小説家・恩田陸が書いき、本屋大賞・吉川英治文学新人賞も受賞した人気作品、『夜のピクニック』。著者が通っていた高校でおこなわれていた、全校生徒が24時間かけて80kmを歩く伝統行事をモデルとした物語です。中高生から大人まで、楽しむことができる普遍的な作品です。 この記事では、そんな本作について、わかりやすく紹介します。
本作のキーとなる設定である「歩行祭」は、著者である恩田陸が当時通っていた高校の伝統行事「歩く会」をモデルにしています。
その伝統行事のなかで、主人公は自分で賭けをおこないます。それは、あるクラスメイトに話し掛けること。主人公は恋心とは違う理由から、そのクラスメイトを意識するようになります。
高校の頃の、友情と恋愛という甘酸っぱい思い出を、思い出させてくれる作品です……。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
本作は、映画化もされたほどの人気作品。映画は「みんなで夜歩く。ただそれだけなのに、どうしてこんなに特別なんだろう」というキャッチコピーをつけ発表され、話題となりました。後に舞台化もされています。
映画のキャスティングも非常に豪華で、若い世代に人気のある多部未華子、貫地谷しほり、池松壮亮といった人気女優・俳優がキャスティングされました。
ここでは本作の登場人物たちをご紹介いたします。
・西脇融(にしわき とおる)
テニス部に所属していた高校3年生。右膝を怪我してしまい、まだ完治していません。高校に入学する前に父親が胃がんでなくなってしまい、母子家庭となります。
・甲田貴子(こうだ たかこ)
融の父親が浮気してできた子ども。母子家庭で育ちます。融とは異母兄弟の関係です。
・戸田忍(とだ しのぶ)
融の友人で、水泳部に所属。以前、内堀亮子と付き合っていました。原作ではメガネをかけているという描写があるものの、映画版の作品ではかけていません。作中ではっきりとは言及されないものの、貴子に恋愛感情を抱いています。
・遊佐 美和子(ゆさ みわこ)
駄菓子屋の娘で、貴子の親友。学校のマドンナ的存在。原作と映画では、兄弟の設定が異なっています。
・榊杏奈(さかき あんな)
高校2年生の頃に貴子・美和子と同じクラスでしたが、大学入学資格試験のためにアメリカに帰国します。「歩行祭」が大好きな女の子。
・芳岡祐一(よしおか ゆういち)
クラスのなかで、貴子と付き合っていると噂されていますが、真偽は定かではありません。天文部に所属しています。聞き上手で話し上手。
・内堀亮子(うちぼり りょうこ)
美和子のクラスメイト。もともと戸田忍と付き合っていました。融に恋愛感情を抱いています。校内で付き合ったことのある男子はたくさんいて、超打算的女と、忍に影で言われています。
・高見光一郎(たかみ こういちろう)
融と貴子のクラスメイト。昼間はゾンビのように暮らし、夜はロックンローラーとして活躍します。原作では背が低い設定ですが、映画では長身の設定。
・梶谷千秋(かじたに ちあき)
梨香と貴子のクラスメイト。貴子と一緒にいることが多いです。飄々とした性格。
・古川悦子(ふるかわ えつこ)
中絶した従兄弟の相手の男性を、歩行祭の間に探し出そうと尽力しています。
恩田陸は、1964年、青森県青森市で生まれ。1983年に、早稲田大学教育学部に入学しています。
大学卒業後、生命保険会社で働きますが、2年後に身体を壊してしまい入院。仕事に復帰した後、酒見賢一が書いた『後宮小説』を読んで感化されます。作者の年齢が1歳しか変わらなかったことから、勤務しつつ作家活動を開始しました。そして小説を書くために、生命保険会社は4年で退職しています。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2016-09-23
2017年には『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞を受賞するなど、現在では日本を代表する小説家となっています。
彼女の代表作のひとつである本作『夜のピクニック』は、2002年11月から2004年5月まで、「小説新潮」に掲載され、第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞を受賞しました。
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恩田陸おすすめ26選!代表作から最新作までジャンル別ランキング
『夜のピクニック』などで高い人気を博している恩田陸。彼女の作品は膨大な読書歴と実体験に基づいており、ジャンルは実に広範です。この記事では恩田陸の物語を、青春、ミステリーといったジャンルごとにランキング形式でおすすめしていきます。
先ほども少々説明したとおり、『夜のピクニック』のなかで描かれている「歩行祭」は、著者である恩田陸が通っていた、茨城県立水戸第一高等学校の名物行事がモデル。
本作では、高校生活最後のイベントとして描かれています。なお、作中では80kmとして描かれていますが、実際の歩行祭は70kmとなっています。
『夜のピクニック』に登場する杏奈は、去年の歩行祭のときにある「おまじない」をしていました。そして歩行祭の前に、彼女は貴子に宛てて手紙を書くのです。
たぶん私も一緒に歩いているよ!!
