべてを統制運用することです。

また第8条には

「政府ハ戦時ニ際シ、国家総動員上必要アルトキハ、勅令ノ定ムル所ニ依リ、総動員物資ノ生産、修理、配給、譲渡其ノ他ノ処分、使用、消費、所持及移動ニ関シ必要ナル命令ヲ為ス」

と記されています。この条文により、政府は勅令によって自由に命令を発することが可能となりました。

三権分立の下では、各種の法律を定めるのは立法府である議会の役割です。しかし国家総動員法によって、この役割を行政府である政府が有することとなりました。こうして権限が集中した政府は、戦時体制を構築していったのです。

国家総動員法で国民の生活はどう変化した?

 

政府は、国家総動員法を通じて国民の生活をも戦時体制に組み込んでいきます。

たとえば1939年7月、平沼騏一郎内閣は勅令によって「国民徴用令」を制定しています。これによって、軍需生産を維持するために民間企業などの労働者も軍需工場に動員することが可能となりました。前線の兵士だけでなく、国民の多くが戦争に関わるようになっていきます。

10月には同じく勅令で「価格等統制令」を制定。これは、政府が決めた「公定価格」を商品に導入することで、戦争の長期化による物資不足と物価高に対処するというものです。

しかし実体経済とのギャップが生じ、意図に反して物資が闇市場に流れる事態を招いてしまいます。その結果、物価は高騰し、庶民の暮らしを圧迫しました。

また政府は、物資の不足に対処しようと、マッチや衣服、米などの生活必需品を「配給制」に切り替えます。対象はしだいに拡大し、1941年3月に制定された「生活必需物資統制令」で、ほとんどの物資が配給制で支給されるようになりました。

このように各種の勅令を通じて国民生活は政府の統制下におかれ、困窮を深めることとなるのです。

国家総動員法の問題点と、結果

 

国家総動員法の問題点として、上述したとおり議会の権限が奪われ、国民の生活が統制されたことが挙げられます。

またそれだけでなく、言論の自由も制限されていきます。

1941年1月、近衛文麿内閣は国家総動員法にもとづいて「新聞紙等掲載制限令」を制定しています。これは、軍や省庁の機密事項、秘匿すべき外交や経済の動向について、新聞などの出版物に掲載することを禁じたものです。規定に反した出版物に対しては、発禁処分や原板の差し押さえなどの処分をすることが定められました。

言論の自由が奪われ、政府にとって都合の悪い情報は秘匿されるようになります。戦況が悪化しているにも関わらず虚偽の報告をしていた「大本営発表」のように、正しくない報道がくり返される事態を招いていきました。

このように国家総動員法は、戦争を遂行し続けるためにさまざまな問題を生み出し、その結果として国民は、自由のない、苦しい生活を強いられることとなったのです。

近現代史を通史で学ぶ一冊

著者
小林 英夫
出版日
2010-06-22

 

一般的に日本史は、第二次世界大戦の前と後で「近代」と「現代」に分けられます。そのため「戦前」と「戦後」は断絶したものと考えられがちなところがあるでしょう。

本書では「通史」として日本近現代史を捉え、「断絶」よりも「連続」するものを意識して歴史を読み解いています。このような見方をすることで、より立体的に歴史を把握することができるはずです。

作者は、当時の日本が総力戦について十分に理解、対応していなかったと述べています。国家総動員法を制定したものの、国民を巻き込んで国ごと消耗していってしまったのです。そしてその結果、敗戦に繋がったとしています。

本書の目的は、過去や現在から未来を読み解くこと。これからの日本を考えるうえでも、読んでおきたい一冊です。

総力戦から国家総動員法を考える

著者
出版日
2014-05-10

 

本書は、第一次世界大戦が現代に及ぼした影響が論考されている「現代の起点 第一次世界大戦」シリーズの第2巻。「総力戦」をメインに扱っています。

時代としては国家総動員法が公布される直前にあたりますが、総力戦を遂行するために、国民を戦時体制に組み込んでいく過程を知ることができるでしょう。本書の論考から、世界の動きと日本の国家総動員法の近似性を読み取ることができるはずです。

各論文の間には関連するコラムが掲載されています。テーマごとに深堀りをし、総力戦の研究に関する知見を得ることができるでしょう。