去年、「おまじない」をかけといた。
貴子たちの悩みが解決して
無事ゴールできるようにニューヨークから祈ってます☆
(『夜のピクニック』より引用)
彼女が去年かけたおまじないとは、いったいなんだったのでしょうか。
実はそれは、彼女の弟・順弥のことでした。順弥はある目的のために、わざわざアメリカから来て歩行祭に参加。そして融・美和子・忍・貴子と合流します。そんななか、融に対して「杏奈の友達に(融の)兄妹がいるでしょう?」と尋ねるのです。
実は、融と貴子は異母兄弟。そのことに関して、2人は今まで複雑な思いを抱いてきました。それが原因となって、3年間同じクラスであるにも関わらず、話さないままだったのです。
貴子は、この歩行祭を、彼との状況を変えられる最後のチャンスだと思っていました。融に話しかけたい。これが、高校最後の歩行祭で彼女が叶えたい願いでした。
最終的に順弥は、この2人が兄妹であるという事実にたどり着きます。2人が異母兄妹であると知っていた杏奈は、どうにかして彼らに和解してほしいと願っていました。そこで、順弥が歩行祭に参加し、彼らに探りを入れるよう仕向けたのです。
これが、おまじないの正体でした。
一方の妊娠騒動についても考察します。
古川悦子は、隣の女子校に通う従姉妹を妊娠させた犯人を探しています。
この展開についての結論を言ってしまえば、妊娠騒動の犯人は明らかにはなりません。しかしそこでは、その従姉妹と何度も2人きりで会っていたのが、忍だということがわかります。実際、貴子も、それを目撃したことがありました。
そのため、妊娠騒動の犯人は忍ではないかとも考えられますが、従姉妹が彼を振り向かせるために、悦子に嘘をついているのではないかということも考えられます。
従姉妹は隣の女子校に通っているので、彼に気があっても、毎日彼に会うことはできません。だから彼の気を引きたくて、同じ学校に通っている古川悦子に、そんな嘘を言ったのでしょう。
ちなみに彼は作中で、妊娠させたことを否定しています。さて、真実はどこにあるのでしょうか?
本作で印象に残ったセリフを、ランキング形式で紹介していきます。共感度の高い本作の魅力をお伝えできれば幸いです。
第5位
みんなで、夜歩く。
ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう
(『夜のピクニック』より引用)
本作全体のテーマとなっているのが、この言葉です。登場人物たちは、ただひたすらにゴールをめがけて歩きます。それは、ただ歩くだけではありません。一歩一歩、1人ひとりが想いを抱えながら、そして苦しみながら、少しずつ歩を進めていくのです。まるで人生そのものを描いているようです。
第4位
これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。
いったいどれだけ、二度と会うことのない人に会うのだろう。
(『夜のピクニック』より引用)
本作には、高校生の頃に誰もが感じるのではないかと思われるような、思春期特有のセリフが溢れています。このセリフも、その1つ。
高校の頃に過ごした時間というのは、「一生に一度」だけのものです。高校の友人であっても、卒業してしまえば、2度と会うことのない人もいます。大人になると忘れがちかもしれませんが、高校だけではなく、人生においても同じことですよね。このみずみずしい感受性を忘れないようにしたいものです。
第3位
自分たちはまさにその境界線に座っている。
昼と夜だけではなく、たった今、いろいろなものの境界線にいるような気がした。
大人と子供、日常と非日常、現実と虚構、
歩行祭は、そういう境界線の上を落ちないように歩いていく行事だ。
ここから落ちると、厳しい現実の世界に戻るだけ。
高校生という虚構の、最後のファンタジーを無事演じ切れるかどうかは、今夜で決まる。
(『夜のピクニック』より引用)
高校最後のイベントを迎えるにあたって、融はこのようなことを考えています。このイベントが終わればクラスメイトとはバラバラとなり、大学に進学していくからです。
高校生はまさに、大人と子どもの境界線と言えるのではないでしょうか。歩行祭ではこの境界線の時期を、クラスメイトと最後に過ごすイベントなのです。私たちも高校生の頃、そんな境界線をいくつも超えて大人になってきたのだろう、と懐かしくなるような言葉です。
第2位
世の中、タイミングなんだよなー。
(中略)雑音だってお前を作っているんだよ。
雑音はうるさいけどやっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。
お前にはノイズにしか聞こえないだろうけど、
このノイズが聞こえるのって今だけだから、
あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時には聞こえない。
(『夜のピクニック』より引用)
忍が親友である融に、ある出来事で激しく後悔した後で、人生においてはタイミングが非常に重要だと説くシーン。人生には守らなければならない順番というものがあります。それを思い出させてくれる名言です。
第1位
他人に対する優しさが大人の優しさなんだよね。
引き算の優しさっていうか。
おれらガキの優しさって、プラスの優しさじゃん。
何かしてあげるとか、文字通り何かあげるとか。
でも君らの場合は何もしないでくれる優しさなんだよな。
それって大人だと思うんだ。
(『夜のピクニック』より引用)
2位と同じく忍の一言ですが、こちらは貴子に対してのセリフです。誰かに優しくしようとするとき、必ずしもプラスの優しさが必要となるわけではありません。むしろ引き算の優しさとして、何もしない、あるいは見守るということが必要なこともあるのではないでしょうか?
本作の魅力は、高校という青春時代を思い出させてくれるところ。同級生同士の恋愛模様なども描かれているので、甘酸っぱい思いを噛み締めながら楽しむこともできます。ここではそんな本作の結末をご紹介します。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
本作の見所は、読者も一緒に、歩行祭に参加しているような感覚にさせてくれるところ。
歩行祭では、前半60kmはクラスごとに歩いて、後半20kmは自由に歩くことができます。走って順位を競う者、親しい友人と歩く者、さまざまです。途中に仮眠時間はあるものの、夜通し歩き続けます。
しかし、このイベントの本質は、ただ歩くことではなく、クラスメイトとともに自分が抱えている悩みや思いを打ち明けながら進んでいく、という気を緩ませるような不思議な空間、雰囲気なのです。
その不思議な感覚は読者にも伝染し、作中の登場人物たちと一緒に歩きながら散歩し、思い出を運んでいるような気にさせてくれます。青春時代の思い出がフラッシュバックしてくる、そんな素敵な小説です。
そしてメインとなるストーリーをになう貴子は歩行祭で仲間たちと接するなかで、融と一緒に歩くことになります。そして、本当にさり気ない一言ですが、彼と言葉を交わすことに成功するのです。
融と話す……それが貴子が自分自身にした賭けでした。そして、彼女はその賭けに勝ったのです。
異母兄妹である2人。果たして彼らは、どんな言葉をかわし、今までのわだかまりを解消していったのでしょうか。少年少女の成長、そして、この時にしかない青春の輝きを、ぜひ見届けてください。
恩田陸が書いた『夜のピクニック』は、文庫本でも約400ページもある大作ですが、歩行祭の始まりから終わりまで一気に読む進められる作品です。登場人物たちが、不確かでありながら着実に着実に歩みを進めていく様子は、まるで高校生の不器用な成長そのもののように感じられます。非常に読みやすい小説なので、多くの人におすすめできる作品です。